キラリ!! 〜推しの愛からはじまるキラキラ☆ストーリィ〜

紡生 奏音

キラリ!!

 ――いつだって、キミは笑ってくれた。

「お前がいるから、俺は輝ける。 だから、側にいてくれ」

 そう言ってそっとキスをすると、キミは無数の光の中へと駆けて行く。

 待って! 私も……この気持ちをキミに伝えたい!

 手を伸ばし、私は身を乗り出す。

 そして――――。


    *


 ――ガッターン!!

 大きな音を立て、色々な物を巻き込んで、私はベッドから転げ落ちた。

 目を開けると、そこに「キミ」――は当然いなくて、見慣れた天井だけがそこにあった。

 ……なんだ、夢か。

陽凪ひなぎ! なに朝から暴れてるの! 早く起きなさい!」

 ぼうっとしてそのまま天井とにらめっこしていると、お母さんの怒鳴り声がリビングから聞こえて来る。聞こえないだろうけど、小さく「はぁい……」とつぶやいて、私は起き上がって、学校に行く準備を始めた。


   *


 私の名前は藤堂 陽凪。この春、入学したばかりの中学生。見た目もたぶんフツーの、どこにでもいるさえない女のコ。

 そんな私には、誰にも言えない秘密がある。それは……とあるマンガに出て来るキャラクターに本気で恋してるコト!!

 まぁ、いわゆる「推し」というヤツに恋しちゃったというわけだが、私のはそんな中途半端なモンじゃない。――心の底から、私は本気で「カレ」が好きなのだ。

 ……だけど、私が「カレ」を好きになるまでには相当な時間が掛かった。

 私の好きなマンガ「きら☆キラメルリア」は、カッコいい男のコ四人が隠れてアイドル活動を行っていたが、ある日、どこにでもいるような女のコである主人公が四人の秘密を知ってしまったことをきっかけに、四人とだんだん距離が縮まって、やがて恋愛にも発展して、それぞれ主人公を取りあったりするが、最後にはリーダーである「ハルキ」と恋におちる――という、よくある恋愛マンガだ。

 私はその「ハルキ」のことが大好きだった。ハルキはとにかく……カッコよかった! アイドル活動に興味がないように見えるが、実はカゲで努力をしたりして、アイドル活動に一番ひたむきなのだ。そんなハルキは途中スランプになってしまうが、主人公の支えにより復活し、彼女への恋心に気が付いて、最後には彼女に気持ちを告白するのだ。私はそこが好きで好きでたまらなくて、何度も何度も読み返していた。

 ……だけど、「きら☆キラメルリア」はなぜか、あまり皆に知られていなかった。友達に熱く語っても「知らな〜い」と話をバッサリ切られ、ネットで探しても、あまりグッズも見つからないし、ファンアートなんかも少なかった。

 それで、私はどうしたと思う? ――ないなら、作っちゃばいいじゃん! と自ら立ち上がったのだ! 幸いにも、私は絵を描くのが好きだった。合間を見つけては、ハルキの絵を描いていた。そうして、オリジナルのファンアートやグッズをつくっているうちに、私はハルキのことがどんどん好きになっていった。……おまけに絵もすごく上手くなっていた。

 ――私がハルキを好きなその気持ちは、もう確実に「恋」だった。……だけど同時に、そんなのはちょっと変だって自覚もちゃんとしていた。

 だから、私は、そんな誰にも言えない秘密の恋を胸に隠しながら、毎日の学校生活を送っている。


    *


 学校に行くと、朝のHRホームルームで担任の先生が、知らない男のコを連れてやってきた。

「おはよう、皆。 今日は転校生を紹介するぞ」

「……宮原みやはら 晃輝こうきです。 よろしく」

 転校生の彼は地味なメガネの男のコだった。

 彼は簡単に挨拶あいさつをすると、すぐに空いていた一番後ろの席に座った。そして、まるで空気か何かになろうとしているみたいに、そっと静かに授業を受けていた。……あまり人と関わり合いたくないらしい。


