第10話 抑止力。
「粗探しって事は軽〜く調べて不倫とか浮気とか悪行とか探してこいって事だろ? めんど」
「暇でしょ?」
「私の暇はダラダラする為にある」
「……せめて婚活に使えよその暇を……」
「……それを言わないで……」
本来は依頼者が例えば「夫が浮気しているかもしれないから調査してほしい」などという依頼を持ち込み請け負った探偵や興信所が調べる。
依頼者がいて初めてこちら側の仕事は成立する。
僕がしているのは依頼ではない。
依頼をしてくる依頼者を探せという依頼である。
担任の先生が実は浮気してたとして、そのターゲットの近親者などと友人として接触して交友を深めて友人としてターゲットが浮気してるらしい、などと依頼を持ち込むように誘導する。
「学校の粗探しって言っても、特定の人物はいるのか? 全校生徒とか言ったら婚姻届にサインしてくれないと嫌だぞ」
「欲しい情報は校長、教頭、学年主任、あとは僕のクラスメイトの金髪ギャル2人」
僕は盗撮したターゲット達の写真を出して見せた。
今のところわかるのはせいぜいフルネームくらい。
「直人お前、金髪ギャルが好みなのか? 私今すぐ髪染めてくるぞ?」
「んなわけないじゃないですか」
僕はこれまでの経緯を説明した。
親父が再婚した事、アルビノの義妹ができたこと、いじめの兆候がありそれを阻止しようとしている事。
「再婚かぁ〜……はぁぁ……」
「優先的に欲しいのは金髪ギャルふたりと親の情報。金髪ギャルが援助交際とかしてるなら手っ取り早いけど。脅せるし」
「流石直人。えげつないいじめ撃退法」
「金髪ギャル共の親が政治家とかならさらにいい」
「示談金の額も桁1つ変わるな」
あくまでもいじめを阻止するための抑止力が欲しい。
核兵器は撃たないから力を持つ。
不貞の証拠とか握っていれば勝手に転校してくれたりもするかもしれないし、学校側の不貞なら録音と盗撮で教育委員会に持ち込んで押し潰す。
「……しかし手間がかかるな……」
「もちろんすぐにじゃない。交友関係を深める必要があるなら時間は掛かる。あくまでいじめに対処する為の保険。僕も自分でできる範囲の対策はしてる」
家に帰ってからまだやる事も多い。
ゴールデンウィーク中なのが幸いだ。
「義妹想いのいいお義兄さんじゃないか? そんなに可愛いのか?」
「白髪紅眼、整った顔立ち。まあ可愛いだろ。街中歩いててすぐに大学生の雄3匹が釣れた。すぐに防犯ブザーを買わせた」
有栖川さんは「過保護だねぇ」と笑った。
「その子にも合気道習わせたらどうだ? アルビノなんだろ?」
「それも検討してる。大学生3匹を女装して義妹の目の前で投げ飛ばした」
「素敵ですお義兄様!! って言われたいのか?」
「それで合気道やってくれる気になるなら喜んで言われたいね」
少しでも向日葵には自信を付けてもらわなければならない。
いじめられる確率が少しは減る。
「まあ、要件はわかった。協力してやるが、お前も手伝えよ? 普通の依頼だってあるんだから」
「依頼と家事手伝いだろ?」
「追加で夫としての」「諦めろ」
探偵の仕事のほとんどは浮気や不倫調査。
手間も時間も掛かる。
大手の所は人手は多いからまだマシだが、有栖川さんみたいに個人でやってる所は人手はない。
僕が異例と言っていい。
「じゃあ僕は帰りますので。冷蔵庫に余ったハンバーグとかあるので、温めて食べて下さい」
「お〜う。愛してるぞ直人〜」
「それはどうも」
後ろ手に手を振って事務所を後にした。
高校生生活は始まったばかり。
3年間を何事もなく過ごすのは厳しい。
保険はあるに越したことはない。
「もうこんな時間か……」
時刻は20時を過ぎてきた。
ゴールデンウィーク中だからか、街中は浮かれた空気に満ち満ちていた。
カフェで女子トークに勤しむ女たち。
道端で騒ぐ男たち。
地雷系ファッションでエナジードリンクにストローを差して飲み歩く女子。
ネクタイを緩めて肩を組み合ってふらふらと歩く残念なサラリーマンたち。
サラリーマンに関してはゴールデンウィークなのに可哀想だ。
「……アイスでも買うか。……向日葵にも買っていこう……」
コンビニに寄りチョコミントアイスを購入。
追加でエナジードリンクも買って夜更かしに備える。
向日葵がチョコミントアイスが好きかはどうか知らないけど、布教したくなるのがチョコミン党である。
チョコミントアイス無しでは生きられない体にしてやろう。ふはは。
……すぐに進める癖は直した方がいいかもしれないと思いつつ家に帰った。
「あ、義兄さんおかえりなさい」
家に入りリビングを通ると向日葵がいた。
水色のパジャマに黒縁メガネ。
メガネ越しに覗く瞳は綺麗な紅眼。
「ただいま。親父たちはまだ帰ってきてないのか」
「うん。……連絡あったよ。遅くなるって」
同じ会社である親父と優香さん、交際した経緯とかは詳しく聞いていないけど、色々とあるのだろう。
「向日葵、チョコミントアイス、食べるか?」
「……食べたことない、けど……食べてみたい」
「ほれ」
「ありがと」
僕は袋からアイスとスプーンを手渡した。
「……義兄さん、チョコミントが好きなの?」
「チョコミン党だからね」
「そ、そう、なんだね……」
そう言って向日葵は恐る恐るチョコミントアイスを口に含む。
すると向日葵が目を丸くして頬が緩ませた。
「んん〜♪ 美味しいね」
「だろう」
「歯磨き粉の味って印象だった」
「他のチョコミン党に言ったら説教されるから気を付けろよ?」
「は、はい」
リビングのテーブルでふたり、チョコミントアイスを食べる。
頬張り過ぎた向日葵が顔をしかめているのを見て僕は笑った。
長い白髪で紅の瞳でも、普通の女の子だ。
美味しいものを食べて笑う女の子。
「ご馳走様でした。美味しかった。義兄さんありがと」
「いえいえ。チョコミン党として当然の布教活動だ」
「義兄さん、もう眠る?」
空いたカップを片付けてくれた向日葵が不意に尋ねてきた。
「いや、まだ起きてるけど」
「その……よかったら、一緒にゲームしたいなって」
「いいよ」
「ほんとに?! ありがと! どうしても協力プレイしたいゲームがあったんだけど、友達いないから」
基本的に家から出れない向日葵の趣味全般はインドアのものばかりだ。
小学生みたいに、公園や道端で協力プレイなんてしたりできない。
「友達は今後の課題だな。千夏もゲームは好きだし、今度誘ってみるのもいいかもな」
「うん!」
「じゃあやるか、ゲーム」
「寝かせないよ、義兄さん」
「エナドリを持っている僕に喧嘩を売るとは義妹よ、見誤ったな」
「……ずるい」
ぎこちないながらも、それなりに義兄妹として上手くやれている方だろうか。
そう思いながらゲームに興じた。
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