とにかく臨場感がスゴイ。夏休みで人気がなくいつもと違う校舎。何時の間にか自分より背が高くなった幼馴染。虫干しされて出番を待つ浴衣。夏祭りの開催が迫り、どこか落ち着かない揺れ動く乙女心。まるで現実をそのまま抜き取ったかのような作中のリアルな空気はその光景が目に浮かぶようです。圧倒的リアリティは一見の価値あり。
丁寧に丁寧に、日本人の郷愁に訴えかける描写を積み重ねていくことによって、大人なら誰もが懐かしさを覚えずにはいられない「思い出空間」をこの作品は巧みに作り出しています。浴衣を着て、屋台を巡り歩き、花火を見る。たったそれだけの行為が、日本人にとってどれだけ特別で崇高な時間であったことか! 伝統と風習の素晴らしさをこの作品は余すところなく教えてくれました。
そしてこの作品は雰囲気のみならず設定や構成も俊逸でした。
夏祭りという特別な空間で、いつも一緒の幼馴染は私を見てくれるだろうか?
自分より大人っぽい姉に目を惹かれるのではないだろうか?
徐々に膨れ上がる主人公の不安は、読者の好奇心をかきたて、続きを読みたい、結末を確かめたいという欲求をどこまでも高めてくれるのです。
上手な作家さんは一方的にまくし立てるのではなく、読者との駆け引きを心得ているもの。そうした熟練の技を披露して下さったこの作品こそ入賞に選ばれるべき力作でしょう。