第20話 舎弟。

 陽も沈み、夜の道を歩く。


 駅前は疲れた顔のサラリーマンたちがダラダラと出入りしている。


「今日はなにもしてこなかったから、ちょっとほっとした」

「千夏と雲原さんが気にかけてくれていたものね」


 雲原は向日葵と話し始めてまだ日が浅いが、向日葵に対してかなり良くしてくれている。


「週末はなおちゃんもお食事会来てくれる?」

「ええ。行くわ。ひーちゃんから雲原さんに伝えておいてくれるかしら?」

「うん!」


 満面の笑みの向日葵に気を取られてしまい、僕は通りすがり様に人とぶつかってしまった。


「ってぇな」

「ごめんなさい」

「……ッ!! お嬢! こちらすみませんでした!!」


 僕がぶつかったのは僕が管理している暴走族の副総長の本郷武明ほんごう たけあきだった。


 今年で彼は高校3年生であり、元々は不良グループのリーダーだった男。

 金髪のソフトモヒカンだった彼は現在さっぱりした坊主頭となっている。


 大柄で背丈もあり、165センチしかない僕と比べると頭1つ高い。


「……」


 向日葵が怯えている。

 本郷が謝っている姿すら恐怖を感じたのだろう。

 圧が凄いからな……


「私こそごめんなさいね」

「いえ! そのような事は!」

「私、友達がいるから」

「はい! 失礼しました!!」


 深々と90度に頭を下げる本郷を背に僕は向日葵の手を引いて進んだ。


「……なおちゃん……」

「前にちょっとあったのよ。不良だけど良い子よ。今年は就職活動頑張るって言っていたし」


 僕が向日葵に話したのは、前に1度絡まれてしまい、本郷を合気道で組み伏せてしまった事。


 文字通り「チンピラ」や「ヤンキー」という言葉がぴったりだった彼らとなぜか仲良くなり、以降はこうして時より街で会っては挨拶される間柄、という説明をした。


「なおちゃん、あんな大きい人も投げ飛ばしたの?!」

「……なんとかね……」

「なおちゃん凄い!!」


 実際は有栖川さんに押し付けられた条件だった。

 元々はただの不良グループ。

 彼らを調教してこいという無茶難題を丸投げされたのは中2の時。


 中1のころにみっちり教えられた合気道でどうにかなったけど、基本的に護衛術であって喧嘩の技じゃない。

 もちろん死にかけた。


 不良相手なら1対1を人数分繰り返せとか言ってきた有栖川さんの頭はどうかしてると今でも思った。


「たまにご飯作って食べさせたりもしてるから、懐かれてるだけよ」

「餌付けだね」

「ええ。そんな感じ」


 当時は15名くらいのグループだったけど、少しづつ増えて今は30人ほどがいる。


 バイク好きも多くて暴走族状態。

 仕方がないので統治して僕は現在「月下組」という暴走族の総長、または組長と言われている。


「なおちゃんが餌付けしてたらさっきの人もそれは大きくなるね」

「いや、毎日餌付けはしてないわよ。さすがに」


 ちなみち僕はバイクは乗らない。

 しかもみんなには「姉御!」や「お嬢!」というように「女」として認識されている。


 というか、僕が男だと知っているのはさっきの本郷以外は誰もいない。

 組員みんな僕を女だと思っているわけである。


 まあ、彼らの前では「月宮れお」として振舞っているので仕方ない。


「就職活動って事はさっきの人、高校3年生? なんでしょ? そんな人がなおちゃんに敬語……わ、わたしも「なおの姉御」って呼んだ方がいい?」

「……いえ。できればそのままがいいわ。てか勘弁して……」


 まあ、女装のお陰でデレデレされているため組の治安維持がしやすいのは有難い。


 今ではほとんどただバイクでツーリングする学生たち、みたいなグループである。


 まあそれなに力のある不良グループでもあるから、学校同士の不良たちの争いとかに首を突っ込めるし、そういう奴らの情報とか得やすいから何かと重宝してはいる。


「ひーちゃんも合気道習わないとね。そしたら投げ飛ばし放題よ」

「そうだよね」

「立川たちに絡まれても問題ないわけだし」

「う〜ん……流石にクラスの人投げ飛ばすのはなぁ……」

「もちろん、暴力を振るわれたりしそうになったらの話よ」

「……うん」


 昨日は連れてかれても防犯ブザーでどうにか対処できたけど、刃物とか向けられた状態で向日葵が1人なら抵抗出来ずに連れていかれてブザーは没収、前よりも酷い事になるのは確実。


 いじめはより陰湿に、より悪質になる。


 だからその前に対処しなくてはいけない。


 学校だけの話ではない。

 ましてや向日葵はとくに。


「ねぇ、さっきの人達にご飯作ってあげたりしてるんだよね? わたしもお菓子とか作ってあげたりしたい」


 そう言って笑う向日葵。

 その笑顔が微笑ましい。


「そうね。ひーちゃんも餌付けしましょうか」


 なんなら組員全員で向日葵を守られせよう。

 それなら下校時にも絡んでくる奴らを処理できる。


 向日葵が男とイチャイチャする姿を想像するとちょっとモヤッとするが、向日葵にはもっと交友は必要だろう。


「今度スケジュール調整してみるわね」

「うん!」

「向日葵のお嬢! とか向日葵の姉御! とか呼ばれるかもしれないわね」

「おお〜! わたしにも舎弟ができる!」

「……それ、喜ぶこと?」

「なんか響きがいい!」

「そう……」


 楽しそうに笑っているのでまあいいか。

 そうして僕らは家路に着いた。

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