十三話 祓い屋、一堂に会す
『さぁ、本日も張り切って行きましょう!』
大きく明るく、元気な声が鼓膜を叩いた。顔を上げた。だが、モヤがかかっていてその姿はハッキリ見えない。
『どうしたんです? 緋月』
声だけが明瞭に響いてくる。自分の名を呼ぶ声は、記憶の中に有る者の声では無い。
なのに、自分はこの声を知っているのだ。
「――■■」
無意識の内に口を動かしていた。自分でも何と言ったか分からない。ざぁざぁと風の音がする。遠く、遠くへ明るい声が消えていく。
――私……あたし、あなたを……
****
勢いよく、目覚ましが鳴った。
「――っ!? わ、うわぁあっ!?」
どうやら寝ている間に落ちかけていたらしい。驚いて飛び起きた瞬間に体が傾いて、緋月はひっくり返る様に
このベッドも、知らぬ間に晴明が調達していた物だ。いつの間にか陰陽亭の二階の自室は、現し世の物で埋め尽くされていたのである。
「――おい緋月? 大丈夫か?」
控えめなノックと共に、紅葉の声が聞こえてくる。今日は現し世で言う土曜日、つまり学校は休みであるが、彼女は既に起きていた様だ。
「だ、だいじょーぶ……」
緋月はベッドへと這い上がりながら答えた。何か不思議な夢を見ていた気もするが、落ちた衝撃で全てが吹き飛んでしまった。
最悪な目覚めだと緋月は涙目になりながらも、ハンガーに掛けてある
学校が休みであっても、陰陽亭は休みでは無いのだ。
「おはよぉ」
着替えた緋月が自室から出れば、おおよそ居間と呼べる様な場所で紅葉とハクが談笑している所であった。負い目を感じているのか、昨日からハクは紅葉にべったりなのだった。
「おう、おはよう」
「あ〜緋月ぃ! おはようさぁん」
緋月の挨拶に気付き、紅葉もハクも話を一度止めて同じく返した。そんな彼女らの後ろでは、いつの間に手に入れたのか分からないテレビが着いており、淡々とニュースを垂れ流していた。
「――おや、全員既に起きているみたいだね。おはよう、皆!」
丁度その時、ギィと廊下に繋がる扉が開いて、晴明が朗らかに挨拶をしながら入って来た。彼は相も変わらずウェイターの服を着ている。今日も働くつもりの様だった。
「
そうして、同じく流れる様に入室して来た人物がもう一人。それは晴明に
緋月も紅葉も驚いてまじまじと彼女を見やる。ハクだけが呑気に笑って「おはようさん」と返していた。
「ちょ……じ、
紅葉はちょいちょいと晴明を呼び寄せる。彼はキョトンとしながらも、喜んでそちらに吸い寄せられて行った。
「どうしたんだい?」
「この前から聞きたかったんだけど、あの人一体誰だ? いつの間に雇ったんだよ……?」
寄ってきた晴明に、紅葉はヒソヒソと小さな声で問うた。前々日から気にはなっていたのだが、色々あったせいで結局聞きそびれてしまったのである。
「……? あれ? 言ってなかったっけ? 彼女は
「――青龍と、申しマス!」
小さな声で、とはいえそこまで距離は離れていなかったので聞こえていたのであろう。美藍は晴明の言葉を引き継ぐ様に自己紹介をした。
「え、えぇっ!? 青龍ってことは……おねーさん、じー様の式神なの!?」
グッと手のひらに拳を押し当て、糸目を更に細めて笑う美藍に、緋月は逆に目を見開いて驚いた。紅葉も同様に頬をひきつらせていた。
青龍とは四神の一角であり、また晴明の式神の一柱であったはずだ。
「
驚きの渦中に取り残されている二人を他所に、美藍はハキハキと返事をしている。どうやら神気を絶つのがかなり上手いらしく、彼女からは一切神の気配がしなかった。
四神と言うことは、もしかしたらハクはこのことを知っていたのではないか。
緋月がハッとそう思い当たって彼女を仰ぎ見れば、ただただ面白そうにニンマリと笑っている姿が目に入った。知っていた様だ。
「ははは、謎が解けて何よりだ!」
