第6話 名字。
引越も荷解きも書類類も終わり、次の日の学校。
「天野さんは名字が雨宮さんに変わります」
担任はそれだけを朝のホームルームで最初に説明すると後はゴールデンウィークの話などに移った。
考えてみれば、当然だが天野向日葵は雨宮向日葵に変わる。
僕と同じ名字なわけである。
担任の話の最中もクラスはひそひそと一部から聞こえてくる。
内気な白髪美少女の家庭事情を悪意的に興味津々なヤツらが目立つ。
担任も離婚だの再婚だのでいじめに発展する可能性を危惧して理由は言わなかったのだろう。
それでも、あの時の悪意の潜む嫌な笑みはひしひしと感じた。
「ねぇねぇ天野……雨宮さん、雨宮君とはなんかカンケーあるの?」
昼休み、金髪ギャル2人組はしたり顔で向日葵にわざと尋ねてきた。
僕を一瞬チラ見してきたが、僕はイヤホンに小説とガン無視を決め込んでいた。
面倒な事になってしまった。
「……いや……その……」
下を向いている向日葵の顔を覗き込むように机に伏せて見上げた。
どうやら相当向日葵が気に食わないらしい。
「ねぇ雨宮君」
音楽が小さく流していたために金髪ギャルが僕に声掛けしたのは聞こえていたが、聞こえないふりをしてとりあえず小説の文字を追う。
「……ちっ……」
つまらないと感じたのか席に着いた金髪ギャル2人組。
胸糞悪い。
こうなってしまったのはどうしようもないが、これから起こるであろう事はもう容易に想像できた。
☆☆☆
学校が終わり明日からゴールデンウィーク。
「とりあえず今日の分の投稿完了っと」
僕が部屋にいると向日葵が尋ねてきた。
水色と白のしましまのパジャマに黒縁メガネ。
風呂上がりでカラコンも付けていないのか紅眼だ。
表情は曇っている。
「……義兄さん……話があるんだけど……」
「入っていいよ」
そういうと向日葵は中に入った。
おろおろしだしたので、とりあえずベッドに座らせた。
「その……今日の事、なんだけど……」
暗い顔のまま、向日葵は話し出した。
「お母さんとお義父さんには言わないで」
「わかってる」
優香さんに心配掛けたくないのはわかる。
「……たぶん、そのままにしてたら、大丈夫、だと思う……から」
俯いて小さくそう言った向日葵。
今までもそうして耐えてきたのだろう。
具体的な被害は聞いてない。
向日葵が自分から話すなら聞くが、無理に話させたい内容じゃない。
「いや、無理だな。大丈夫にはならない」
僕は向日葵の目を見てはっきりとそう言った。
「中学では運が良かったのかもしれないが、向日葵、このままじゃトラウマが酷くなるよ」
僕は今初めて向日葵の名前を呼んだ。
向日葵は目を丸くしてビクッと驚いた。
全部見透かされたと思ったのだろう。
口数が少ないわりに心情はわかりやすい。
お寿司屋の時もそうだった。
「お前にちょっかい掛けてきてるのは現在金髪ギャル2人だ。なんでかわかるか?」
「……わたしが、アルビノ、だから……」
「それもある」
向日葵の先天性白皮症は良くも悪くも目立ち過ぎる。
だが目立つという意味では絡んできた金髪ギャルだって目立つ頭をしている。
「問題なのは向日葵、お前が上手く立ち回っていないからだな」
「……」
向日葵は何かを訴えようとして結局黙り下をまた向いた。
「前に失敗か何かしたんだろう? もしくは上手く立ち回れていると思ったがそうでない事に気付いて今に至る」
「……」
図星なのだろう。
パジャマの裾を握り締める向日葵。
「……なんで、義兄さんは、わかるの……」
「僕も似たような経験してるからな」
向日葵は今にも泣きそうだった。
僕はどうしていいか一瞬迷い、向日葵の横に座った。
向日葵の顔は見ない。
ただ横に座り、ポスターや本棚を眺めながら昔の事を思い出していた。
