第11話 エンドロール。

 ゴールデンウィーク5日目。

 晩御飯を食べ終えて部屋に篭っていると向日葵が来た。

 なぜかもじもじとしている。


「……義兄さん」

「どうした?」


 書いていた小説の手を止めて向日葵に向き直った。

 向日葵は未だにドアノブに手をかけてもじもじしている。


「……一緒に映画、観ない?」

「映画? いいけど」

「じゃあ、わたしの部屋に来て」

「わかった」


 そう答えて向日葵の部屋に入った。

 一緒に暮らし始めてから2週間ほどだが、向日葵の部屋に入るのはこれが実質初めてだ。

 引越の時に荷物を持って入ったが、それくらい。


 ご飯の用意ができて呼びに行く時は大抵ノックしてドア越しに声を掛けるだけで返事があるため、入る必要もなかった。


「お、お邪魔します」

「ど、どうぞ」


 考えてみれば、女子の部屋と言えば千夏の部屋くらいしか入った事がない。


 千夏の部屋は小さい頃から行ったりしていたし、あまり気にした事はなかったが、改めて向日葵の部屋に入るとなるとなぜか緊張した。


「好きなミステリー作家さんの映画化作品なんだけど、ミステリーホラーで……」


 恥を忍んでのお誘いだったようだ。

 口をあわあわさせながら、原作だとこういうシーンの描写が地味に怖くて、と震えながら話している。


 怖いのに観るのか……と思いつつ、好きな作家とか監督の作品だと見てみたくなるのは気持ちとしてはわかる。


 チョコミン党である僕も、初めて見たチョコミントアイスを食べてみて不味かったとか、意外と美味しかったりするアイスもあったりはするものだ。


 ガツガツ君のチョコミントアイスは地味に冒険した。


「じゃ、じゃあ、流すよ」

「おう」


 ビクビクしながらも好奇心には勝てないらしく映画を観始める向日葵。


 画面との距離は1メートルもないが、黒縁メガネはしっかりと掛けている。

 女の子座りに白ウサギのぬいぐるみを胸に抱えて画面を観ている。


「……」

「……」


 この作品の原作は僕も読んだことはあったので大まかな内容は知っている。

 伏線の張り方が上手く、クセのない文体がミステリーの面白さをしっかり描写する作家だ。


「……ッ!! …………」


 ビクッ! と身体を強ばらせる向日葵に僕もビックリしながらも映画は進む。


 この作家の作品がきっかけで僕もweb小説を書くようになった。

 ミステリーものを書きたくて色々と調べ、親父が不倫調査の際に依頼した探偵が有栖川さんだった事もあり取材してなぜか今に至る。


 実際の探偵は事件を解決したりしない。

 ただ人と人の関係を壊す証拠を集める。


 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。


「ッ!! くぁwせdrftgyふじこlp……」


 向日葵が縋るように抱き着いてきた。

 僕もそれにまたビックリした。


 なぜ怖くて震えながら僕にしがみつくのに、目線は画面に釘付けなのだろうとどこか冷静に思ったりもしたが、腕にやんわりと当たる向日葵の小さな胸に僕は困惑した。


「……い、今のシーンは、あの演出するのわかってただろ……」


 ホラー映画で運転してて引きの画になったら大抵はフロントガラスに何かが落ちてくるのは定番だ。

 原作にはなかった描写だが、この手の演出はわかりやすく脅かしてくる。


「……わ、わかってるよ? でもビックリする……急に音出すのは心臓に、わるい……」

「……耳栓とかしたらどうだ?」

「……そ、それは作り手に失礼な、気がする」

「さいですか……」


 しがみつく向日葵は半泣きである。

 そんな向日葵に僕はどうしていいか分からない。


 本当の兄妹じゃない。

 本当の兄妹だとしても、こんな風にくっついたりはしないとも聞く。


 怖くなくなったらしがみつくのも止めるだろう。

 物理的距離と心理的距離は未だに違う。


 歩み寄る事は必要なのか。

 どこまでが普通で、どこまでが普通じゃないのだろうか。


 僕には分からない。


「ッ!! ……」


 恐怖に怯えながら隣にいる義妹。

 生まれた時間差は1日だけの義妹。

 ほぼ同い年、というか同い年。


 母さんの不倫が無ければ、もっとドキマギしていたのだろう。

 もっと向日葵を意識していたのだろう。


 けれど、母さんの不倫で離婚していなければ、こうして隣に向日葵はいない。


 ジレンマ、というにはまた違ういびつさ。


 それでも隣にいる向日葵を義妹として守ろうという意識だけはある。


 もどかしくてしょうがない。


「……こ、怖かったぁ……」

「最後の伏線回収は良かったな」


 ホラー映画という怖さを楽しむエンタメとして楽しむ事が色々あって出来なかったが、面白かった。


「ッ!!!! くぁwせdrftgyふじこlp!! ☆○△*ッ……無理無理無理無理無理無理無理無理無理」


 油断したエンドロールの最後に死体が落ちてくる演出に向日葵はパニックになり僕の胸にうずくまるように顔を隠した。


「……エンドロールは流石にビックリした」

「エンドロールで、遊んでいいのは、シャッキー・ジェン、だけ……」


 怯えつつもそんな事を言っている向日葵に笑ってしまった。


「ホラー映画も観たし、僕は部屋に……」

「義兄さん……面白い話して……」

「それ芸人さんが1番嫌いなフリだぞ?」

「……ひ、独りにしないでぇ……」


 その後、仕方がないのでゲームをした。

 向日葵が寝落ちするまで付き合わされ、僕が眠れたのは夜中3時だった。


 眠る前に、半泣きの向日葵を思い出してほっこりした。

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