「謎って……爺さんが残した様なもんじゃねぇか!」
愉快そうに笑い声を上げる晴明に、紅葉は思わず頭痛を覚えた。彼女は気づいてしまったのだ。この場にいる大人たちは恐らく全員享楽主義、緋月も若干怪しい所があるということに。ため息をつきざるを得なかった。
十六夜が居れば怒りと心労で倒れていただろう、居なくて良かった、と紅葉は心の中でそっと思うのであった。
「さて、今日はお客人が来る予定だ。二人とも、準備が出来たら降りて来てくれるかい?」
晴明はパンと手を叩くと、本日の予定を話し始めた。緋月と紅葉は気分を切り替えて頷くと、それぞれ準備の為に自室へと消えていく。
「晴明〜ウチはぁ?」
「ん? ハクは……うーん、特に何も無いし好きにしていいよ!」
「あら、じゃあ
「えぇ〜ウチもメイドはん? ん〜……ま、暇よりはええかぁ」
残された呑気な大人たちは、ほわほわと緩い会話を続ける。晴明はハクに対して自由にするといいと言い残すと、先に一階へと降りて行ってしまった。何とも自由な男である。
そんな暇を出されたハクに、美藍は共にメイドをやらないかと提案した。彼女は少し考え込むと、それはそれで面白そうだと承諾するのであった。
****
「……、昨日より神が増えてないか?」
「なーんだ、お客人ってカミナリ先輩のことだったんだね!」
「アズマだ!!」
数分後、陰陽亭を訪れゲンナリとした顔を見せてていたのは雷であった。晴明によれば、彼も詳しく話を聞きたかった為に、昨日ここまで緋月たちを送って来た雷へと声をかけたらしい。
「やぁ、いらっしゃい! 流石にここまで神がいるとお邪魔かな?」
晴明は、眉をひそめている雷へ向かって嬉しそうに声をかけた。昨日一発で神であることを見抜かれた上、「かなりの
「いや平気だ。いつもこんなもんだからな……あ、です、か? ……お前のことは
晴明の問いに、雷は手をひらと振りながら答える。その口振りからして、彼に手を貸している神は一柱だけでは無い様だ。
そして話を進めるうちに雷ははた、と気付いた。いつもと同じ様に対等な態度で接してしまったが、現在の晴明は便宜上
無礼に当たるのでは、と思いおずおずと疑問を口にすれば、
「ん? いいや、君の好きにしてもらって構わないよ! えぇと、カミナリ君だったかな?」
と晴明は明るく笑った。どこから名を聞いたのか、彼を
「ッ! ア、ズ、マ、だ!!!」
雷は先程の謙虚な態度から一転、思い切り声を荒らげた。額には青筋が浮かんでいる。彼はちらりを緋月の方を睨んだが、濡れ衣だ。
緋月は「あたしじゃ無いよ」という意味を込めた目で、雷を見つめ返した。
「あはは! 本当だ、面白いねぇ!」
「んふふ、せやろぉ?」
そんな中、楽しそうに声を上げるのは晴明とハクであった。どうやら晴明に「雷をカミナリと呼ぶと怒る」ということを教えたのは彼女の様だ。
「わざとだなお前!?」
堪らず雷は再び声を荒らげた。もちろんその通りである。緋月と紅葉は知らず知らずの内に、その声を荒らげる姿を兄に重ねてしまい盛大に吹き出した。
「何なんだお前ら!?」
何故か笑いの対象とされた雷は、納得がいかないという面持ちで怒りと驚愕が混じった様な声を上げる。何を言っても収まらない笑いに、辟易とした様に頭をかいた。
「皆サン! お茶入れましたヨ〜っ!」
そんな十六夜が居れば憤怒で死にかねない混沌とした状況に、我関せずを貫き通していた美藍が呑気な声をかけた。
「あぁ、ありがとう美藍! ……それじゃあ、そろそろ真面目な話をしようか」
その声に晴明はフッと表情を変えた。口元の笑みはそのままに、瞳は真剣さを帯びる。その変化に、その場の誰も彼もがハッとして頷いた。
「ではお聞かせ願おう、
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