誰にも奪えぬこの想い
蒼河颯人
あなたに伝えたいことがある。
――あなたに伝えたいことがある。
他の誰でもない、あなただけに聴いて欲しい――
あなたが私の前から姿を消して、
一体どれ位の月日が経ったのだろうか。
嬉しいこと、
楽しいこと、
腹ただしいこと、
悲しいこと、
色々なことが沢山やってきては去って行く。
川の流れのように、ゆるやかに。
記憶は遠く彼方へと去ってゆく。
私一人を置き去りにして。
あなたの顔も声もぼやけてもう曖昧。
どんなものだったのかさえ最早思い出せなくなってしまった。
決して無くならない様に。
互いを失わなくてすむ様に。
心身問わず焼鏝みたいに。
流れる紅い血をも蒸発させる程。
あんなにも互いに深く真摯に焼き付けた筈だったのに。
溶けて溶けて、溶け合って。
燃えて燃えて、燃え尽きて。
共に一掴みの灰となってしまえたらと思い続けたあの日々。
永遠と思われたあの限りある世界。
あの時間は一体なんだったのだろうか。
あれは現実だったのだろうか。
あれは夢ではなかったのだろうか。
あなたは一体どれ位私の腕の中に居たのだろうか。
自分は一体どれ位あなたの胸の中に抱かれていたのだろうか。
もう、分からない……。
沢山喪ってしまった。
自分がどれだけ喪ったか忘れる位。
あなたは私のもとにはもういないのに。
どうして自分だけがこうして未だに息をしているのか分からない。
それでも……私の中で光と温もりが残っている。
静かに息を止めていないと感じられない位だが。
僅かにだが、確かにあるのだ。
ふと仰のけば、満天に広がる無数の煌めき。
今にも落ちてきそうな瞬き。
それ以外は真っ暗な大空。
人気の無い中で満ち引きを繰り返す波の音。
今日の波は心持ち荒れている。
湿気を含み少し肌寒い潮風の匂い。
砂浜のざらざらした感触。
薄桃色の螺旋を巻き付けた小さな貝殻の破片。
粉々になって靴越しに伝わってくるその痛み。
銀縁眼鏡越しに顔へと浴びた真白な飛沫は、
目に染みて、
冷たくて、
とても塩辛かった。
潮風が無精髭の生えた顔を、
優しくそっと撫でてゆく。
懐かしくて狂おしくて尽きない愛慕の情。
一見すっかり無くしてしまった様でも、
やっぱり……喪えないものがある。
否、無くしてしまったからこそ、尚更募るものなのかもしれない。
この心も、
手も足も頭も、
身体も、
精神も、
今現在ここに私が在るのも。
総てはあなたが存在していたから有り得ることなのだ。
あなたの姿が消えて、
たった一つの眩い光へとなった。
こんな姿になってしまっても、
まだこの心の中では綺麗なままで消えてはいないのだと。
出来たらじかに伝えたい。
あの日、
大空の向こうへと行ってしまったあなたに。
「あなたを愛している。この気持ちは永遠に変わらない」
と……。
誰にも奪えぬこの想い 蒼河颯人 @hayato_sm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます