十二話 唸る雷鳴の拳(一)
「まぁその……何だ? 俺は
雷は眉根を寄せて話し始める。緋月はそれを聞きながら、神専門の祓い屋とは何だろうと一人疑問に思って、
「神専門の祓い屋……?」
思わず口に出してしまっていた。お前な、という意味が込められた紅葉の視線が痛い。緋月は慌てて「ごめんなさい」と呟いた。
「いや、構わん。俺の仕事は堕ちた神を正常に戻すというものなんだ。それで堕ちた神の気配は嫌という程染み付いているのだが、どうにも
雷は話の腰を折られたことを気にすることなく、むしろそこから新たに話を膨らませ始めた。彼はかなり話上手な様だ。
そして、彼の言った『僅かな神気をまとった
「どうした?」
「あ、その……もしかしたらそいつ、怨念が強まりすぎて神の力を手にしつつあるのかもしれないです……!」
そう言う紅葉の表情は険しかった。何故ならこれは、
地獄にはたまに、鬼に堕ちた人間がやって来ることがある。そういった人間は大抵、負の感情を抱いて鬼に堕ちている。
なのでそのままにしておくと大変危険なのだが、
しかし、それは霊山の持つ力が清らかで真っ直ぐな力であるが故の話だ。周りの持つ気が邪念に染まっていれば、転じた鬼神は危険な存在となる。
その為、今相手にしている偽物のコックリさんもそうなってしまったのでは無いかと紅葉は推測し、そう説明した。
「……! なるほどな、そういうこともあるのか」
そのかなり可能性が高い推測に、雷だけではなく緋月も納得した様な顔をしていた。そうして、緋月の中にまた疑問が一つ。
「あれ? てことは、コックリさんが完全に悪い神様になっちゃえば、道真様も何とかできるってこと?」
緋月は道真が口にした言葉の内容をしかと覚えていた。流石に言い方までは覚えていなかったが、あれは確か「同じ神であれば干渉ができる」と言った話のはずだ。
「それは無理、なんねぇ」
それに答えたのは、同じく神であるハクであった。彼女は難しそうな顔をして続きを口にする。
「いくら鬼神やとしても、元は人の怨念――つまりは人の子なんねぇ。せやから、ウチらみたいな化身や神の眷属はともかく、この世で有名になりすぎた道真はんは手出しできんはずなんよぉ」
「そうだな、力や名のある神々は悪戯に個々の人の子へ干渉することが許されていない。神と人の均衡が崩れるからな。今回の相手の大元は恐らく人。だから、道真公も手を出せずに頭を抱えてたんだ」
ハクの言葉を引き継ぐ様に雷。二人の言っていることが微塵も理解できず、緋月も頭を抱えた。
しかし、それは珍しく紅葉も同じであった様だ。ちらりと助けを求める様に彼女を見やれば、彼女も額にシワを寄せて悩んでいる最中であった。
「……あー、まぁ何だ。多分、妖怪には縁の無い話だろうから、そこまでしっかり理解しようとしなくても平気だ。とにかく、道真公や
難しい顔で唸る二人を見た雷は慌てて助け舟を出した。彼はサラッと何でもないことの様に言ったが、どうやら彼も神の力を借りているらしい。
雷の仕事――堕ちた神の相手をする分には問題は無い様だが、やはり人の怨念を相手にするのは不味いのだろう。
「つまりは……結局、俺たちがどうにかしなきゃいけないって訳か……」
何となくだが話を理解したらしい紅葉は静かに呟いた。俯くその表情は固く、不安の気持ちが全面に押し出されていた。それを見て、ピリと緋月にも緊張が走る。
「あぁ、悪いな……だが、俺も見ているだけって訳にもいかない。出来る限りの協力はさせてくれ、
そんな紅葉の気持ちを察したのか、雷は今までよりも優しい声音で言った。その言葉に、紅葉は安堵した様に顔を上げ、緋月は「本当!?」と嬉しそうに声をあげた。
「もちろんだ。まずは……そうだな、情報共有をするべきだな。現在の被害状況について話す」
そう言いながら雷は、机の上に放り出したままの紙を漁り始めた。目的の紙が見当たらないのか、彼は険しい顔になっている。
それもそのはず、先程彼が雑に放り出した際に、何枚か床に落ちたのだ。恐らくその何枚かの中に、雷の目的の紙もあるのだろう。
「カミナリせんぱーい、ここにも落ちてるよ!」
それに気付いた緋月はそっと立ち上がってその紙を拾う。緋月はその紙の中身を見るつもりは無かったが、拾った拍子に偶然覚えのある文字列を目にしてしまった。
「……あれ? これ……百合子って確か、あきちゃんとちさちゃんの?」
そこには二人の人物の名が記されていた。一人は知らない名であったが、もう一人の方は「
「アズマだ、どうもな安倍二号……そう言えばお前たちは藤原と橘の友人だったな。現状、
雷はしっかり呼び方に対する訂正を入れながら、緋月の問いに是と答える。彼は立ち上がって緋月から紙を受け取ると、ぼんやりとそれを眺めながらため息をついた。
「……これがまた厄介でな。この二件、発生時間も場所も全く違うんだ。試しに一度、俺と藤原、橘の三人でやったこともあったが、その時は何も起こらなかった」
雷の言葉を言い換えるとすれば、発生条件が不明である、が妥当だろう。相手も不明、発生条件も不明、この何もかもが分からない状況は最悪と言っても過言では無かった。
「んと……じゃあ今からやってみる? コックリさん!」
状況のあまりの深刻さに全員が押し黙る中、緋月だけが元気な声を上げた。もちろん緋月とて、今の状況の深刻さを理解していない訳では無い。
だが、先が見えないからと言って立ち止まる緋月では無いのだ。先が見えないからこそ、その状況を打破する為にまずは動く。それが緋月の信条であった。
「……今から、か?」
「そう、今から! あ、ハクもやる?」
「ん〜? ええんよぉ!」
「こ、こら緋月! 鳴神先輩困ってんだろ!」
雷の困惑も最もだ。そんな困り果てた様な彼に元気よく返事をし、更に緋月はハクを誘う。彼女がほわほわと笑いながら呑気に答えたのを見て、雷の額に深いシワが刻まれた。最後に紅葉が慌てて緋月を窘めたが、もう完全にコックリさんをやる雰囲気が漂っていた。
「いや……まぁ、いいだろう。紙ならすぐに作れるしな。とりあえず準備するから、その辺の机の上の物退かしといてくれ」
雷は諦めた様にそう言うと、早速紙の用意を始める。緋月と紅葉は机の上の惨状に辟易としつつも、コックリさんができる程度の空間を確保しようと躍起になった。
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