第46話 病室にて。
入院生活3日目。
非常に暇である。
腰の刺傷はまだ完全に塞がっているわけではないから無理に動くのはダメだと看護士さんに言われた。というか怒られた。
僕は某サイヤ人ではないのだが、こうも暇だと筋トレでもしたくなる気持ちはわかる。
入院する前はいつもやる事があったし、ただ休むというのは僕にとって苦痛である。
なにかしてないと落ち着かない。
今日は向日葵にノートPCを持ってきてもらうようにお願いした(執筆するのだとバレてニヤニヤしていた向日葵さん)ので仕事はできる。
だがまだ向日葵は学校の為にすぐには来ない。
「直人ぉ〜生きてるかぁ〜?」
「……生きてますよ」
「直人君、お元気そうで」
「グッズ屋のおっちゃん。久しぶりです」
「直人! 私への愛の言葉は?!」
「病院で叫ぶ28歳アラサー女上司に掛ける言葉はありませんね」
「……あ、アラサーと呼ばないでくれ……」
グッズ屋が自分の店から出てくるのは珍しい。
色んな心配をかけてしまったのだなぁと改めて反省をした。
「直人君、どうだい? 新しい盗撮グッズを作ったんだが、試してみないか?」
「新鮮な魚を仕入れたからって勧めてくる魚屋みたいなノリで反社会的なグッズを使わせようとするのやめてね?」
趣味で防犯グッズを魔改造したりするグッズ屋だが、隙あらば勧めてくる。
変態であり変人である。
「直人、隠しカメラを仕掛けるなら私の部屋にするのは許すぞ。……どこに仕掛けられているかわからないゾクゾク感が堪らない」
「見境ない性癖暴露をどうもありがとう」
有栖川さんのどうしようもなさはどうやっても変わる気がしない。
「見境はあるぞ失礼な。直人にだけなんだぞ?」
「グッズ屋、やっぱりボイスレコーダーだけは欲しいな。社会的追放をしたい女上司が1人いる」
「毎度あり〜」
「直人、そんな奴がいるのか、それは許せんな」
「自分の胸に手を当てて考えろメスブタ」
「今私の目覚ましボイスに新たなコレクションが?!」
「……頭が痛い……」
自前のボイスレコーダーで僕の罵倒を録音してやがった有栖川さんが「メスブタ」発言を何度も目の前でリピートしてる。
もう手遅れだった。
まさか罵倒を常に録音していたなんて……
訴える気にもならない。
向日葵たちと手術室で会話していた時はしっかりした人だったと聞いていたが、無駄にしっかりと猫を被れるタイプの変態はより厄介だ。
「直人君〜失礼するよ」
「直人くん。こんにちは」
「恩田さん。高嶺さん」
「恩田ぁぁぁ……」
「有栖川さん、僕の病室で恩田さんを呪わないでくださいよ」
悪霊さながらの怨念を鼻がくっつくような至近距離で放つ有栖川さん。
それを涼しそうな顔をしている恩田さん。
すげぇな、慣れてるんだもんなぁ。
「直人君の周りは賑やかだね」
「お陰で僕の老後の夢は静かに暮らす事になりましたよ」
「私と一緒にな!」
「いや、有栖川さんは老後も独りでしょ」
「そんな老後は嫌だァ……」
恩田さんが有栖川さんを慰めている間に高嶺さんが果物を切ってくれていた。
高嶺さんは通信制の高校のため昼間でもこうして来てくれたりする。
「高嶺ちゃん、新しい盗撮グッズを作ったんだがどうだい?」
「グッズ屋さん、それより高性能な盗聴器発見機が欲しいですね」
あると楽なので〜と笑いながらチラッと有栖川さんを見た高嶺さん。
「有栖川さん」
「ッ!!」
「どこの誰かはわからないんですが、恩田探偵事務所の至る所に仕掛けられていて、発見できる所に「優男」「変態」「むっつりスケベ」などと手の込んだイタズラをされるアラサー女性がいらっしゃるみたいなんです」
「ほほぅ。それは困りましたね高嶺さん。そんな不届き者が居るんですねぇ」
てか普通に犯罪やんけ。
「ええ。ウンコとかも描かれてありましたね」
「今どきそんな落書きをするアラサー女が居るんですねぇ。恥ずかしい。その人はきっと将来独身でしょうねぇ」
「す、すんませんでしたぁぁぁぁぁぁ」
わんわんと泣きながら土下座をする有栖川さん。
「……ムシャクシャしてやった……悪気はなかった……」
「いや、悪気しかないだろ」
「いやぁ、有栖川の描く落書きは中々個性的でねぇ。ピカソにも匹敵するのではないかと僕は関心したよ」
恩田さんが土下座している有栖川さんの肩を叩いて笑うと有栖川さんは喉を鳴らして威嚇していた。
マジで反省してないな。
「こらポチ、ごめんなさいは?」
そんな「ご主人様酷い」みたいな顔で僕を見るなよ。
「ぐぬぬぅ……ご、ごめんなさ……ガプッ」
「痛い! 有栖川痛いから!!」
……謝りたくなくて噛み付いたよこの人。
てか噛まれてもヘラヘラしてる恩田さん。
「グッズ屋、撮影」
「すでに撮ってますよ」
「グッズ屋さん、後で私にもデータ下さい」
「はいよ」
後々の一斉告訴の為に証拠は大事だ。
「直人君、お茶どうぞ」
「ありがとう高嶺さん」
噛み付かれている恩田さんを眺めてお茶で一息。
「義兄さん〜PC持ってきたよ」
「向日葵。ありがとう」
「……こ、こんにちは」
向日葵が人見知りを発揮してぎこちなく高嶺さんに挨拶をした。
警戒している猫のようだ。
そんな向日葵はじゃれている恩田さんと有栖川さんを華麗にスルーして僕の隣に座った。
「向日葵、今日は早かったな」
「雨だしね。義兄さんも暇してるだろうなぁと思って」
「ありがとう。でも無理はするなよ?」
「それは義兄さんでしょ?」
「あ、はい」
「ふたりとも、仲が良いんですね」
高嶺さんが僕らを見て微笑んだ。
「ええまあ、そこそこに?」
「ちょー仲良いですっ」
向日葵が僕の腕に抱きついてきた。
ふたりして微笑みながら見つめあっている。
僕の目線の先では未だにじゃれている恩田さんと有栖川さん。
この病室カオス過ぎだろ。
個室で良かった……
しかしこの後さらに本郷たちや千夏たちも来て看護士さんに怒られたのは僕である。
なんかもうすんません。色々と。
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