 私も地味だから彼と関わることはないと思っていたが、その日の放課後、帰ろうとした時に突然、彼に後ろから声を掛けられた。

「お、『キラメル』じゃん」

 ……えっ? 驚いて振り向くと、彼は、私のカバンに下げてある、私が頑張ってつくりあげたハルキのキーホルダーを、じっと見つめながらいじくっていた。

「しかも『ハル』だ、アガる。 これ……見たことないけど、自分でつくったの?」

 ただでさえ、「きら☆キラメルリア」は知られてないのに、それどころか、彼はハルキに反応していた。それに驚きを隠せないまま、私はおずおずと「う、うん」とうなずいた。

 彼は「へぇ〜」とつぶやくと、にやりと笑ってみせた。その笑った顔が意外とカッコよく、その日見た彼の印象とずいぶんと違っていて、私は思わずドキッとする。

「絵、上手いじゃん。 マンガとか色々描いてみたらいいかもよ? ハル描くのだけじゃ、もったいない」

 ……しかもなぜか、私が描いた絵をすごくほめてくれた。確かに、絵を描くのは大好きだし楽しかったから、もっと色々挑戦してみたいと思ってたけど……。なんで、私はあんまり知らない彼に背中を押されているのだろう?

「えっと……あ、ありがとう。 ね、ねぇ。 ハルキ、好き、なの?」

 それより、今は彼が「きら☆キラメルリア」とハルキを好きなのかどうかが気になって仕方なかった。また、彼はニヤリと笑って、「うん」とうなずいた。

「キラメル、ねーちゃんが読んでるの借りたら、すごく面白くてハマったんだ。 ――ハルはオレの原点。 ハルがいなかったら、今のオレはいない」

 えっ……それって、どういう――?

 私がそう聞くよりも早く、彼はスマホをちらりと見て、「……時間か」とつぶやいて、辺りを見回した。もう皆帰ってしまって、誰もいない。

 最後にちらりと私を見て、少し悩んだ後、「まぁ……いいか」とつぶやいて、メガネを取る。――その瞬間、今まで見たことないくらいのイケメンが目の前に現れる。

 ……えぇ!? どういうコト!? 私が驚いて固まっている間に、彼は慣れた手つきで、ボサボサだった髪の毛を軽くセットしていく。「よし」という彼の声が聞こえたかと思うと、まるでアイドルのように――別人になった彼が立っていた。

 アイドル……。そうだ! ――まさしく、そこには、最近、流星のごとく現れたアイドルグループの一人であるコウキが立っていたのだ! つまり、彼は……――。

「……気付いた? ――そう、オレはコウキ。 ねーちゃんがオレをアイドルにしたけど、全然興味なくて。 ……でも、キラメルに出逢であってから、ハルみたいになりたいって思って、オレは今真剣に、アイドルに向き合ってるんだ。 ――じゃあ、行ってくるよ」

 それだけ言い残して、彼は颯爽さっそうと走り去っていく。

 取り残された私は興奮しっぱなしで、その場に立ち尽くしていた。

 ……ていうか、コレって、「きら☆キラメルリア」みたいじゃない――!?


    *


 それからというものの、私と彼こと宮原くんの、奇妙な学校生活が始まった。

 宮原くん=コウキという秘密を偶然にも知ってしまった私は当然、彼の秘密を守ることに決めた。

 私が皆に秘密をバラしていないのを知ったからか、宮原くんは昼休みや放課後の空いた時間に、私に話し掛けてくるようになった。

 ちょっと……変わってはいるが、少しハルキに似ているそんな宮原くんと、私は仲良くしてみることにした。

 ――こうして、ふたりのハルキ推し活動(?)が始まったのだった。


 (私には負けるけど)宮原くんは本当にハルキのことが好きみたいだった。

 あの日話していたように、お姉さんが勝手に応募したオーディションに合格したことをきっかけに、宮原くんはアイドルをするようになったそうだ。最初は本当に興味がなかったけれど、お姉さんから借りた「きら☆キラメルリア」をきっかけに、アイドル活動というものに向き合うことにしたのだという。

