第12話 義姉妹デート。

 目が覚めると昼前で、雨が降っていた。

 ゴールデンウィークも最終日。

 明日はもう学校。あまりいい気分ではない。


「義兄さん……」


 ノックの音のあとに向日葵の声がきこえた。

 この頃向日葵がよく声を掛けてくるなぁと思いつつ返事をした。


「……どした?」


 眠い。

 窓を静かに打ち付ける雨音がまた眠気を誘ってくる。


「その……お出かけ、したいんだけど、一緒に行かない?」


 眠い頭を擦りながらぼんやりと考えた。

 雨が降っているのにどうして外にと思ったが、清々しいほどどんよりとした空を見て向日葵が昼間でも自由に動けるからかと思い立った。


 向日葵の顔を見ると灰色の空とは打って変わってウキウキしている。

 その向日葵を見て僕は目を細めて笑った。


「そうだな。義妹の運動不足を解消しないといけないものな」

「うんうん!」

「シャワー浴びたら行くか」

「女装する?」

「そうだな」

「なおちゃん♪」


 直人ぼくよりも、なおちゃんの方がいいらしい。

 なんだろうな、娘に相手にされなくなって寂しさを感じた父親みたいな感情になった。


 とりあえず僕はシャワーを浴びた。

 眠たい頭が一気に覚醒していく。


 昼前ということもありお腹が空いた。

 そのまま向日葵とお昼を外で食べるのもいいかもしれない。


 シャワーを浴び終わり着替えると、向日葵がそわそわしながら僕のところに来た。

 待ちきれないのだろうか。


「義兄さん、そ、そのぉ……着て欲しい服があるんだけど」

「ものによるけど」


 期待に満ち溢れる顔をする向日葵。

 ミニスカとか絶対着ないぞ……

 ミニスカはなにかを失う気がする……



 ☆☆☆



「姉妹コーデって憧れてたの」


 しとしとと降る雨の中、傘を差しながら向日葵は楽しそうに濡れた道を歩く。

 向日葵の隣で僕も黒髪ロングのウィッグを揺らして歩く。


 僕は今、その「姉妹コーデ」とやらを着て歩いている。


 Tシャツのような、ワンピースのような服。


 ワンピースのスカート丈が太ももの真ん中辺りまでしかなく、オーバーサイズのTシャツとも取れるような丈であり、胸元から下が明るい茶色、胸から上が白という配色。


 お腹周りがピタッとしていてくびれを強調するようなデザインでちょっと落ち着かない。


 下には黒のスキニーパンツを履いているためスースーしたりしないが、肩周りがどうしても気になる。

 普段はパーカーなどで誤魔化しているためでもある。


 向日葵は似合うと言ってくれていたが、大丈夫だろうか。


「お腹空いたね」

「そうね」


 向日葵は水色の配色バージョンで、上から白、水色、黒のスキニーパンツとほぼ同じ。


 向日葵の服を着ているというのがどうも落ち着かない。


 やんわりと香る向日葵の匂い。

 雨で紛れているからそこまで意識したりはしないとはいえ、変な感じだ。


 いつもは千夏が着なくなったものを着たりユニセックスのものだったりだから尚更。


「ちょっと気になってたカフェがあるのだけど、行ってみる?」

「うん!」


 向日葵は嬉しそうに笑った。

 向日葵にとって、今の僕は「義姉」なのだろう。


 僕と同じ一人っ子ではあるが、僕と向日葵では環境も違う。

 父親を亡くし優香さんが働き、体質のせいで満足に友達も作れず外も簡単には出歩けない。


 向日葵にとって、兄妹や姉妹というのは人よりもずっと憧れていたのだろう。


「なおちゃん、ここ?」

「ええ。最近できたみたいだったから」


 こじんまりとしていて落ち着いた雰囲気。

 ステーバックズみたいな所は落ち着かないし1人で入れないけど、こういうゆったりとした雰囲気のお店は好きだ。


 さっそく入店して窓際の席に座った。

 店員さんがお水とメニューを持ってきてくれたので2人で眺めた。


「……どれにしよう……」

「私はクリームソースのオムライスにするわ」

「美味しそう……わ、わたしは……トマトソースのチーズパスタにする」

「じゃあ店員さん呼ぶわね」


 お昼時という事もあり、結構お客さんがいる。

 店内には至る所に観葉植物があり、ゆったりとした空間と雨音が心地良い。


「千夏ちゃんも来れたらよかったのにね」

「今日は部活って言っていたものね」

「ラインでぐぬぬっ! って言ってた」

「飯テロ画像をプレゼントしてあげましょ」

「そうだね!」

「お待たせしました。……雨宮さん? だよね」


 来てくれた店員さんは先程とは違い、見たことのある顔だった。


「雲原真琴……さん」


 雲原真琴。我がクラスの委員長。

 長い黒髪をポニーテールにしており、ジーンズにエプロン姿。


「ひーちゃん、お友達?」


 僕は知らないふりをしてあえて向日葵に聞いた。

 女装姿をクラスメイトに見られるわけにはいかないので、全力で僕は女の子を演じる。


「あ……うん。クラスメイトの雲原さん……」


 非常にぎこちない向日葵。


「そうなのね。わたしは三宮さんのみやなおです。ひーちゃんがお世話になってます」

「あ、こちらこそ。雲原真琴です」


 互いに突然のエンカウントにぎこちない。

 とくに向日葵はおろおろしている。

 内気な性格が露骨に出てしまっている。


「とりあえず注文お願いしてもいいかしら?」

「あ、はい。お伺い致します」


 忙しいだろうし、とりあえず注文を済ませた。

 クラスであまり喋らない向日葵が友達ぼくと一緒にいるのは少なからず興味もあるだろう。


 委員長を率先して引き受けた雲原さんならそこまで警戒しなくてもいいだろうけど、とりあえず向日葵を落ち着かせないといけない。


「……ビックリしたわね」

「う、うん」


 僕が女装しているのは向日葵の友達という設定があるため、向日葵には無理やり話を合わせてもらった。


 雲原がいない間に三宮なおの設定を擦り合わせた。

 僕は隣の市のお嬢様学校の一年生であり、中学では向日葵と一緒だったという事にした。


「目が合った時、一瞬バレたかと思ったわ」

「わたしも焦った」


 普段は一重まぶたの僕だが、女装をする時は二重まぶたにしている。


 目はそのままだとバレる危険性があるから、少しでも印象を変えるようにして正解だった。

 二重メイク様々である。


「お待たせ致しました。トマトソースのチーズパスタとクリームソースのオムライスでございます」


 料理を運んできた雲原さんと再び目が合った。

 なにか思うところがあるような顔を一瞬したけど、すぐにテーブルを離れた。


 ……やっぱりバレてるかなぁ。

 そう思いつつ、料理に手を付けた。




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