十八話 鬼と虎の連撃
「
紅葉は荒々しい叫び声と共に、手にした
それに、この振り下ろしの攻撃の目的は怪鳥に損傷を与えることではない。地面に落とせさえすればいいのだ。
「んふふぅ、おかえりさん」
そうすれば、下で待ち構えているハクが何とかしてくれるのだ。だから紅葉は、何も考えずにただひたすら足場を作って跳躍し、飛び立とうとする怪鳥を叩き落とすことに専念していた。
「
ハクは落ちてきた怪鳥を、両腕に
『――――!』
怪鳥は苛立った様に、絶叫に近い掠れた鳴き声を上げた。先程から怪鳥の動きが鈍っている。かなり損傷を与えられている様だった。
しかし、その瞬間どこからともなく白く温かささえ感じる光が飛来し、怪鳥の巨体を包み込む。途端に紅葉とハクの連携攻撃で与えたはずの傷は消え去り、怪鳥は再び力強く鳴き声を上げた。
「クソッ、あれをどうにかしねぇとイタチごっこだな……!」
上手く足場の上に着地した紅葉は、元から悪い目付きを更に悪くして吐き捨てる。先程からこの繰り返しだ。追い詰めれば相手は回復して、こちらだけが一方的に消費していく。
『そこはもう、緋月ちゃんと
紅葉の愚痴じみた言葉に、
「あぁ、そろそろハクもヤバそうだしな……! 火刈、水紋の方はどうなってるか分かるか!?」
ビリビリと神気が空気を震わせた。もちろんハクの仕業だ。彼女は相当頭に来ている様で、鬼である紅葉よりも鬼の形相で怪鳥を睨み付けていた。
しかし、そんな彼女の額にも汗が滲んでいる。いくら神と言えど、無限の体力がある訳では無い。ハクに限界が訪れるのもそろそろ近いはずだ。早い所決着をつけなければ、彼女が先に力尽きてしまうかもしれない。
『――駄目、この場の
火刈と水紋は双子だ。その感覚を共有したり、離れた場所から情報を交換したりすることが可能なのだが、今はこの場の
「クソッ、何か方法は……」
『――――?』
不意に、怪鳥は宙に滞空したまま動きを止めた。首を傾げて、どこか遠くの方に視線を向けている。
「……? 何だ……?」
紅葉は困惑して、思わずハクに視線を向けた。てっきり彼女が何かをしたのかと思ったが、そうでは無いらしい。同じく困惑した様なハクの視線とかち合って、紅葉の脳内は更に疑問符で溢れた。
『……触、ルナ……触ルナ……!
瞬間、怪鳥は火が付いた様に喚き散らしながら羽ばたいて、先程まで眺めていた方向へ飛び去って行く。その飛び方は右へ左へと蛇行しており、正常とは言えない飛び方であった。
「――あっち、緋月たちがおる方なんよ!」
足場の下からハクの声が聞こえてきた。その内容に紅葉もハッとする。
そうだ、あちらは緋月たちが走り去って行った方向だ。緋月たちが何かを成し遂げたのだろうか、どう見ても怪鳥は衰弱している様に見えた。
「……って、追わねぇと不味いじゃねぇか! 行くぞ、ハク!」
「――! なんねっ!」
紅葉はパッと足場から飛び降りると、しっかりとした足取りで走り出す。その横顔はいつもと違う大人びた頼りがいのあるもので、ハクは驚いた様な表情になりつつその後を追った。
****
『緋月様、全員解放された様ですわ!』
と、そこへよしよしと百合子を撫でていた緋月の元に、
「ほんと? それじゃあ、みんなをお家に……身体に返してあげなきゃ!」
緋月はそう言いながら百合子の背中をぽんぽんと叩いて、立ち上がる。そのまま泣きじゃくる彼女を水紋に任せ、
「よし、これで……!」
それは、この隠り世に入る前に
緋月は意気揚々と札を掲げ、大きな声で叫んだ。
「いでよーっ! あたしを助ける何か!
