第19話 女装探偵シリーズ。

 翌日、立川たちは学校では大人しかった。

 雲原がきっちりとそばにいて、休み時間などは千夏も隣にいて牽制をしていた。


 寝たフリや無関心なフリを学校で決め込んでいる僕を千夏は時折睨んできたが、僕を睨むより立川たちを睨んでくれと思った。


 千夏の目先で雲原も僕に不信感かなにかを感じているようでもあった。


 向日葵を守ろうとする母性本能でも働いているのかもしれないが、僕は敵じゃないです。


 千夏が睨む理由を知らない雲原が今「雨宮直人」の敵になるのは面倒事が増えるのでそこはどうにかしてほしい。


 そう思いながらも放課後になり、僕は速攻で学校を出た。

「三宮なお」になり向日葵を迎えに行くためである。

 それでも日が暮れる頃までは図書室などで時間を潰さなければいけない。


「こんにちは」

「あ、なおちゃん」

「……なおさん、こんにちは」


「三宮なお」の状態で図書室に入り橘先生に挨拶をした。


 向日葵は思ったより平然としている。

 橘先生にはすでに女装している事情も話してあるので何食わぬ顔をして僕は向日葵の向かいの席に座った。


「……ひーちゃん、その作家の本も、その、読むのね……」

「うん。この作家さん面白いの。女装探偵シリーズ」


 楠木じゅん。

 ミステリー作家であり実は高校生作家。

 web原作から人気となり「女装探偵」はシリーズものとして書籍化されている。


 そしてそれは僕である。


「……そう」


 ミステリ好きだとは知っていたが、まさか自分の本を義妹が読んでいるというのはなんとも言えない心持ちである。


 なんか恥ずかしいし、ムズムズする……

 親にマニアックな性癖を知られたような気持ちとでも言うのが形容する中で一番近いだろうか。


「web原作はテンポよく書いてるけど、書籍はしっかりした描写もあるし面白い」

「……そう、なのね。うん」


 web原作も読まれてますか……

 なんか恥ずかしい。誰か僕を殺してくれ。


「書籍の方が作家さんの癖が感じられるのが面白い」

「……どんな、ところが?」


 確かに書籍ではギリギリを攻めているが、これでも巧妙に誤魔化しているつもりなんだが……


「メガネ女子に対しての執念? とか」

「……メガネ女子、人によっては好きよね……うん」


 性欲はないがメガネ女子は可愛い。

 のでそういう描写はわりと入れている。

 それでもさりげなくぅな感じにしてたつもりだった。


 だが義妹にはバレていた。

 この事の何か一番恥ずかしいかと言えば、向日葵も家ではメガネ女子なわけである。


 家族しかいない時はカラコンも外して黒縁メガネに紅眼。

 向日葵と出会う前からの僕の癖と言っていい。


 EDで女嫌いである僕の唯一の女性に対する性癖なのである。

 不思議な話だが。


 まあ、性癖と言ってもどちらかと言えば「萌え」に通ずるものだ。


 僕は例え魔王になって人類を滅ぼすとしても、メガネ女子とチョコミントに関わる人々は蹂躙しないと思う。


「雨宮さんも女装探偵シリーズ好きなのね」


 ……まさかの橘先生も参戦してきた。

 しかもわりとノリノリである。


 やめてくれ、どんどん僕のライフが削られていく……


「噂では楠木じゅん先生、学生じゃないかって話よ?」

「そうなんですか? 知らなかったですわたし」


 なぜバレた?!

 あとがきだって基本的に書いてないし、ヅイッターとかもやってないし、ひっそりと書いてるだけだぞ?


 ……いや待て噂、あくまでも噂である。

 落ち着こうか僕。


「情報とか一切ないとか、新人賞受賞したのに顔出したくないから辞退したとか、実は女の子なんじゃ? とか、なんかもう色々話ある人だけど」


 SNSはやってないから情報は無い。

 これは正しい。


 新人賞については、とても名誉な事だったし辞退したくはなかったけど、「女装探偵」って作品で受賞するのって恥ずかしいと言いますか、ねぇ?


 女の子説は全くわからん。

 なぜそうなった?


 まあ、ペンネームだけではどっちとも取れるような名前だし仕方ないのか……


「殺人犯を油断させる為にスカートを捲し上げて見えないギリギリまで釘漬けにした瞬間に犯人の股間を遠慮なく蹴りあげるとか、男性がノリノリで書かないでしょうし」

「……そんなに痛いの?」


 ふたりとも、僕を見るの止めてもらっていいですかね?

 羞恥プレイって言うと思うんですよ。

 てかなんでそんな話を男である僕に振る?


 いや男にしかわからない痛みである事は確かだ。

 だがしかし、仮にも思春期男子にそんな事聞きます?


 恥ずかしくない?

 それともなに? 女装してて女子トークの延長線上の会話なのかこれは?


 図書室に僕ら3人しか今はいないけどもさ。


「……男女の痛みに耐えられる上限は違うらしいのだけれど、女性に換算するとたぶん、出産とかと同じレベルじゃないかしら?」


 そこの話は詳しくは知らんけどもさ。


「少なくとも、骨が折れるよりは痛い、とだけ……。アレ、一応内蔵だし……」

「そんな痛いの?!」

「……想像も付かない激痛……わたしには未知の領域……」


 ……僕はどうして、義妹と学校の女司書先生となぜ金的がいかに痛いかを話しているのだろうか……


 なんか、「雨宮直人」としての失われた尊厳と「三宮なお」としての感覚が入り交じって心身共にカオスである。


 ……いかん、僕は向日葵の護衛をする為に今ここにいるのだ。

 忘れてはならんぞ「雨宮直人」。気をしっかり持つんだ……


「で、でもあれよね、男性でも場合によってはそういう描写も書くかもしれないわよ? ほら、担当編集者が無理やり……とか」


 ぶっちゃけ、さっき話に出た犯人の前でスカートを捲し上げてからの金的蹴りのシーンは深夜テンションでノリノリで実際書いていた。


 今になってこんな形で自分の首が羞恥心で締められるとは思ってもいなかった。


 僕の黒歴史がまた1つ増えてしまった。


「いやいや〜。あの描写は絶対ノリノリで書いてるわよ〜。股間抑えて涙目で呻きながら蹲ってる犯人踏み付けて推理披露してたもの」

「確かに。あのシーンはノリノリだったとわたしも思う。きっと女性作家さん」

「ふたりがそう思うなら、そうなのしれないわね……」


 ……ローファーの踵で踏み付けて推理を披露してさらに追い込むシーン、そういえばあったわ……


 いやあの、ほら、若気の至りといいますか、ね?


「もうこんな時間ね。そろそろ閉めないと」


 橘先生がそう言うと金が鳴った。

 作家活動と男の性事情を同時に、しかも意図せず辱められるという苦痛の時間は終わった。


 やっと解放された……


 僕らはそうして学校を後にした。


「なおちゃんも読む? 女装探偵シリーズ」

「……ええ。そうね」


 にっこりと微笑む向日葵に複雑な感情を引き摺ったままの下校は足取りがいつもより少し重かった。

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