第5話 引越。

「引越完了」


 新しい我が家。

 新しい家族。

 ぎこちない新生活の始まり。


「とりあえず今日は外で飯でも食うか」

「いいわね! 今からだと大変だし」

「向日葵ちゃんと直人もそれでいいか?」

「うん」

「異議なし」


 だいたいの家具の設置・稼働はできているが食材を買いに行く元気はない。

 個人の荷解きもまだ済んでいない。


 みんな、とりあえず仕事や学校、寝る環境などを優先的に進めたので仕方ない。


 親父に至っては明日日曜日は休日出勤が入っている。


 運転もめんどいとの事でタクシーを僕が手配、行先は寿司屋。

 親父の付き合いのある寿司屋らしく、一見さんお断りだそうだ。


 親父、そんないい店行ってたのかよ、僕も連れて行けよもっと早くに……


 優香さんと向日葵は回らないお寿司は初めて(僕も)らしくテンションが上がっている。


 向日葵は優香さんのようにはしゃいではいないが、頬が緩んでいて珍しい表情だと思った。


 タクシーの席順は親父が前、後部座席の右が優香さん、真ん中が向日葵、左が僕。


 場所を知っている親父が前なのは仕方ないのだが、向日葵の細い肩がくっついていて緊張する。


「今日は美味い日本酒が飲める」

「日本酒いいわね」


 向日葵との話し合いの後、とくに学校で話したりもないし、なに話したらいいかもよくわからない。


 お互い一人っ子であり兄弟とかに憧れたりはあっただろうけど、いざ話せと言われたらわからない。


 そもそも話す必要があるのだろうかと考えてしまう始末である。


 なによりも、向日葵が新しい家族であり義妹であり美少女すぎる。


 難易度高すぎじゃないですかね。

 うん。無理に話したりはしなくていいや。

 そもそも名前呼ぶのだって難易度が高い。


「着いたぞー」


 親父が声を掛けて僕達はタクシーを降りた。


「いかにも」な寿司屋だった。

 一見いちげんがふらっと入れる雰囲気ではない。

 結界でも張ってあるのかもしれない。


 中に入るとこれまた「いかにも」なカウンターテーブル。

 琥珀色で艶のある樹のカウンター。

 寿司職人が仏頂面でカウンター越しに立っている。

 値札とかないし、緊張するんですが……


「おやっさん、久しぶり」

「直弘の旦那。待ってたよ」


 おやっさんと呼ばれた寿司職人、どう見ても親父より一回り以上歳上だろ。

 なんで親父が「直弘の旦那」って呼ばれてんだ……


 もしかして親父、裏社会の人だったりする?

 役職付きだし給料いいし、今思えば母さんとの離婚の時もスムーズに手続きしてた気がする。


 不動産屋といい、寿司屋といい、親父は一体何者なんだと改めて疑問に思った。


 おやっさんは僕らにも丁寧に頭を下げて挨拶をしてきた。

 僕らも同じくらい丁寧に挨拶を返した。

 僕と向日葵はビクビクしながら。


 とりあえず席に着いて注文は親父と優香さんに任せる。


 左から親父、優香さん、向日葵、僕の順。


 おやっさんが握り始めて各々出された寿司を食べる。


 親父とおやっさんはかなり仲がいいようだ。

 関係性的に言えば、親父の取引先の1つがこの店、みたいな雰囲気。


 親父は普段自分の事を話したりはあまりしないし、具体的な仕事は実は知らない。

 何度か名刺を見た事はあるが○○常務、くらいしか覚えてない。


「……義兄さん……」

「?! ……なに?」


 向日葵が地味に近づき小声で僕に話しかけてきた。

 近いし「義兄さん」と呼ばれるのは未だに変な感じがする。


「……お義父さん、何者……?」

「……最近、僕もわからなくなってきた……」


 僕がそう答えると向日葵がちょっと笑った。

 口角が少しつり上がって目をほんのり細めただけだが「なにそれ笑」みたいな顔をした。


 どうやら僕の答えが斜め上だったらしい。


 ふたりしてお茶を啜り、そしてまた食べる。


 向日葵は好きなネタを食べるとどうやら「……ん♪」と小さく喉を鳴らす。

 ホタテが特に好きみたいだ。


「…………ぉふ…………」


 山葵わさびが思ったより強く、僕は地味なしかめっ面をした。

 恥ずかしかったので下を向くと向日葵と目が合い、クスッと笑われた。


 向日葵さんはどうやら追撃で羞恥心を攻撃してくる方のようです。恥ずかしい。

 私、もうお嫁に行けないわ……


 それにしても、向日葵は思いのほか喋る。

 学校での印象や話し合いの時の印象とはまた違う。

 それでも口数が多いわけではない。


 でも、表情はそれなりの少女という感じ。

 こっちが本来の姿なのだろうと思った。


 白髪ロングに色白である向日葵にとって、この寿司屋は閉鎖的で客が僕ら以外に居ないのも理由の一つなのかもしれない。


 常に人に観られながら食べる飯なんて考えただけでも不味く感じそうだ。


「……寿司職人ってさ、もっとこう、頑固そうな人ってテンプレな印象だった……」


 今度は僕が小声で向日葵に話し掛けた。

 すると向日葵が小さく笑って頷いた。


「……わたしも……」


 親父たちの方ではおやっさんがゲラゲラ笑い出している。


 最初の仏頂面と店の雰囲気は何処へ行ったのか。

 それとも親父がいるからか。

 謎は増えていく一方であり、しかしそれでも寿司は美味い。


「……義兄さん……」

「ん? なに?」

「……ホタテと、イカ、交換しない?」

「……いいよ」


 イカはそんなに好きじゃないが、「義妹」に頼まれて断れなかった僕はどうなんだろうか。


 美味しそうにホタテを頬張る向日葵を見て僕は笑った。

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