第15話 向日葵の放課後①
放課後、わたしはだいたいいつも図書室にいる。
静かで落ち着いていて、人気が少ない。
「雨宮さん、注文のあった書籍、入るの来週になるみたい」
司書の橘先生は物腰柔らかでおっとりしてて可愛い。
「そうなんですね。ありがとうございます」
本当は、お友達と一緒に帰って買い食いとかしてみたり恋バナとかしながら帰る学生の放課後に憧れている。
わたしもみんなと同じ普通だったらとよく思う。
夕陽を背に歩いて、赤焼けたアスファルトに伸びる影が並んでお喋りしながら帰る。
きっとみんなには日常の範囲内。
★千夏★
『向日葵ちゃん〜今日図書室いる? 部活終わったら一緒に帰らない? (^^)』
義兄さんの幼馴染の千夏ちゃん。
最初はぐいぐい来て戸惑っていた。
でもわたしに対して良くしてくれる人。
向日葵
『うん。今は図書室で本読んでるよ。終わるまで待ってるね(^-^)』
★千夏★
『了解(*^^*ゞ』
向日葵
『(`・ω・´)ゝ』
わたしには来ないと思っていた「普通の日常」。
でも、今は少しだけ希望が持てている。
わたしは義兄さんに進めてもらった可愛い防犯ブザーを撫でた。
義兄さんは不思議だ。
学校では全然喋らないのに、「なおちゃん」モードの時とかよく喋る。
本当に女の子とお話してるみたいだし、珈琲とか紅茶を飲む時のしぐさもお上品。
防犯ブザーを買いに行った時のファミレスで御手洗に行く時とか「お花摘んでくるわね」って言ってた。
雲原さんと遭遇した時のお嬢様学校の生徒の設定もしっくり来た。
わたしなんかより全然「女の子」だ。
でも女装は趣味じゃないっていつも言い張ってる。
義兄さんは、本当によくわからない。
でも、お母さんも義兄さんが居てくれて安心してる。
1日しか誕生日も違わないのに、頼もしいって思う。
大学生たち投げ飛ばした話をお母さんにしたら心配しつつも驚いていた。
見た目細いのに凄いわねって。
「せんせー、ファッション雑誌ってないのー?」
「ごめんなさい。そういう雑誌は置いてないのよ」
わたしはその声を聞いて体が縮こまってしまった。
立川さんと三好さんが来たのだとすぐにわかった。
他にも2,3人が立川さんたちの周りにいるみたい。
騒がしい雰囲気を慎もうとも思っていない態度で図書室に入ってきた。
「あれー? 雨宮さんじゃん。まだ帰ってなかったんだー」
「……あ、うん……」
どうして立川さんたちが今ここにいるのか。
それは聞くまでもなくわかっていた。
「へー。ミステリーとか読むんだー。ウケる」
目を合わさないように文字列を追っているわたしの真横に立川さんの顔があるのがわかる。
威圧感が肩と首と耳元から感じて辛い。
「それにしても雨宮さんの髪の毛、ほんとにキレーだよね〜」
毛先を梳くように撫で付ける立川さんからは悪意しか感じない。
「あ、あの……図書室は、私語は……」
「いいじゃんいいじゃん〜」
したり顔で髪を触ってくるのが不快でたまらない。
「ちょっと貴女たち、静かに図書室は利用してください」
「はーいせんせー。……帰ろっか」
「そだねー」
橘先生の注意でダラダラとした足取りで図書室を後にした立川さんたち。
わたしはどっと疲れを感じた。
「大丈夫? 雨宮さん」
「……ありがとう、ございます」
橘先生はわたしのこの体質の事を理解してくれていて、気にかけてくれる。
義兄さんが橘先生に話を通していてくれているのもある。
放課後の明るいうちはなるべく下校しないようにしているのは紫外線を浴びないようにする為。
暗くなってから帰るのは事件に巻き込まれる可能性もあるからどっちも大変だけど、皮膚ガンのリスクが異常に高いわたしの身体ではしょうがない。
お母さんは今の仕事や新生活が落ち着いたら正社員を辞めてわたしを送り迎えしたいって言ってくれている。
本当は義兄さんと一緒に帰れたら安全だけど、一緒にいるのを見られていじめの火種が増えるのを避ける為にも仕方がない。
義兄さんが女装して一緒に居てくれるのも限度があるし、学校では女装は厳しい。
義兄さんからは護身術で合気道を習う気はないか? と言われている。
「あら、もうこんな時間ね」
17時を知らせる鐘が鳴った。
もう閉館の時間。
「ありがとね雨宮さん。気を付けて帰ってね」
「はい。橘先生」
わたしは橘先生と一緒に窓などを閉めて図書室を出た。
千夏ちゃんとは17時過ぎに下駄箱前で待ち合わせの為、わたしは橘先生と別れて真っ直ぐ下駄箱に向かった。
「あれー、雨宮さんもう帰っちゃうんだ」
「……」
さっき帰ったはずの立川さんたちが待ち構えていた。
「あたし、ちょっと雨宮さんに話したいことあるんだけど」
いやらしく浮かべる笑みにわたしは吐き気を覚えながらも小さく震えていた。
そしてその震える手で防犯ブザーを握り締めた。
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