3.それが、コミュニケーション


「えっ?」

 ぼくはあわてて振り向く。三角座りの阿部さんは、ひざにあごを乗せて遠くを見ている。

「わたしもな、自分のことアホやなって思とるよ。冗談じょうだんやウソや言うてばっか、ひとを笑わすんしか頭にない人間やなって」

 そんなことないよ、とかばうことはできなかった。阿部さんが大きくため息をつく。

「さっきの古墳こふんの話かて、全部ウソっぱちや。おじいちゃんはわたしが生まれる前に亡くなっとるし、こっから黄泉よみの国なんていけるわけない。加藤くんも気づいとったんやろ?」

 ぼくはドキリとした。でも、こちらを見てくる阿部さんは笑みすらなく、とても言いつくろえそうにない。

 ぼくは正直に首を縦に動かした。

「想像だけど、丸いところに昔の王さまが眠っていて、お葬式そうしきとかの儀式ぎしきをする四角いところがどんどん大きくなっていった結果、カギ穴みたいになったんじゃないかな」

「うん、それが一番ありそうやな」

 阿部さんもうなずく。ポニーテールの先が、風に少しなびく。

「それじゃ」とぼく。「どうして、あんなウソの話をしたの? あ、もちろんおこってるわけじゃないんだけど」

「わかっとるって」

 阿部さんが、また遠くに目を向ける。

「わたしな、加藤くんにちゃんと笑てほしいねん。気ぃ使て話し合わせようとしたり、笑うの我慢したり、そんなんせんでええんよ。ウソつきやて笑てくれてええねんで」

「そんな、阿部さんのこと笑ったりなんて、ぼくには……」

「加藤くん優しいもんな、そういうの慣れてへんねやろ。それに、そういうんが、東京でのコミュニケーションなんやろなぁ」

 阿部さんが「そんなん味気ないわ」と、首を横に振る。

「笑わせんのも笑われんのも好きなんが、大阪のコミュニケーション、いや、わたしのコミュニケーションやねん」

 その言い方は、ぼくの中で不思議ふしぎとしっくりくるものだった。

 環境が変わる、なんてむずかしい言い方を親や先生がしていたけれど、それってたぶん、人との接し方にも違いがあるってことなんだ。

「気ぃ使わんでええんよ、加藤くん。笑いたいときは思いっきり笑うてや」

 阿部さんがまた、こちらに顔を向ける。目も口も笑っているのに、どこか悲しそうだ。

 もしかしたら、ぼくが気づいてないところで、阿部さんはずっとこんな表情をしていたのかもしれない。なかなかわかってもらえない、そんな心細こころぼそさを表した顔を。

 ぼくはまっすぐ、うなずいた。

「ごめんね、いつも気づかってもらって」

 彼女らしいちょっと強引ごういんな優しさに感謝を伝えたつもりだったけど、阿部さんは意外だったようで、またぱちぱちとまばたきをした。

「え? わたしは別に気ぃ使てへんで」

「でも、ぼくがクラスとかで一人にならないように、声をかけてくれてたんだよね?」

「そんなことまで思てへんかったよ。ただ、加藤くんて、今までわたしの周りにおったタイプとちゃうかったから、なんていうか、気になってまうだけで……」

 徐々じょじょに声が小さくなっていく阿部さん。顔が、なぜだかみるみる赤くなっていく。

「ど、どうしたの?」

「べ、別にどないもあらへん。あらへんねけど……、あぁ、もうなんかはずかしわっ!」

 急に大声を上げた阿部さんが、両手をバンザイして後ろに倒れる。

 とたん、「痛っ」と両手を引き戻した。

「大丈夫?」

「うん、いけるけど、なんか硬いもんが手に当たってな」

 阿部さんがくるりと振り返って、草の合間から何かを拾い上げる。そして、それを手のひらにのせて、ぼくのほうに見せてきた。

「……カギ、だね」

 ぼくはつぶやく。細身の金属と小さなプラスチックの部分、そこから伸びるデフォルメキャラのキーチェーン。見るからに、阿部さんの自転車のカギだった。

 ふと、何か来るなと感じた。

 あんじょう、阿部さんがえくぼができるくらい、くちびるを左右に開いてみせる。

「見てみ、古墳からカギが出てきたで」

 ぼくは真っ先に浮かんだ言葉を口にした。

「それを言うなら、ひょうたんからこまだよ」

 阿部さんがおなかを抱えて笑い出した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古墳にカギ穴 山下東海 @TohmiYA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