十九話 ■■■(一)

 ■■■は辟易としていた。


「――っ、まだまだぁっ!」


 目の前には泥だらけ、擦り傷だらけの幼い少女。彼女をそんな目に合わせているのは、紛れもなく■■■自身だ。

 少女は諦めることなく立ち上がると、また■■■へと突進してくる。■■■は軽くため息をつきながら、手にした槍の柄で彼女の足を払った。


「わぁっ!?」


 少女は簡単にまた地面へ転がった。肘を擦りむいた様で、彼女の目にじわと涙が溜まる。しかし、少女は即座にかぶりを振ると、グッと涙を拭って再び立ち上がった。


「……はぁ、まだやるおつもりですか?」


 ■■■は呆れ返った顔で問うた。少女が立ち上がるのはもう何度目だったか覚えていない。確かにその根性は認めざるを得ないが、それでも■■■は飽き飽きとしていたのである。


「まだやるよ! だって貴女言ったじゃない、『私を倒したのであれば認めてあげましょう』って!」


 少女は真っ直ぐに■■■の目を見ながら答えた。彼女の瞳には一寸の揺らぎも無い。

 確かに■■■はそう言った。もちろん約束を破るつもりは無いが、この分だと彼女が■■■を打ち倒すことは一日かかっても無理だろう。


「はぁ……確かに言いましたけども……貴女には無理ですよ。もう別の神に手を貸してもらえば如何です?」


 ■■■は手にした槍をくるくると器用に回転させながら、少女には無理だと静かに告げた。


「絶対嫌だ! あたしは貴女に手を貸してもらうって決めたんだからぁっ! はぁっ!」


 そう言いながら少女はまた無謀にも■■■へと猛攻をしてくる。飛んできた弱々しい術を切り裂いて無効化しながら、ついでに振り払いの風圧を起こす。少女の小さな身体は呆気なく吹き飛んだ。


「だから、私と貴女では力の差が違いすぎるんですよ! 何度そう言ったら諦めやがるんですか?」


 ■■■は言葉に苛立ちを滲ませながら再度問うた。確かに彼女の根性は凄い。だからこそ、これ以上傷付けたくないという思いが■■■の中に湧き起こったのだ。

 しかし、■■■の中で一度口にした事柄を曲げるという行為は絶対に許されない物で、■■■には少女を諦めさせるしか方法が無かったのだ。

 力を貸してやりたい、しかし、彼女は自分との約束を果たせそうにない。何とも口惜しい思いが、■■■の中を巡り続けていた。


「ぜっ……たいに、嫌だ……!」


「っ、何なんですか貴女はぁっ!」


 しかし、少女はよろめきながらも立ち上がる。もう彼女の身体は傷だらけだ。このまま続けても、彼女に勝ち目がないことは目に見えている。

 その痛々しい姿に、■■■は唇を噛み締めて葛藤の苛立ちを思い切り吐き出した。彼女をこんな目に合わせたのは紛れもなく自分自身、なのにどうして彼女はこんな自分を仲間に引き入れようとするのであろうか。


「あたし、決めたんだ! 絶対に貴女に手を貸してもらうって!」


「どうしてなんですかっ!? 私の他にも……神は沢山いるでしょう!?」


 少女は堂々と想いを叫ぶ。■■■はどうして諦めてくれないんだと泣きそうになりながら、彼女へ怒鳴り返した。

 自分の様に無茶な条件を課さず、無条件で手を差し出す神も無論沢山いるのだ。だのになんで、彼女は自分を選ぶのだろう。訳が分からなくて、■■■はおかしくなってしまいそうだった。


「だって、貴女だけだったんだもん! あたしが助けてって言った時に、真っ先に反応してくれた神様はっ!」


「――!」


 少女は、また■■■の目を真っ直ぐに見据えて声を張り上げた。■■■はその強い想いの宿った瞳に、身体を穿うがたれた様な気分になって、僅かにたじろいだ。


「――っ! 今ぁぁぁぁあああっ!」


 その隙を少女は見逃さなかった。強い意志を瞳の中に煌めかせ、先程までの様に丸腰で突進をしてくる。


「なっ……しまっ……!」


 ■■■の反応は遅れた。槍を振るう前に少女は■■■の懐へと飛び込み、二人はそのままどしんと後ろへと倒れ込んだ。


「いっ……!?」


「……やった」


 背中に走った痛みに目を白黒をさせる■■■の上で、少女は静かに呟いた。


「やった、やったやった! やったぁぁあ! あたし、貴女をよ! これで約束通り! あたしに手を貸してくれるんだよねっ!?」


 そうして、鳳仙花ほうせんかが弾けるが如く言葉の圧で■■■を追い詰める。無論、そんなもの屁理屈だ。しかし、ことは確かである。


「――ふはっ」


 もう何が何だか分からない。■■■は思わず吹き出した。


「あははははっ! 私を!? ――そうですね、私は倒されました! えぇ、えぇ! 倒されましたともっ! ははは、あははははっ!」


 大の字になりながら、■■■は晴れ渡った空の様な笑い声を上げる。■■■の上の少女は不思議そうだ。

 よく分からない気持ちが■■■の心を埋めつくしていく――嬉しい、これは嬉しいという気持ちだ。きっと、自分は今とても嬉しい。

 屁理屈を捏ねてまで、自分を仲間にしようと躍起になって、そんな少女の願いが目の前で叶った。それがどうして自分の「嬉しい」に繋がるのかは分からなかったが、とにかく■■■は嬉しかったのだ。


「えぇ、えぇ! 良いでしょう! 貴女の為であれば、いくらでも貸しますよこんな力っ!」


「――! ほんとっ!?」


「もちろんですよ! ……ほら、退いて下さい。握手しましょう」


 ■■■は少女を心の底から認めた。認めて、主に相応しいと考えた。最初からそう言えばよかったのだ、「認めさせれば仲間になる」と。

 そして腹の上に乗り続ける少女を退かすと、真っ直ぐと手を差し出して握手を求める。彼女は至極嬉しそうな表情でそれに応じた。


「それじゃあ、これからよろしくお願いしますよ。私は■■■、好きな様に呼んで下さい」


 そう■■■が言えば、少女は――主は目を輝かせて頷いた。彼女との間に、しかと目に見えぬ強固な縁が結ばれた感覚がした。


「分かった! それじゃあ貴女の名前は――」

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