十四話 白羽の矢

「まずは……、昨日そこの二人と一柱には話したが、今の学校での被害状況だな」


 全員が席に着いたのを確認してから、雷はゆっくりと口を開いた。緋月と紅葉、そしてハクは昨日も聞いていたが、確認の為にもう一度しっかり耳をすまして話を聞く。


「最初の被害者は土御門百合子つちみかどゆりこ。今出回っている動画で呪われたのが彼女だ。現在も尚、昏睡状態が続いているらしい……あ、一応言うが、俺は道真公から依頼を受けたお前らだから教えてるのであって、別に誰彼構わず個人情報を流している訳じゃないからな?」


 雷が最初に名を挙げたのは、秋奈と千里の友人であり、緋月たちがこちらに来る要因となった百合子であった。どうやら、あれ以来彼女は目を覚ましていないらしい。

 緋月の深刻な表情を何かと捉え間違えたのか、彼はハッとしたように言葉を付け加えた。


「はは、分かっているよ! さ、続けて?」


 変な所で律儀な雷に晴明は思わず笑いを零すと、もちろん承知していると続きを促した。


「あ、あぁ……次に被害にあったのは倉橋裕二くらはしゆうじ。中等部の二年だ。この件に関してはあまり騒がれていないが、土御門と同じく昏睡状態に陥っているらしい」


 勘違いに気付かぬまま、雷が次に口にしたのは知らない名前。緋月と紅葉は真剣に話を聞いているだけであったが、晴明は「倉橋」という名を聞くとピクリと眉を動かした。


「ふむ……土御門に倉橋、か……この氏名うじなは恐らく僕の――安倍あべのの子孫だね」


 そうして少し考え込む素振りを見せてから、一言。その事実は雷も把握していなかったらしく、「何?」と軽く目を見張っていた。


「それに昨日、緋月と紅葉にも呪いの魔の手が迫った。これが偶然でないのだとしたら……」


「それって……コックリさんは安倍の一族おれたちを狙ってるってことなのか……!?」


 思わせぶりに言葉を切った晴明に、紅葉はハッとしたように言及した。紅葉の問いに彼は、「恐らく」という意味合いの視線を投げかけた。


「なるほど……! こ、これで……えぇと、線と線が点で繋がったぞーっ!」


 緋月は思わずガタリと立ち上がると、いつぞや見た「探偵ドラマ」の主人公が言っていた台詞を嬉々として口にした。もちろん何処か間違っていたが。


「それを言うなら点と点、やねぇ」


「フフ、それだとほぼ分かってますネ!」


 それをまるで幼子おさなごを見守るかの如くまなこで見つめていた二柱は、各々ほわほわと笑いながら緋月の間違いを指摘した。


「あ、あれぇっ!?」


「真面目にやれよ緋月……」


 自分ではしかと決めたはずだった緋月は、大袈裟に仰け反ってショックを受ける。その場が笑いに包まれる中、紅葉は白い目で緋月を見つめるのであった。


「と、と、とにかくっ! とにかく、あたしたちが目立てば、もう一回コックリさんが来るってことだよねっ!?」


 羞恥で顔を赤くした緋月が慌てて声を上げると、紅葉以外の全員が考え込む様に黙り込んでしまった。


「そうか、もう一度俺たちがコックリさんをすれば――」


「それはダメだ」


「あぁ、僕もそう思うよ」


 パッと顔を明るくした紅葉の言葉を、雷と晴明は食い気味に否定した。

 眉をひそめたままの雷と、薄く微笑んだままの晴明。表情は対称的であったが、その視線が言わんとすることは同じの様だ。


「それって……危険だから? でもでも、あたしたちにはじー様がいるよ!」


 とは言え簡単に引き下がる緋月では無い。昨日起きた事件を思い起こしながらも、晴明が居れば無問題もうまんたいだと訴えた。


「ふふ、もちろん僕が居れば何の危険も無いよ。だが、緋月と紅葉を狙った犯行は雷君に阻止された。果たして、狙えば攻撃されると分かっている相手にもう一度手を出すかな?」


「あ、そっか……」


 それを聞いた晴明は当然だというように頷いたが、続く言葉は緋月が予想していた物と違っていた。こちら側ではどうしようもない理由に、緋月は引き下がらざるを得なかった。


「……なら、晴明おまえが囮になるのはどうだ?」


 雷は真面目な顔で言い切った。どうやら彼は神相手には容赦が無いらしく、本気でその策を提案している様であった。


「えー? どうだろう。実は僕、あの学校に入る前に『僕に手を出したら丁重にお返しするよ』って全方向に威嚇してたんだよねぇ」


「…………そうか」


 しかし、その策も使えないことが瞬時に露呈し、雷は何とも言えない顔で晴明をまじまじと見つめた。視線には不満が現れていた。


「それじゃあどうしようも無いってこと……?」


「コックリさんに気配が割れて無くて、それでかつ安倍の血筋の人なんて……」


「なぁ、それって宵霞呼んだらあかんの?」


 思い詰めた様な緋月と紅葉を尻目に、ハクがほよと欠伸をしながら一言。一瞬の静寂の後に、「それだ!」と安倍の三人の声が重なるのであった。


****


「も〜! 呼び出すならもっと事前にアポ取ってよね〜! まぁ、なるべく協力するって言ったのはアタシだけどさぁ……」


 半刻後、宵霞はスマホを片手に陰陽亭へと乗り込んで来た。恐らく忙しい間を縫って来てくれたのであろう、彼女は少々おかんむりであったが、すぐに仕方ないなぁと言う様な顔に変わっていた。


