第8話 全裸に防犯ブザー。

 ファミレスで晩御飯を食べ終えて夜の街を歩く。

 普段あまり外出できない向日葵はあちこちを見て目を輝かせている。


「向日葵ちゃん、離れちゃダメよ」

「うん」


 普段内気な性格なだけに、こうして見ると可愛らしい少女だ。

 加えてこの辺りは前の向日葵たちの生活圏から少し離れている所だ。


 お食事処が軒並み競走し、カラオケ店などから漏れる騒がしい音や電気街の光は向日葵にとってどう写るのか。


「防犯グッズ買うんだよね! スタンガンとかある?!」

「……今から行く店にはたしか置いてあったけれど、千夏はすぐ取られて逆にやられそうな感じするわね」

「大丈夫、試しになおにやってみるだけだから!!」

「却下。痛いし」


 スタンガンはたしかに防犯グッズとして優秀だ。

 でもドラマで見るような気絶させるほどの威力は基本的にはない。


 あくまで威嚇射撃みたいなもの。

 日本で死亡例がないというほどの威力、と言えばいいだろうか。


 スタンガンは電撃と音による威嚇。

 相手がさっきみたいに複数いる想定だと防犯ブザーが効果的。

 向日葵が陰湿ないじめをされた場合、スタンガンを取られて逆にいじめか加速する可能性がある。


 千夏に言ったのはテキトーだけど、本来の目的は向日葵の護身の術を手に入れる為である。


「着いたわ」


 あんまり客入りのない店内は相変わらず寂しい。


「こんばんわ(なおとだ、はなしあわせて)


 カウンターで夕刊を読んでいるおじさんに僕は声を掛け、口をパクパクさせてモールス信号を応用して自分が雨宮直人である旨を伝えた。


 事前に連絡しとけば良かったけど仕方ない。


「おう、この間の嬢ちゃんか。こんな時間に友達連れなんざ珍しいな」

「さっき3人でご飯食べてて、大学生3人組に絡まれたものだから」


 千夏は早くも店内をうろつきながら手に取ったスタンガンをぱちぱち鳴らして遊んでいる。

 小学生かよおい。


「そいつは災難だな」

「まったくよ」

「まあ、見てってくれ。壊すなよ」

「ええ」


 このおじさんは普段は防犯グッズ専門店を経営しているのだが、裏では盗聴器やら小型発信機などを作って遊んでいる。


 仕事の付き合いでよく世話になっているため、今日はここへ来た。


「まずはひーちゃんの防犯グッズね」

「あ、うん……」

「? どうしたの?」


 向日葵は商品を眺めながら、浮かない顔をした。


「……わたしが持ってても、意味あるのかなって……なおちゃんみたいに投げ飛ばしたり、とっさに防犯ブザー鳴らせるかなって……思って」


 たしかに普通は防犯グッズを持っていても、さっきのような急な出来事に上手く対応するのは難しいだろう。


 僕だって仕事で何度か使った程度だが、初めはあたふたしたのを覚えてる。


「ひーちゃん、さっきのオス共3人が目の前にいて、ひーちゃんが全裸だったらどう?」

「……むり」

「服着てるだけだと状況から言えば、ほぼ全裸と変わらないわよ?」

「……そ、そうだけど……」

「でも全裸でも手に防犯ブザーあるだけで状況は変わるわ。服なんて着てなくても」

「……きょ、極論だけど、たしかに……に?」

「まあ、乙女の貞操とか精神が減るけれども」


 向日葵は戦闘民族じゃない。

 太陽の光すら脅威になりうる体質からだ


 向日葵が全身筋肉でサイトチェストを見せつけるだけで相手が逃げるならお金もかからないし、殴れば済む。


 けれども違う。

 流石に金的を狙えと言うのはまだ早い。

 まずは自身の身を守る心持ちを持たせなければ今後の学校生活が危うい。


「ひーちゃん、これなんてどうかしら? 可愛いと思うのだけど」

「可愛い……」


 キャラもののデザインから使いやすさ重視のデザイン、ただのキーホルダーにしか見えない防犯ブザーまで様々。


「学校カバンに付けといても違和感ないし可愛いし、先生に聞かれたら防犯ブザーですって答えたらいいわ。それでもなにか言ってくるなら鳴らせばいい」

「学校で鳴らしたら大変だよ、響くし……」

「だからよ? 女子のいじめって陰湿って聞くし、女子トイレで逃げ場ない時とか大音響よ」


 トイレの造りからさらに校舎の反響、職員室で珈琲片手に書類制作してる先生たちは飛んでくるだろう。


「ひーちゃん、なんで防犯ブザーが効果的かわかる?」

「……音がうるさい、から?」

「そうね。当たりよ」


 そう言って僕は向日葵の耳元で手を叩いた。

 ビクッとして急な僕の行動にパニックになった向日葵。


「大きくてやたら響く音が急にしたらびっくりするわよね。ましてや、さっきみたいにオス共3人がしたり顔で近づく時とか、いじめる時なんて基本的には油断してるものよ。だってそっち側が優勢だと感じてるもの」


 現在はいじめの首謀者となりそうなのは金髪ギャルふたりの立川と三好。

 だがこの手の奴らは群れを作っていじめる。

 自分が弱いと自覚してるからマウントを取りに行く為に群がる。


「ひーちゃん、昨日も言ったけれど、今の家庭を守りたいなら自分をまずは最低限守れるようになること」

「……うん……」


 自分より下の奴を嘲笑って安堵したいと思っていたりと基本的に小心者。

 そんな状態で向日葵を囲ったとして、急に防犯ブザーなんて鳴らされたらパニックは間違いない。

 アホずらを拝める事だろう。


 まあ、立川と三好については後日調べるとして。


「見て、なお! 向日葵ちゃん! バズーカ!!」


 まるで少年のように瞳を輝かせている千夏。

 短パンと白のタンクトップを履かせたい。


「千夏、ネットガンで遊んじゃダメよ」

「うぃー」

「さてとひーちゃん、可愛いの選びましょ」

「うん」


 そうして自分で選んだ物を買ってニコニコしている向日葵。


 防犯ブザーとして見ていないような気もするが、とりあえず買わせる事には成功したし、良しとしよう。


 僕はその後、ICレコーダーとペン型カメラ、盗聴器に発信機などをいくつか買っておいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る