 宮原くんはハルキのように、カゲで努力を始めた。歌に、ダンスに、演技……。練習を重ねていくと、それぞれ、少しずつ上達していったのだという。その感覚が面白くなって、宮原くんは毎日、努力を重ねていくことにしたそうだ。

 努力の甲斐あって、コウキの人気は少しずつ上昇中。だけど、宮原くんはなぜだか、「物足りなさ」を感じているのだそう。

 だけど、いつか、ハルキのようにしていれば、その「物足りなさ」を埋められる日がくるかもしれない。そう思って、宮原くんはハルキみたいになりたいと願いながら、アイドル活動に向き合っているかのだという。

 それと同時に、宮原くんはハルキのことが大好きになったのだそうだ。


 私と宮原くんとで、ハルキについて熱く語っていると、彼は時々、私の絵をしきりに見たいと言って聞かなかった。

 ……だけど、私はイヤだった。――ハルキが推しだということは宮原くんに話していたが、恋していることだけは彼に言っていなかったからだ。

 もしかしたら……宮原くんなら、私の絵を見ただけで、私がハルキを「好き」なことが分かってしまうかもしれないと、そう強く感じて仕方なかった。なぜかは分からないけど、宮原くんにだけは、ハルキが本気で「好き」だという気持ちを知られたくなかったのだった。

「――じゃあ、今、ハルの絵を一枚描いて」

 断り続けていると、ある日、宮原くんは私の目の前に、紙を一枚バンと置いて、不機嫌そうにそう言った。

 私は紙と宮原くんとを何度もチラチラ見たが、宮原くんは一歩も引かない様子で、どう頑張っても断れそうになかった。

 仕方なく、私は一枚、ハルキの絵を描くことにした。いざ、シャーペンを手にしてみたが、なぜだか描けそうもない。どうしようか迷って、ハルキの絵を見て喜ぶ宮原くんを想像しながら、描いてみることにした。……うん、それなら描けそうだ。

 そうしているうちに、だんだん調子がノって来た。楽しくなって、私はあっという間に、ハルキの絵を描き上げた。

 完成した絵を見て、宮原くんは満面の笑みをこぼしてくれた。……やった! 私も嬉しくなって、釣られるようにして、笑った。

「藤堂ってさ、絵を描いてる時、すごくキラキラしてるんだな」

 ハルキの絵と私を見比べながら、宮原くんがそんなことを口にする。

「……やっぱり、ハルだけじゃもったいないよ。 絶対、色々描いてみた方がいい」

 私はうなずきながら、ふと思う。それなら……。「物足りない」って宮原くんは言ったけど、私は――。

「――ねぇ。 私も、アイドルをしている時の宮原くん好きだよ。 何だかキラキラしてて、見ていたら頑張ろうって思えるの」

 ……実は、宮原くんと仲良くなり始めた時から、TVテレビで彼の活躍を見るようにしていた。宮原くんは歌もダンスも演技も本当に上手い。初めはハルキみたいだなって思っていたけど、今は少し違う。宮原くんはすごく努力しているのが見ていて分かったし、何より……きっと才能がある。そんな彼を見ていて、私は最近、何か自分ができることを見つけて頑張ろうって、そんな風に考えるようになっていたのだ。

 私の言葉を聞いて、宮原くんは照れくさそうに、顔を赤らめていた。ごまかすように、スマホを見て、「あ、し……仕事だ」と口にすると、いつものように「準備」をして、早足で駆けていく。