「しょ……Sho、だと……?」


 身バレ防止の為のマスクを外した瞬間に現れた有名すぎる顔に、流石の雷も驚きが隠せない様であった。「俺でも知ってるぞ」とでも言いたげな顔で宵霞を指差すと、胡乱気な目を緋月たちへと向けてきた。


「あっはは、知らない子だ〜。緋月の友達かな? よろしくね〜!」


 宵霞は楽しそうに笑いながら雷に歩み寄ると、握手のつもりだろうか、自分に向けられた指を握って上下に振った。あまりにも友好的な態度に、雷は呆然としたまま「あ、あぁ……」と小さく答える他無かった。


「宵姉〜っ!」


「あはは、ちょっと久しぶりだね〜緋月!」


 宵霞はそう言って飛び付く緋月を受け止めた。

 まぁ緋月からすれば、今会うまでにもテレビや普段の会話で彼女のことを見聞きしていた為、久しぶりという感覚では無かったのだが。


「お、おい安倍……ショウネエ、ってまさか……」


「あー……はい、Shoさん……宵霞姉さんは緋月の姉さんです」


「嘘、だろ……」


 雷は信じられないというような顔で首を振るった。いくら神が目の前に現れても驚かない彼でも、有名人には驚く様だ。それも、昨日知り合ったばかりである阿呆あほうの後輩の姉だと言うのだから、その驚きは相当だろう。


「え〜待って、ハクとらんちゃんも働いてるの? めっちゃ似合う〜! かわい〜!」


「んふふ、せやろぉ?」


谢谢ありがとうございます! 宵霞シャオシア様!」


 当の本人宵霞は、呑気に黄色い声を上げて二柱へと話しかけていた。このマイペースさに緋月や晴明に通じる何かを感じたらしく、雷は妙に納得したような顔になっていた。


「さぁ、そろそろお喋りは終わりだ。宵霞、君に頼みたいことがあるのだが、いいかい?」


「おっけ〜! って言いたい所だけど、流石にちょっと話が聞きたいかな〜」


「あぁ、ふふ、そうだったね。簡潔に話そう。実は――」


****


 話を聞き終わった宵霞は、少し難しそうな顔をしていた。まさか彼女も来ていきなり「コックリさんをやってくれないか」と言われるとは思ってもいなかったのだろう。


「……ねぇ、それ……ライブじゃダメ、かな?」


 そうして、宵霞が呟いたのは思いもよらない提案であった。誰もがキョトンとして彼女を見つめる。


「ほら、アタシも何だかんだ半妖じゃん? 確かに皆みたいに派手な技とかは使えないけど……アタシ、歌に妖気を乗せることなら出来るよ?」


 そう言いながら彼女は少しだけ歌い始める。その歌声の中に優しく暖かい力を感じて、緋月はピコと耳を立てた。


「おや宵霞……いつの間に治癒術を身に付けたのかい?」


 晴明はその力を治癒術と形容した。だが、その場にいる誰もがそれが妥当だと考えた。何故なら、その声を聞けば聞くほど心に安らぎが生まれ、勇気が満ち溢れてくるのをしかと感じたからだ。


「あはは、治癒術なんてそんな大業なものじゃないよ〜。でも、アタシの歌を聞いた皆が元気になりますようにって気持ちを込めてるから、あながち間違いじゃないのかも! ……みたいな?」


 その評価を聞いた宵霞は、はたと歌うのを止めるとケラケラと楽しそうに笑った。そして彼女がわざとおどけて見せると、緋月も「自分で言う?」と面白そうに声を上げるのであった。


「……うん、コックリさんをするより断然いいね! 流石は宵霞だ! ……ただ、道真殿はともかく、宵霞の社長さんとやらは協力してくれるのかい?」


 しばしの逡巡の後、晴明は肯定的な答えを出した。

 しかし、残る疑問も一つ。宵霞には確か、社長と呼ばれる存在がいたはずだ。その人物の許可も得ずに話を進めていいのかと、晴明は懐疑的な視線を彼女へと向けた。


「もちもち! 社長も校長から相談受けてたみたいだし、ライブの手配くらい何とかしてくれるはず! アタシも大きなライブ終わったばっかだし!」


 そんな疑問も軽く打ち砕くが如く、宵霞は満面の笑みで頷いた。どうやら、彼女の社長も元から協力的であった様だ。


「そうか、ならいいんだ。それじゃあ護衛は僕に任せてくれたまえ! 傷一つ付けることは無いと約束しよう!」


 晴明はその笑顔を見ると、同じ様に破顔した。それからいつもの様な余裕と自信に満ち溢れた表情になると、必ず宵霞を守ると言い切った。


「……あ、そうだ雷君。もちろん君も協力してくれるよね?」


「あぁ、当たり前だ。鬼神に転じかけていると言うなら十中八九、奴は隠り世に居るはずだからな。出入り口を繋ぎ止める役目は任せてくれ」


 途中から話を聞くに徹底していた雷は、ふと思い出した様な晴明の問いかけに、何かの札を出しながら是と答えた。


「それじゃあ決まりだねっ! 宵姉の歌の力で、偽物のコックリさんを捕まえに行こう!」


 緋月は立ち上がり、拳を突き上げる。それを見た残りのみなは顔を見合せ、また同じく拳を突き上げた。

 一呼吸置いて、陰陽亭にやる気に満ちた揃った声が響いた。謎を解き明かす白羽の矢は、今ここに突き立てられたのだ。

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