第13話 隠し味。

「んん〜ん♪」


 向日葵はさきほどの気まずさも忘れてパスタを頬張っている。

 普通の女子高生に比べて外食の頻度も少ないからか、向日葵は本当に美味しそうに食べている。


 家でみんな揃って食べる時ももちろんそうであるが、雰囲気や場所が変われば気持ちも変わる。


「なおちゃんのも食べたい……」


 じーっと見つめくる向日葵がそう言ってきたので微笑んで答えた。


「いいわよ」

「あーん」


 僕は細切れのマッシュルームの入ったクリームソースを絡めてオムライスを掬って食べさせた。


「んふ〜♪ 美味ひい!」


 マッシュルームの食感とクリームソースの塩気、甘めのチキンライスがマッチしていて美味しい。


 普段内気な向日葵の笑顔は眩しい。

 体質や父親との死別で色々あったのだろうけど、美味しいものを食べて笑える向日葵は僕なんかよりよっぽど精神が強い。


 もちろん優香さんの努力もあったのだろう。


「なおちゃんも。あーん」

「……はむっ。美味しいわね」


 トマトソースのチーズパスタも中々に美味しい。

 そもそもトマトとチーズの組み合わせはずるい。

 それでいて奥深い味でもある。


 何気に関節キスなのだが、美味しかったので対して気にせず味を堪能できた。


 2人でしばらく食べていると、雲原さんが来た。


「これ、サービスです。店長がお友達ならって事で」


 雲原が持ってきてくれたのはガトーショコラと珈琲だった。


 向日葵が困惑しつつも目は輝いている。


「あ、ありがと……雲原さん」

「私の分まで頂いてしまって。ありがとうございます」

「いいえ。来て頂いてますし、今後ともよろしくお願いしますって店長も言ってましたから」


 優しく微笑む雲原さん。

 この人、素でいい人なんだろうなぁ。

 僕の汚れた目でもそう思った。


「あ、あの。私、今日はもう上がりなんですけど、ちょっと一緒に居てもいいですか?」


 雲原さんが向日葵と僕を交互に見てそう聞いてきた。

 向日葵はあわあわしているけど、仲良くしたそうに見える。


「私も雲原さんとお話してみたいと思ってたの。是非お願いするわ。向日葵もいい?」


 一瞬を泳がせた向日葵だったけど、こくこくと頷き雲原さんは笑顔になった。


 多分、普段学校では静かにしている向日葵が美味しそうに食べている姿でも盗み見たのだろう。

 結果的に雲原さんをこちら側に引き込めそうなのでむしろ歓迎である。


 委員長を味方に付けれたら向日葵の高校生活も安定するかもしれない。


 オムライスとパスタを食べ終えた頃に雲原さんは私服姿で僕らの席に来た。

 ぼくとは初対面なので、消去法的に向日葵の左隣に座った。


 髪を下ろした雲原さんは元が美形なだけに大人びて見えた。


 雲原さんが座って少ししてから店員さんが来た。

 最初にお水とメニューを持ってきてくれた女性店員さんだった。

 雲原さんが僕らの席に合流することを知っていたようだ。


「店長、私もガトーショコラと珈琲をお願いします」

「かしこまりました」


 ニコッと微笑む店長さん。

 店長だったのか。

 まだ20代半ばくらいにしか見えないんだが。


「ごめんなさい。急に」

「いいえ。むしろ嬉しいわ」

「お待たせしました。ガトーショコラと珈琲でございます」


 店長さんが雲原さんの分を運んできてくれた。


「店長さん、サービスして頂いてありがとうございます。料理もとっても美味しかったです」

「こちらこそありがとうございます」

「トマトソースのチーズパスタって隠し味に出汁とか入ってたりします?」


 僕がそう聞くと店長さんが目を丸くした。

 なぜバレたし! みたいな顔してる。


「入ってます〜。ちょっとだけですけど」

「三宮さん、どうしてわかったんですか?」


 雲原さんが聞いてきた。

 雲原さんも知らなかったような表情だった。


「……なんとなく? かしら。トマトソースの甘みと酸味とは別に旨みを感じたから」

「三宮さん、料理得意だったりする?」

「ええ。一応作ったりはするわ」

「うちの従業員は誰一人見抜けなかったのになぁ。レシピ私しか知らないのに〜」


 なぜか悔しそうな店長さん。

 それでも表情は緩んでいる。


「……わたし、食べてたけど、全くわかんなかった……」

「大丈夫よひーちゃん。それが多分普通だもの」

「そうだよ雨宮さん。私もわからなかったし」


 向日葵に微笑みかけてフォローを入れる雲原さん。

 なんか和むわね、この構図。


「雨宮さん……だったわよね。雨宮さんが美味しそうそうに食べてくれるのを見れて、このお店の店長としても嬉しかったです」


 店員さんが向日葵の美味しそうに食べる顔がいかに良かったかを力説し出した。

 嬉しかったあまりサービスしたと店長さんは自白した。


 向日葵は恥ずかしそうにしていたけど、それでも嬉しそうに笑った。


 向日葵ももうそこまで緊張しているようではなかった。

 饒舌に喋るわけではないけど、表情は柔らかだ。


 力説し終えた店長さんは他のお客さんに呼ばれて席を離れた。

 店長さんも良い人そうだ。


「ご馳走様でした」


 3人とも食べ終わり、また少し雑談。

 委員長である雲原さんは元々向日葵の事が気になっていたようだ。


 悪意の類いではなく、純粋な興味。

 女子の交友関係の構築の仕方を具体的には知らないけど、向日葵に対してのものは大きく分けて二通り。


 金髪ギャルたちのような妬みや疎ましく思う連中と雲原さんのように純粋に可愛い子と仲良くしたい勢。


 雲原さんのような人と向日葵も仲良くできるかが今後の課題だが、1人できれば後は芋狡式いもずるしきに関係を構築できそうだ。


「そろそろお開きね」


 落ち着いてきたので僕らはカフェを出ることにした。

 雲原さんもこの後から予定があるとの事だったので丁度良かった。


「あ、そうだ雨宮さん。連絡先交換しない?」

「え、あ、うん!」


 戸惑いつつもほんのりと嬉しそうにスマホを取り出す向日葵。


「三宮さんとも交換したいんだけど、いい?」

「ごめんなさい。今修理中で手元に無いの。修理が終わったらひーちゃん経由で交換でもいいかしら?」


 スマホは持っているが、中身はである。

 ラインを交換すれば女装した雨宮直人であるという事がバレてしまう。


「わかった」

「また来るわね、雲原さん」

「わ、わたしも」

「ええ。待ってるね」

「また雨が降った日に来るわ。ひーちゃんと一緒に」


 そうして雲原さんと別れた。


 断ってしまったのは申し訳ないが、交換するのは確約しているし、向日葵経由で交換する事によって向日葵が雲原さんと連絡を取る口実にもなる。


 咄嗟に付いた嘘だが我ながら策士。


「なおちゃん、ショッピング行かない?」

「いいわね。行きましょ」


 そうして僕らはまた雨の中を歩いた。




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