第7話 女装っ子なおちゃん。

「……義兄っ……なおちゃん……どこいく、の?」

「カフェよ」

「私が引越の荷造りとかした時の報酬って事で直ちゃんに奢ってもらう約束してたのよ〜」

「せっかくだから千夏と向日葵ひーちゃんは仲良くなってね」


 僕は現在、女装をして千夏と向日葵と陽の落ちた街を歩いている。

 ちなみに僕の格好は黒のスキニーパンツにブカブカの白のパーカー、長い黒髪のウィッグとスニーカーにノンホールピアス。


 後ろ姿は完全に女子であり、向日葵が完成形を見てびっくりするくらい褒められた。

 べつに女装癖があるわけではないので褒められも嬉しいわけではない。


直人なおを女装させるの楽しいのよね〜」


 千夏も一人っ子であり、姉妹コーデや服の着せ替えっこがしたいと言い出したのが中一の頃。


「で、でも、女装する必要、あるの?」

「クラスの人に見られてもバレなければ向日葵はただ友達と遊んでいるだけ、という言い訳が通るのよ。直人君ぼくと一緒にいれば再婚疑惑が確信に変わってしまうし、後々色々と面倒」


 街中で歩いていてまず目につく向日葵。

 その隣に男がいれば面倒事が増える。

 女であればまだ友達と思う方が自然であり、レズビアンだと思う奴は普通ではないから問題ない。


 他にも理由は色々とあるが、なにかと都合がとにかくいいのである。


「ほんとはスカートとかも着せたいんだけどさぁ」

「それは嫌よ。かかとの高いのも歩き方が難易度高過ぎて無理だもの」


 基本的には体格を隠せるものに限定している。

 千夏からはよく「もやし」とバカにされる体格であるが、そもそも見られたくないし。


「……なおちゃん、話し方も違和感、ないね」

「話し方は色々と研究してるのよ。便利よ? 色々と」


 基本的にぼっちで過ごしている僕だが、必要に応じてキャラの使い分けは人と接する場面に置いて有効なのである。


 歩き方も研究している為、女装の時と普段は癖が違う。

 まあ、女装の時の歩き方は普段より疲れる。


 べつにぼっちにしかなれないからぼっちをしているわけではない。


「とりあえず今日は晩御飯も兼ねているし、親には外で食べてくる事は伝えてあるから」


 千夏の両親、親父と優香さんにも報告済みである。

 優香さんはとくに喜んでいた。

 友達を家に連れてきた事がないらしい向日葵と仲良くしてくれそうならとお金を渡してきたが断った。


 僕のしているバイト代で事足りる。


「ひーちゃんも好きなもの頼んでね。今日は私が奢るから」

「で、でも……」

「問題ないわ」


 友達感をアピールするためのひーちゃん呼びだが、普段の僕が向日葵と呼ぶ時より心なしか呼びやすいのはなぜだろうかと思ったが深堀しないことにした。


「私に協力している代金とでも思ってくれればいいわ」

「……協力?」

「ええ。まあ、後でわかるわ」


 そう言って話を切り上げてメニューに目を落とした。


 各々頼み、しばしの雑談タイム。


 向日葵は千夏に対してぎこちないがそれでも警戒心は低いように見える。


 僕の幼馴染であり、親父とも仲が良い千夏。

 親父に千夏も連れていくと言うとなにも言わなかったのを見ていた向日葵もなにか感じたのだろう。


「ちょっとお花摘んでくるわ」

「いってら〜」


 僕はスマホを手に持ったまま、ゆたゆたとトイレををしながら歩く。


 ここのファミレスは多目的トイレもある為、よく千夏に女装させられて来ているので場所は知っている。


 僕はそのまま目線だけうろつかせながら多目的トイレに入った。


「……撮れてるな」


 店内を歩きながらスマホでこっそり撮影した男ども3人の姿がばっちり撮れている。


 店内BGMでシャッター音は掻き消えている為、連写も容易だった。


「……街中をちょっと歩くだけでナンパ男が3匹も釣れるのか……面倒だな」


 やはり向日葵はかなり目を引くのだろう。

 優香さんからは事前に注意するように言われていた。


 基本的に1人での外出もさせなかったと言っていたし、先天性白皮症の影響で向日葵は目も悪い。


 目視で怪しい人を見分けるのは難しい。

 加えて紫外線を極力避ける為に陽の出ている間は基本家を出ない。


 学校に行く時も肌を隠して登校している。


「……外国だとアルビノの被害も多いらしいし、治安の良い日本って言っても警戒しとかないとな」


 某国では儀式の生贄やら、アルビノと性行為をするとエイズが治るとか訳の分からん迷信を信じてる人が多いとかアルビノの人の肉体の一部を使って薬を作るとかとにかく物騒だ。