そう唱えた途端、いつもの様に札はふわりと浮き上がり、淡く光り出す。何が出るのだろうと緋月はわくわくしながら待っていた。
「……あれ? これって……」
「――どうしたっ!? 安倍……二号の方か!」
札が作り出したのは、空間の裂け目。見覚えのある裂け目をまじまじと見つめていると、唐突にそれはどこかと繋がり、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あれぇっ!? カミナリ先輩!?」
「アズマだァッ! ……って違うだろ! 何か問題か!?」
緋月の素っ頓狂な声に思わず雷は怒鳴り返したが、即座にそんなことをしている場合では無いと首を振り、何事かと緋月に問うた。
「あっ、そうだったっ! 今ね、囚われたみんなの魂を解放したの! えっとそれで、みんなを身体に返してあげたくて……って、あれ? どうやって……?」
緋月は勢い良く雷に説明をしていたが、途中でふとその方法が思い付かず言葉を失速させた。雷は怪訝そうに視線をさ迷わせている。恐らく魂だけの人々の姿が見えていないのだろう。
「おい、この術はあまり長く持たないぞ! 用があるなら手短に――」
『緋月様、魂の先導なら
「――! 水紋ちゃん……分かった!」
焦る雷の声を遮り、水紋が凛とした声で先導者を立候補した。正確には恐らく雷には水紋の声が聞こえていない為、喋り続ける彼の言葉を無視した、が正しいのだが。
「ってことでカミナリ先輩っ! あたしがいいって言うまで開けといて!」
無視された雷はムッとしていたが、緋月の指示を素直に聞き入れるつもりではあるようだ。彼は「アズマだ」と訂正を入れながら、裂け目に拳を叩き付け、それを更に広げた。
『皆様、どうかこちらへ!
その様子を見ていた水紋は、高らかに声を張り上げて魂たちを誘導する。次々と魂たちが現し世に帰って行く中、百合子はふと立ち止まって緋月に向き直った。
「ねぇ、名前は分からないけどその制服……多分、同じ学校の子よね? 本当にありがとう。次は学校で会いましょう!」
「あ……うんっ!」
百合子の言葉に嬉しくなって、緋月が元気よく頷けば、百合子はふわりと笑って去って行く。きっと、これで彼女は大丈夫だ。何日かすれば、また秋奈と千里に再び会えるだろう。
「っ、安倍二号! これ以上はもう無理だ!」
「あっカミナリ先輩! もう平気だよっ! ありがとう!」
緋月の鼓膜を、雷の焦った様な声が叩いた。緋月はハッとして彼に礼を告げた。もうこちら側に、囚われた人々の魂は残っていないはずだ。
「まだ全ては解決していない! 気を緩めるなよ! あと俺はアズ――」
雷は激励を飛ばしつつ毎度の様に名前の訂正をしようとしたが、それも急に裂け目が歪んだことで阻まれる。どうやら術の限界が来たようで、それは唐突にフッと消え去ってしまったのだ。
「消えちゃった……」
『――づ、き』
不意に、声がした。
消えた裂け目を見つめていた緋月は慌てて振り返った。まさか、未だ囚われた魂が残っていたのだろうか。そんなはずは無いだろう、自分ならまだしも、水紋が見逃すはずは無い。
「――っ!」
振り返って、巨木を目にして、緋月は凍り付いた。先程まではどこにも姿が無かった、鎖で
『……こ、に……ぃる……の、……でしょ。ひ、づき』
緋月は息を飲んだ。少女は何故か緋月を名を知っているのだ。彼女の姿はぼやけて良く見えないが、少なくとも緋月の記憶に該当する姿は無い。
『ぉねが……たすけ、て……くださ……ぃ』
少女は俯いたまま懇願をした。
誰だろうか、緋月には全く分からない。
なのに懐かしい気持ちで溢れて仕方がない。
この声を聞いたことがある。
その姿を見たことがある。
一体、一体、一体――
「あなた、は――?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます