古墳にカギ穴
山下東海
1.図書館にて
「クラスの友だちの家で、宿題してくるよ」
「そう、気をつけて。行ってらっしゃい」
お母さんはまゆをハの字にして、少しさびしそうな顔だった。ぼくのウソに、気づいたのかもしれない。
実際にぼくが自転車に乗って向かったのは、近くの図書館だった。
東京から大阪の
だから、図書館のすみっこのつくえで、ひとりで勉強したり本を読んだりするのが、休日の過ごし方になっていた。
ゴールデンウィークがはじまる今日も、そのつもりだったのだけれど――
入り口のドアを通った先で、見
その声が聞こえたのか、彼女がくるりと
「あれ?
ピンク色のマスクの上で、彼女は何度かまばたきをする。大きな
対してぼくは、少しどぎまぎ。
「こ、こんにちは、
なんとかあいさつをすると、阿部さんは安心するみたいに目を細めた。
「良かった、名前おぼえてもろとって」
「へ?」
ぼくの声は
「だって、阿部さんはクラス委員だし、それにいつでも、声かけてくれてるから」
「そやなぁ。四月に一番にあいさつしにいったんも、わたしやったもんな」
阿部さんは
「他にも、こないだの遠足もおんなじ
「えっと……」
ぼくの家族は今のところ無事なんだけど。それに、実際かかったらだれにも会えなくなると思う。
でも、それを
とりあえず、ぼくはマスクの下で苦笑いをしながら言う。
「本当にそうなったら、お願いするね」
「もちろん、任しとき」と阿部さんは胸を張る。「加藤くんち、どこなんか知らんけど」
そうかもしれない。一人くらい連れて行った方が、お母さんは安心するだろうか。
肩にかけたトートバッグをかつぎ直す。筆箱のペンがゆれる音がした。
「せや」と、阿部さんが手を
「ええ機会やし、加藤くんち教えてぇや」
「え? ぼくの家?」
声がまた裏返る。阿部さんが
「やって、加藤くんちって今んとこだれも知らんやろ? いざ休んだときにプリントも持ってけやんし。ほら、えぇ具合に、そこに航空写真もあるしな」
阿部さんが近くの壁にかかった大きな航空写真に歩み寄っていく。仕方なく、ぼくもその後に続いた。
写真は、ここ藤井寺周辺のようすを写したもの。阿部さんがその中央の建物を指さす。
「ここが図書館やな。それで加藤くんちは?」
「う、うん。この緑色の屋根のマンション」
ぼくは少し左寄りにある建物のところに指を立てた。二人の指の間には、大きなカギ穴型の森が写っている。
「へぇ、こっからやと、ちょうど
ぼくはうなずく。古墳、つまり昔の大きなお墓が、マンションと図書館の間に存在するのだ。
「まっすぐ来れたら楽なんだけど、古墳があるからいつも回り道になるんだ」
「しゃぁないて、なんせ
阿部さんがあちこち指さすとおり、家々の間にカギ穴型の緑がいっぱい。岡ミサンザイ古墳よりも大きな古墳もあるし、小学校の前にも小さな古墳がある。
「……そう言や、加藤くん」
阿部さんがぼくのほうにぐいっと顔を近づけてきた。
「なんで古墳がカギ穴の形しとんのか、知っとる?」
「え?」
「実はな」と阿部さんは声をひそめた。「古墳って、実はほんまにカギ穴なんよ。そこに正しいカギを差し込んだら、トビラが開いて
ぼくは阿部さんの顔を見る。阿部さんもぼくの目をジッと見返している。
「おじいちゃんに聞いてん。おじいちゃんな、一回だけそのカギを見つけて、戦争で死んだ自分のお父さんに会いに行ったらしいわ」
「……そ、そうなんだ」
「やけどな、こんな話もあるねん。いつの時代にか、悪い
……ぼくは、すぐに言葉を返せなかった。
それは、これまで聞いてきた阿部さんの話の中でも、とびっきり不思議な話だった。正直なところ、少し阿部さんが変になってしまったんじゃないかと、心配してしまった。
でも、阿部さんがまゆの間にしわを寄せてこちらを見つめてくる。
ぼくはようやく、言葉を返した。
「……なんだか、
「ほんまや、似てるかもしれへん」
阿部さんがやっと少し目元をゆるめた。
「もしかしたらこのコロナも、悪い英雄が少しだけトビラを開けたせいかもしれへんで。幸い、世界が滅ぼされるところまではいかんかったけど」
「ほ、本当だね」とぼく。「もう、ちゃんと戸じまりできてるのかな?」
「ほんならさ」と阿部さん。「トビラがちゃんとしまってるんか、確かめに行こうや」
「え、今から?」
「今から!」
阿部さんがぼくのうでを握って、そのまま入り口へとかけ出す。逃げるに逃げられず、ぼくは図書館から出てしまった。
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