「僕が小学校5年生の時に離婚した話はしたな。僕の場合はそれからが大変だった」
母さんは不倫は隣人に元々怪しまれていた。
弁護士が優秀だったためわりと早く離婚が成立した。
その頃には僕が通っていた小学校の一部ではその事が知られていた。
さすがに小学5年生ともなると「離婚」の意味を知っている奴もいた。
今どき親が離婚は珍しくはない。
だが、やはり両親が揃っている家庭が多いのも事実だった。
「最初は僕もなるべく明るくしてたが、いじめの対象にされた。学校という狭いコミュニティの中で、「自分たちとは違う存在」は異物であり異質。だから攻撃してもいい。それが僕だった」
自分語りなんて恥ずかしいが、僕も向日葵もまだお互いを知らない。
「頑張っていじめに似た嫌がらせを躱していた。クラスの何人かとはまだ話せてもいたしな。でも結局、それすら気に食わない奴が台無しにした」
元々クラスの上位カーストじゃなかった僕は、僕以外のみんなを敵にした。
孤立し、助けてくれる奴は1人もいない。
あの環境下で僕を庇えば、次は自分になる可能性があるとわかっていたのだろう。
体格もヒョロい僕はそのまま生贄だった。
「向日葵、お前は最初の選択を間違えた。お前はあの金髪ギャルたちを従わせる立場に着いているべきだった。そしてそれがお前にはできた」
悲しそうな顔と目を僕に向けてきた向日葵。
「僕がこういうのもアレだが……向日葵は可愛い」
急に口説いてるみたいになったが、そうじゃない。
僕も向日葵も新しい高校。
そのスタートラインは同じ。
だが決定的に違うのは外見のスペック。
向日葵の顔は幼げながらも整っている。
アルビノでなくとも上位カーストに易々と君臨できるスペック。
だが内気な性格により高校デビューはしなかった。
スタート時にマウントを取りにいけなかった時点で金髪ギャル共に遅れを取ってしまっている。
「なんで金髪ギャル共が向日葵に絡んでくるか。絡む理由は向日葵が可愛い、目立つ、気に食わない。だから絡む」
クラス内の力関係で言えば既に金髪ギャルが上。
だが自分たちよりも目立つ向日葵。
「向日葵、あの金髪ギャル、立川と三好の髪を見てどう思う?」
「……どうって?」
「汚くないか?」
「……汚い? なんで?」
「色が馴染んてない。つい3日前までは普通に黒髪でした、みたいな違和感」
「……あんまり、顔見てないから、わかんない……」
そういえばずっと下向いてな、クラスでも。
「アイツらは高校デビューして薔薇色学生ライフを送りたい奴らだ。派手な髪も一応オーケーなこの学校に入学して浮かれてる」
授業態度見てる感じだと僕よりも頭は悪そうだ。
一学期中間テストでだいたいの知能指数はわかるだろう。
「立川と三好はお前をいじめてくる。それは今後、この前僕に話した事の邪魔になる」
「……話した事……」
「優香さんに幸せになってほしいんだろ?」
「……うん……」
「今そんな顔してる娘見て幸せそうに笑う親なら話は別だが、少なくとも今の向日葵の顔を見て優香さんは笑顔では居られないだろ」
寿司屋で小さく笑った向日葵と、下を向いている向日葵。
そのくらいは僕でもわかる。
「僕と向日葵の再婚に賛成した理由は互いの親の幸せ、だな? という事はそれが今後脅かされるわけだ」
僕は好きでぼっちやってるようなものだが、向日葵は違う。
「だがそれは僕も向日葵も困る」
「……うん……」
「なのでまずは友達をちゃんと作れ」
「……えっ……」
まずは正攻法で行こう。
ダメでもまだ手はある。
なるべくなら、僕のようにはなってほしくない。
☆☆☆
翌日、僕は女装して千夏、向日葵、僕の3人で夕陽も落ちた頃にショッピングに出かけていた。
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