「ハンディーキャップ多すぎだろ」


 趣味で書いてる小説のネタになるかと思って調べて見れば調べるほど物騒過ぎる。


「とりあえず戻るか」


 僕は多目的トイレを出て席に戻った。

 既に注文した料理は届いていた。

 向日葵たちは話をしながら僕を待っていた。


「またせてごめんなさいね。先に食べてても良かったのに」

「一応、なおの奢りだし?」

「それはどうも」


 そうして食べ始めた。

 千夏は向日葵と分け合いっこしながら楽しく食事をしている。


 僕もふたりの様子を見ながら視界の端に映る男どもを観察した。


 大学生くらいの男ども3人。

 とくに問題はなさそうな連中ではある。


 しかし、普段はこっちが覗く側なだけに、こうして観られるのは気持ちのいいものではない。


「なおの分もちょーだい!」


 千夏が僕の料理を食べた。

 向日葵も欲しそうだったので分け与えた。


 僕は早々に食べ終えてしまったので珈琲を飲みながらふたりを見ていた。


 長期的に考えて、同じ家庭の僕と向日葵が2年生になっても同じクラスになるかはわからない。


 千夏と仲良くなっておけば後々なにかと都合がいい。


 今のクラスで友達が出来なくても、周りのクラスで友人がいれば助けてくれる人が牽制してくれるかもしれない。


 幸いにも千夏はこんな性格だから友人は多い。

 先天性白皮症に理解のある人、もしくは理解してくれる人が増えれば学校生活も安定するだろう。


「ゴチでした!!」

「ご馳走さまです」


 ふたりも食べ終えたようなのでファミレスを出た。

 僕がレジでお買い物をしていると後ろに先程の男どもも来た。


 そのままそそくさと店を出て向日葵たちに合流して歩き出した。


「なお、このまま帰るの?」

「ちょっと寄りたい所が……」

「ねぇ君たち」


 会計をしていなかった男どもふたりが声を掛けてきた。

 追加でもう1人も来た。

 手が早いな。


「暇じゃないので」


 僕は向日葵と千夏に行こうと促すと肩を掴まれた。


「いいじゃんいいじゃん」


 千夏が若干引いていて、向日葵はすでに怖がっている。


 千夏は多分、僕の肩を掴んだ事に引いているのか、これから僕が掘られるかもしれない事について引いているのかわからない。


「離してください。警察呼びますよ」

「そんなこと言わずにさぁ。オレらとちょっと遊ぼうよ」


 僕はガン無視して乗せられた手を振り払って歩き出すと再び掴まれた。


 ムカついたのでその手を捻って関節を折り曲げるようにして組み伏せて地面に男Aの顔を擦り付けた。


 そのまま背中を踏み付け、抵抗したので脇腹を蹴りあげた。


「なにしてんだ女ぁ!!」


 掴みかかろうとした男Bの腕を掴んで放り投げた。


 僕は地面でうずくまっている男Aの耳元で防犯ブザーを鳴らした。


「邪魔。他をあたってくれるかしら?」

「くっそ!!」


 おとこどもはにげたした!!


 男Aはみっともない姿だったので内心笑ってしまった。


「……義兄……なおちゃん、すごい……」

「なお! なんでそんな細いのに簡単に投げれたの?!」

「護身術よ。合気道」

「……か、かっこいい……」


 向日葵の目が輝いていた。

 ……恥ずかしいからその目は止めてほしい。

 女装してて男投げ飛ばしているのを褒められてもなんか複雑な心持ち。


「……というわけで、防犯グッズ見に行くわよ」


 僕は無理やり話を切り上げて次の店に向かった。

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