十五話 歌え、想いを乗せて(二)
『――見ツケタ』
その時、おぞましい
「それはこちらの
しかし気配は一方通行、その声の主がこの結界内に入ってくることは不可能だ。晴明が叫ぶと同時に、夕凪が「捕らえましたぞ」と眉に埋もれた鋭い瞳を光らせた。
『――ッ!?』
怨嗟を驚愕が塗り替える音が聞こえた。晴明は舞台袖から、そっと客席から自分の姿が見えぬ様に外を覗く。
夕凪の張った結界が、しっかりと呪いの手を捕らえているのが見えた。
「夕凪、その調子だ。もう少し持ち堪えてくれたまえよ」
逃げようと
「勿論ですとも、主よ」
夕凪は主の言葉にそっと頷いた。元より彼もそのつもりであった為、特に焦るでも無く逃れようとする手を涼しい顔で見つめているのみであったが。
「さぁ頼んだよ――緋月、紅葉」
――ここからは君たちが頼りだ。
晴明が静かに呟いた言葉は、突如巻き起こった拍手と大歓声に掻き消されるのであった。
****
「うぅ、凄く盛り上がってる……」
現在宵霞がライブを行っている音楽堂の外――つまり校庭で、緋月は恨みがましく音楽堂を睨み付けていた。
校庭にいるのは、雷が「校庭の様な広い場所の方が繋げやすい」と言ったからだ。緋月たちも目立つ訳にはいかない為、渋々宵霞のライブが始まる前に抜け出し、この場所で待機しているのであった。
「だな……」
こればかりは紅葉も同じ気持ちの様で、少し残念そうに音楽堂を仰ぎ見た。
微かに漏れてくる音や歓声で盛り上がっていることは伝わってくるのであるが、歌声そのものはくぐもっていてよく聞こえなかったのである。
「――! お前ら、心の準備をしておけ。結界が張られたみたいだ」
そうして二人がグズグズと会話をしていると、唐突に近くで何かをしていた雷が立ち上がった。結界が張られたのは二人も感じていた為、すぐさま切り替えて揃った返事をした。
「安倍、これを持っておけ」
雷はそのまま紅葉の元まで来ると、彼女に何枚かの札を渡した。
「これは?」
「
「……! ありがとうございます!」
紅葉は雷の説明になるほど、と頷くと、頬を叩いて気合いを入れている緋月にもその札を一枚渡した。
『――――見ツケタ』
その時だ。
少し前に緋月と紅葉を追い詰めた、あの時と同じ声が聞こえたのは。場の温度が急激に下がって、嫌な気配が首筋にまとわりつく。
「伏せろッ!」
雷の声に従って、緋月と紅葉は咄嗟に伏せる。頭上を呪いの手が通過して、緋月はゾワリと毛を逆立てた。
怨嗟を纏った呪いの手は、音楽堂に吸い込まれる様に消えて行く。
「っ、宵姉!!」
緋月はガバリと立ち上がると、堪らずそう叫んだ。呪いが狙っているのは無論宵霞だろう。
だが、中で上がっている歓声が悲痛な悲鳴に変わる――なんてことは無く、相変わらず微かな音と妖気が漏れてくる。
「……! 爺さんがやったのか!」
紅葉はあちらに晴明がついていたことを思い出した。ならば確実に宵霞は無事だ、と結論付け、緋月と二人安堵の表情を浮かべる。
「お前ら! 安心するのはまだ早いぞ!」
そんな二人を鋭く叱責する声が響く。雷はあの時紅葉を救った様に拳を地面に叩き付けた。紅葉に渡していた札と同じ物も同時に、である。
「
彼がそう叫んだ瞬間、ドォンと
「ッ、先輩……!」
耳がキーンと鳴っている中、紅葉は焦って雷を呼んだ。徐々に視界が戻る。
「なっ……なんだあれ!?」
完全に視界が戻った瞬間、紅葉は目を疑った。近くの空間に亀裂が入って、そこからこの世ではない世界が顔を覗かせていたからだ。まるで
「っ、紅葉! あの穴から呪いの手が出てる!」
緋月の半ば裏返った声に慌てて反応すれば、そこには確かに穴から音楽堂へと真っ直ぐに伸びる呪いの手が目に映った。
「あれって……鳴神先輩っ!」
「あぁ、そうだ! 長くは持たない、早く飛び込め!」
雷は拳を地面に叩き付けながら叫んだ。緋月がハッとして正面の大きな穴へと顔を向ければ、ゆると境界線がぼやけて、今にも元の状態に戻ろうとしている所であった。
「早く! 行けッ!!」
「紅葉っ!」
「おうっ!!」
迷っている暇は無い。緋月と紅葉は視線をかち合わせた。それだけで言いたいことは十分に伝わった。二人は頷き合うと、意を決して亀裂へと飛び込んだ。
偽コックリさん討伐作戦、ここに決行である――。
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