古墳にカギ穴

山下東海

1.図書館にて



「クラスの友だちの家で、宿題してくるよ」

「そう、気をつけて。行ってらっしゃい」

 お母さんはまゆをハの字にして、少しさびしそうな顔だった。ぼくのウソに、気づいたのかもしれない。

 実際にぼくが自転車に乗って向かったのは、近くの図書館だった。

 東京から大阪の藤井寺ふじいでらというところに引っこしてきて、早くも一月。いっしょに遊ぶような友だちは、ぼくにはまだいない。

 だから、図書館のすみっこのつくえで、ひとりで勉強したり本を読んだりするのが、休日の過ごし方になっていた。

 ゴールデンウィークがはじまる今日も、そのつもりだったのだけれど――

 入り口のドアを通った先で、見れた姿を見つけた。ぼくは思わず「ひょうたんからこまだ」とつぶやいてしまった。

 その声が聞こえたのか、彼女がくるりとり向く。髪色かみいろのうすいポニーテールがなびく。

「あれ? 加藤かとうくんやん」

 ピンク色のマスクの上で、彼女は何度かまばたきをする。大きなひとみをぱちぱち。

 対してぼくは、少しどぎまぎ。

「こ、こんにちは、阿部あべさん」

 なんとかあいさつをすると、阿部さんは安心するみたいに目を細めた。

「良かった、名前おぼえてもろとって」

「へ?」

 ぼくの声は裏返うらがえる。クラス全員の名前までは思い出せないとはいえ、阿部さんだけは良くも悪くも一番におぼえられたんだけど。

「だって、阿部さんはクラス委員だし、それにいつでも、声かけてくれてるから」

「そやなぁ。四月に一番にあいさつしにいったんも、わたしやったもんな」

 阿部さんは腕組うでぐみしてうなずいている。

「他にも、こないだの遠足もおんなじはんで回ったし、加藤くんがコロナでこんだときも見舞みまいにまで行ったったもんなぁ」

「えっと……」

 ぼくの家族は今のところ無事なんだけど。それに、実際かかったらだれにも会えなくなると思う。

 でも、それを指摘してきしたところで、阿部さんは自由に話をふくらませていくだろう。何かと気にかけてくれるのはありがたいのだけど、彼女の話には時々ついて行けなくなる。

 とりあえず、ぼくはマスクの下で苦笑いをしながら言う。

「本当にそうなったら、お願いするね」

「もちろん、任しとき」と阿部さんは胸を張る。「加藤くんち、どこなんか知らんけど」

 そうかもしれない。一人くらい連れて行った方が、お母さんは安心するだろうか。

 肩にかけたトートバッグをかつぎ直す。筆箱のペンがゆれる音がした。

「せや」と、阿部さんが手をたたく。ロビーにひびく音に、ちょっとびっくりしてしまった。

「ええ機会やし、加藤くんち教えてぇや」

「え? ぼくの家?」

 声がまた裏返る。阿部さんがこしに手を当てて、ぼくを逃がさないと言うように見つめる。

「やって、加藤くんちって今んとこだれも知らんやろ? いざ休んだときにプリントも持ってけやんし。ほら、えぇ具合に、そこに航空写真もあるしな」

 阿部さんが近くの壁にかかった大きな航空写真に歩み寄っていく。仕方なく、ぼくもその後に続いた。

 写真は、ここ藤井寺周辺のようすを写したもの。阿部さんがその中央の建物を指さす。

「ここが図書館やな。それで加藤くんちは?」

「う、うん。この緑色の屋根のマンション」

 ぼくは少し左寄りにある建物のところに指を立てた。二人の指の間には、大きなカギ穴型の森が写っている。

「へぇ、こっからやと、ちょうどおかミサンザイ古墳こふんの反対側なんやな」

 ぼくはうなずく。古墳、つまり昔の大きなお墓が、マンションと図書館の間に存在するのだ。

「まっすぐ来れたら楽なんだけど、古墳があるからいつも回り道になるんだ」

「しゃぁないて、なんせ世界遺産せかいいさん古市古墳群ふるいちこふんぐん』やもん。藤井寺からおとなりの羽曳野はびきのまで古墳だらけや。ほら、ここにもそこにも」

 阿部さんがあちこち指さすとおり、家々の間にカギ穴型の緑がいっぱい。岡ミサンザイ古墳よりも大きな古墳もあるし、小学校の前にも小さな古墳がある。

「……そう言や、加藤くん」

 阿部さんがぼくのほうにぐいっと顔を近づけてきた。

「なんで古墳がカギ穴の形しとんのか、知っとる?」

「え?」

 突然とつぜんの問いかけにぼくは言葉に詰まる。

「実はな」と阿部さんは声をひそめた。「古墳って、実はほんまにカギ穴なんよ。そこに正しいカギを差し込んだら、トビラが開いて黄泉よみの国に行けるんやって」

 ぼくは阿部さんの顔を見る。阿部さんもぼくの目をジッと見返している。

「おじいちゃんに聞いてん。おじいちゃんな、一回だけそのカギを見つけて、戦争で死んだ自分のお父さんに会いに行ったらしいわ」

「……そ、そうなんだ」

「やけどな、こんな話もあるねん。いつの時代にか、悪い英雄えいゆうがカギを全部開けてしまうんやって。そしたら、死んだ人がみんなよみがえって、この世界をほろぼしてしまうねん」

 ……ぼくは、すぐに言葉を返せなかった。

 それは、これまで聞いてきた阿部さんの話の中でも、とびっきり不思議な話だった。正直なところ、少し阿部さんが変になってしまったんじゃないかと、心配してしまった。

 でも、阿部さんがまゆの間にしわを寄せてこちらを見つめてくる。真面目まじめな話なのかも知れない。

 ぼくはようやく、言葉を返した。

「……なんだか、南米なんべいの神話に似ているね。赤い顔の神様が国を滅ぼしにくるという神話があって、実際その通りにヨーロッパ人に滅ぼされた文明があるって、本で読んだよ」

「ほんまや、似てるかもしれへん」

 阿部さんがやっと少し目元をゆるめた。

「もしかしたらこのコロナも、悪い英雄が少しだけトビラを開けたせいかもしれへんで。幸い、世界が滅ぼされるところまではいかんかったけど」

「ほ、本当だね」とぼく。「もう、ちゃんと戸じまりできてるのかな?」

「ほんならさ」と阿部さん。「トビラがちゃんとしまってるんか、確かめに行こうや」

「え、今から?」

「今から!」

 阿部さんがぼくのうでを握って、そのまま入り口へとかけ出す。逃げるに逃げられず、ぼくは図書館から出てしまった。





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