第16話 向日葵の放課後②

 夕陽の差し込む廊下をわたしを囲むようにして歩く立川さんたち。


 前に立川さんと三好さん、両横と後ろに名前の知らないクラスメイトたち。


 名前を知っていたとしても、顔は怖くてあんまり見れてないからわからない。


「……あ、あの……どこ、行くの……?」

「いーからいーから」


 いい加減な返事で誤魔化されてしまった。

 今の気分は連行される無実の罪人。


 どうしていいかわからない。

 どんどん人気の無い校舎へと進む。

 もう少しで千夏ちゃんとの待ち合わせ時間も過ぎてしまう。


 ……こんな「放課後」は求めてない。

 悪意の溢れる人達に囲まれて校舎を歩く。

 助けてくれる人は周りにはいない。


 でも、小中の頃もそうだったし、今も結局そう。

 耐え切れば、終わる。


「入って」


 顎で入るように促されたのは女子トイレだった。

 カフェで恋バナ、なんて希望や願望は欠片も無い。


 別校舎の理科室近くの女子トイレは放課後なんて人気ひとけはほとんどない。

 グラウンドは理科室の窓から見えるけれど、この時間の別校舎で助けが来るのは今のわたしからすれば奇跡。


 鞄の中のスマホが振動しているのがわかった。

 メッセージの受信の短いバイブの後、連続して振動が伝わった。


 もしかしたら千夏ちゃんが気付いてくれたのかもしれないけど、今すぐ来てくれるとは思えない。


「雨宮さんってさぁ」


 立川さんがぐいぐいと近付いてきて、わたしは怖くて後ずさって奥へと追いやられてしまった。


 取り巻きのしたり顔がわたしの恐怖をさらに掻き立てた。


「なんかちょーし乗ってない?」

「……の、のってない、です……」


 冷たいコンクリートの壁を背負っているわたしに迫り、壁に手を当てて肉薄する立川さん。

 怖くて心拍数が上がる。

 こんな壁ドンだってわたしは求めてない。


 ここまで接近されて圧迫されて睨み付けられるなんて、恐怖しかない。


「え、なに? 口ごたえ?」

「……い、いや……」

「は? あたしの言ったこと否定したじゃん」


 怯えるわたしを見てクスクスと笑う三好さんや取り巻き達。

 震えるわたしは滑稽で見ていて楽しいみたいだ。

 こういう人達はいつもそうだ。


 こんな姿をこの人たちに見せるわけにはいかないってわかってるのに、どうしても怖い。


 千夏ちゃんからの着信のバイブにわたしは縋りつくように鞄を脇に抱えて耐えた。


 でもその着信もやがて無くなってしまった。

 千夏ちゃんは諦めて帰ってしまったのだろうか。

 置いていかないで。

 わたしはここにいるの。


「お前の髪さ、見てて鬱陶しいんだよね。真っ白くて目がチカチカするしさ」

「そうそう。目障りっていうか。鬱陶しいから切っちゃう?」

「あたしたちが切ってあげる。ほら、あたしたち友達だからさ。お金かからないし?」

「あ、ウチはさみ持ってるよ! 文房具だけど」

「ハサミ可愛すぎてウケる。切れ味悪そ〜」

「髪切るから髪の毛濡らさないとじゃん?」

「バケツあるから水入れとくわ」


 そうしてわたしはバケツに入った水を頭からかけられた。


「雨宮さん、水も滴るいい女じゃん! マジウケる」

「どうする? 服脱がしてから髪切る?」

「……や、やめ……て……」


 上半身は濡れて下着が透けて見えてしまっている。

 急に水をかけられて身体も少し冷えている。


 怖くて寒くて、叫ぶ勇気もない。

 制服のシャツのボタンを雑に外されるももがいて抵抗した。


「暴れんなよ」


 両手を掴まれてしまい、それでもわたしは体を動かして抵抗を続けた。


 怖い。

 千夏ちゃんとなおちゃんと3人でのファミレス後の大学生たちよりも怖い。

 なによりも独りでいる事が怖い。


 投げ飛ばしてくれる義兄さんもいない。

 笑いかけてくれる千夏ちゃんもいない。


「調子のんなよマジで」


 頬を叩かれて一瞬頭が真っ白になった。

 そうしてぶり返してきた恐怖と共に、わたしの目には義兄さんに進めてもらって買った防犯ブザーが写った。


 咄嗟に暴れて腕を拘束から解いて防犯ブザーを鳴らした。


「ピピピピピピピピピピピピピピピピピピッ!!」


 音の響く女子トイレで防犯ブザーの音が反響して立川さんたちの声も掻き消えた。

 あまりの反響にわたしも耳を塞いだ。


 慌てふためく立川さんたち。

 音を聞き分けられるようになり、わたしはそれでもしゃがみ込んだ。


「ちょっ!! ヤバいって逃げよう!!」

「ほんとマジでありえない!!」


 慌てて出口へと駆け寄った立川さんの前に現れたのは千夏ちゃんだった。


「向日葵ちゃん!! あんたたち何やってんの?!」

「ち、千夏……ちゃん……」


 わたしはほっとして泣き出してしまった。

 千夏ちゃんがわたしを探してくれていたのだと思った。


 わたしを抱き寄せてくれる千夏ちゃんのあたたかさが嬉しかった。



 ☆☆☆



 その後、教師たちも駆け付けてきてわたしは保護されたけど、学年主任の先生が「いじめの明確な証拠がない」と言われた。

 千夏ちゃんが抗議してくれたけど、聞く耳を持ってくれなかった。


 濡れた制服ではしばらく動けなくて、千夏ちゃんが義兄さんに頼んで制服を持ってきて貰えるように手配してくれた。


 今は橘先生が気を使ってくれて図書室にいて、千夏ちゃんが手を握ってくれている。


「ごめんなさい雨宮さん。私がもっと注意してあげられてれば……」

「……いえ。ありがとうございます……」


 千夏ちゃんがすぐに来てくれて髪の毛も無事。

 怖かったけど、それでもなんとかなった。


「……千夏ちゃん、ありがと……来てくれて」

「別校舎探しに行って防犯ブザーが鳴ったからびっくりしたよ。でも持っててよかったね」

「先生もこの防犯ブザーと似たやつ持ってるわ。でも凄いわね」


 先生も千夏ちゃんも気を利かせてくれているのか、なるべく明るく接してくれる。


「でもこれって、防水だったかしら……」

「お待たせしたわ」

「直ッ……なおちゃん」


 図書室に来てくれたのは義兄さん、もといなおちゃんだった。


 トートバッグにはわたしの制服が入っているようだった。


「橘先生ありがとうございます。わたし、雨宮直人です」

「……雨宮君?!」


 橘先生は目を丸くしてなおちゃんの全身を見回した。

 しかも、わたしの制服を来て学校に来ている。


「とりあえずタクシーを手配しておいたから、今日は帰りましょうか。千夏も送ってくわ。橘先生、また後日お話しますね」

「え、あ、うん」


 義兄さんは女装の事を口止めしてわたしたちは学校を後にした。


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