2.古墳に登る




 住宅地を抜け、大通りを横切る。その間もずっと、こんもりとした古墳こふんが見えていた。

誉田山古墳こんだやまこふんや、古市ふるいちで一番大きい古墳やで」

 前を行く阿部あべさんの言うとおり、近づくほど、その姿は山のように巨大になっていく。

「こんな大きなトビラが開いたら、大阪おおさかくらいはひとたまりもないやろなぁ」

 阿部さんの言葉に、ぼくはどう返せばいいのか分からない。「そうかもね」と口に出すのがやっとだ。

 その誉田山古墳の先で左に曲がり、高速道路の下をくぐる。目の前に、また一つ古墳が現れる。木々はまばらで、やわらかな草が一面をおおっている。

 その古墳を囲むさくの手前で、阿部さんは自転車から降りて、デフォルメキャラのキーチェーンがついたカギを引き抜く。

「ここで確かめようや」

「ここは?」とぼくは聞き返す。

「ここは古室山古墳こむろやまこふんって言うてな、文字通り、古市古墳群ふるいちこふんぐんで一・二に古い古墳なんや。ところで、今わたしは何回古いって言うたやろ?」

「え、えっと、三・四回くらい?」

「残念、七回や」

「数えてたの? すごいね」

 ぼくが感心して言うと、阿部さんは「そんなことあれへん」とかたをすくめる。それからさくを乗り越えて草地へと入っていった。

「ここ入って良いの? バチが当たるよ」

「なに言うてんねん、そうせんとトビラがどうなってるか分からへんやろ」

 そう言うとすぐに、阿部さんは古墳へとかけ出していく。しかたない、ぼくも自転車にカギをかけ、「おじゃまします」と小声で言ってからさくの内側に入った。

 近くの看板によると、目の前が後円部こうえんぶ、いわばカギ穴の丸いほうになるそうだ。

 古墳を登る坂はけっこう急なのに、阿部さんの足取りは一歩一歩力強い。ぼくは地面に手をつき、時々草に足をすべらせながら登る。

 ここはお墓なのだと考えると、少し気味が悪い。実際、木のかげはちょっと薄暗い。マスクをしたままで息が苦しく、Tシャツの下もだんだんあせばんでくる。

 勉強しに来たつもりなのに、なんでこんな冒険みたいなことをしてるんだろう?

「おーい、がんばってやー、かとーくん!」

 上の方から阿部さんの声がした。応援してくれているのはうれしいけれど、それ返事する余裕よゆうはない。胸も苦しくなってきた。

 ただ、少しだけ頑張って足を動かそうという気になれた。一つ深呼吸をして、地面から手をはなす。

 そして息を止めて、右足左足とずんずん突き進んでいく。視線はまっすぐに上へ、手を振る阿部さんを目指して足を出す。

 頂上に近づくと、阿部さんも手が差し伸べてくれた。いっしょになって、てっぺんの平らなところに登りつめる。すると――

「……うわぁ」

 正面の景色に、しんどいのも忘れて、ため息をついた。

 すみわたった青空の下に、大阪平野おおさかへいやがただひたすらに広がっている。高速道路が左手から斜めに遠くへと伸び、家々の屋根がどこまでも続いていく。

「すごいやろ」と阿部さん。「実はわたしのお気に入りやねん、こっからの景色」

 確かに、この景色を知っていたら、自慢じまんしたくなるのも分かる気がした。

 それから、ぼくたちは古墳の上に何か変なものはないかと探りはじめた。二手に分かれて、地面をよくよく観察する。

 でも、草と土と、いくつか切り株が残っているだけ。奇妙な穴やカギみたいな金属は、どこにもなかった。

「なんや、無事やったみたいやな」

「戸じまり、ちゃんとできてたみたいだね」

 ぼくたちはそれを確認し合う。これで安心して帰れるけれど、すぐに古墳から下りるのはもったいない気がした。どちらからともなく、草の上に腰を下ろした。

「ねぇ、あの高いビルって?」

 ぼくはほぼ正面に見える四角い影を指さす。

「あぁ、ハルカスやね。日本で一番高かったビルや」

「なるほど。……高かった?」

「そうや、東京のもんがあれより高いのを、二つも作りよってん」

「あはは、それはごめんなさい」

「ほんまやで。持ち主としては悔しいもんや」

「えっ? あれって阿部さんのなの?」

「そうやで。『のハルカス』やもん」

「……あ、本当だね」

 ぼくがそう返すと、阿部さんはまた数度まばたきをした。それから一つ息をはき出す。

「外やし、マスクはずしてええかな?」

 ぼくが首を縦に振ると、阿部さんはゆっくりとピンク色のマスクを取った。

 その仕草しぐさから、ぼくは目がはなせなかった。

 阿部さんの大きくてぱっちりとした目元は知っていたけれど、小ぶりな鼻やえくぼがふちどる口まわりは知らなかった。

 阿部さんのほおはしゅに染まっていて、なぜだろう、またドキドキしてきた。

「加藤くんもマスク取りぃや。息が楽やで」

 ぼくのほうにチラリと目を向けてくる阿部さん。ぼくはとっさに目線をそらしつつ、ぎこちない手でマスクを外す。ぼくの顔を、阿部さんはどんな目をして見ているんだろう。

 マスクを取ると、確かに息がしやすくなった。新緑しんりょくのにおいも直接伝わってくる。

 そのとき、阿部さんが「加藤くんって」と口を開いた。

「わたしのこと、アホな子やて思てるやろ?」





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