 少し私から離れて、「あ、そうだ」と思い出したかのように、話を切り出す。

「今日、音楽番組の生放送なんだよ。 藤堂、お前にも聴いてほしいから、絶対見てくれ」

「うん、約束!」

 私がすぐに返事をしてみせると、宮原くんは嬉しそうに笑った。私も微笑みながら、「行ってらっしゃい!」と手を思いっきり振った。

 それを見て、宮原くんはどこか嬉しそうにしながら、走り去っていった。

 ――その日の夜。何だか、宮原くんはいつもと少し違った。いつもより歌やダンスが上手くて……。――いつもよりキラキラしていて。私はそんな宮原くんに心奪われながら、最後まで彼の姿を目で追っていた。


    *


 その次の日。

 私は早く、宮原くんに昨日の感想を言いたかったのに、恥ずかしがっているのか、宮原くんは昼休みになっても私のところへ来てくれなかった。


 ――宮原くんがやって来たのは放課後になってからだった。

 ……なぜか、宮原くんはもう「準備」を済ませていて、人気のないところで私の手をつかんで、笑ってみせた。

「ヒナ! 今日はちょっと付き合ってくれ!」

 そう言うなり、私の手を握ったまま、いつものように走り出す。私は返事をする暇もなく、彼に着いて走っていく。ていうか、今……?

 宮原くんは上手く人目を避けて、学校の外に出ると、隠れるようにして止まっていた車に私を連れたまま慣れた様子で乗り込んだ。

「コウキ、おはよう。 あら……?」

「大事な友達! いいから行って!」

 車を運転していた、マネージャーらしき女性が不思議そうにしていたが、宮原くんが押し切るようにしてそう言った。

 車は私と宮原くんのふたりを乗せたまま、どこかへと向かうのだった。


 たどり着いたのはどこかの野外ステージだった。

 宮原くんは早わざで着替えと化粧を済ませると、私をステージ脇まで連れていった。そして、出番まで時間があるのを確認すると、唐突に、私に話し掛けた。

「ヒナ。 昨日、どうだった?」

「いつもよりキラキラしてて、すごく良かったよ」

 ……あ、まただ。いつもは名字で呼ぶのに、ヒナって呼んでる。そういう意味でも私は戸惑とまどいながら、すぐにそう答える。

「――あれさ、ヒナのこと考えながら、全部やったんだよ。 ハルのこと考えてる時よりずっと楽しかった。 ヒナが見てくれてるって思ったら、もっとアイドル頑張らなきゃって思ったんだ。 だから……」

 キラキラとした笑顔で、宮原くんはそう嬉しそうに言った。そして――。

「――だから、ヒナ。 オレのそばにいてくれないか? 何かさ、ヒナと一緒にいると、すごくあったかい気持ちになるんだ。 まだ、それが何か分からないけど……。 ヒナとずっと一緒にいたいっておもうんだよ」

 宮原くんは私の手を強く握りしめた。

 彼の手の温もりを感じながら、私はいつか見た夢のことを思い出す。……「あの時」は気持ちをちゃんと伝えられなかったけど、今は違う。私は笑いながら、宮原くんに自分の気持ちを伝えた。

「……うん。 私も宮原――晃輝くんのそばにずっといたい。 晃輝くんみたいに、キラキラできることを自分で見つけて、真剣に向き合って頑張りたいって思うの。 ……それに、私も同じ気持ちだよ、晃輝くん」

 宮原くん――晃輝くんのそばにいると、私も彼と同じように、すごくあったかい気持ちになれた。ひょっとすると、それは……「恋」なのかもしれなかったが、まだそうだと言い切れる自信はなかった。

 私の答えを聞いて、晃輝くんは満足そうにうなずいた。そして、私をステージすぐ近くまで連れていくと、振り向いて笑顔で言った。

「――じゃあ、行ってくる」「行ってらっしゃい」

 そして、彼は無数の光の中へと去っていった。


 いつか、私も彼のように輝きたい。

 そうおもいながら、私は彼が消えていった「光」をしばらく見つめていたのだった。

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