十一話 天の眼、鳴神雷

「……ぇ、えぇぇぇえっ!?」


 部室内に緋月の素っ頓狂な叫び声が響き渡った。紅葉は驚きすぎて声も出ない様で、ぱくぱくと餌を求める金魚の様に口を動かしていた。


「も、も、もしかして……部長さんも妖怪!?」


「あ? 何の話だ」


 緋月は思わず一つの可能性を口走ってしまった。だがその予想は外れていたようで、部長は怪訝そうに問い返してくる。


「あ、あははぁ……なんでもないで〜す……」


 緋月の背を冷や汗が流れていく。あまりの雑な誤魔化し方に、紅葉は「この馬鹿」と叫びそうになるのをぐっと堪えた。


「……? まぁいいか……で、本当にお前らは何者だ? さっきは出任せに同業者なんて言ったが、祓い屋って何なんだ?」


 部長は細かいことを気にしない性格なのか、それとも緋月たちが何者かの方が気になるのか、妖怪についての詳しい言及はせず別のことを問い詰めてくる。


「人に名前聞く時は、先に名乗るんが礼儀とちゃうん? ウチはええけど、この二人を危険に晒す訳にはいかないんよぉ」


 がしかし、ハクはゆるゆると緋月たちの隣に並び立ち、部長を威嚇する様に殺気と神気を解放した。表情は笑顔のままだが、その笑顔にはどこか背筋の凍る様な何かを感じ、部長は狼狽えた様に少し身を引いた。


「――そうだな、悪かった。俺はこういう者だ」


 部長はそう言いながら背後の黒板を回転させた。そこには、彼の物だろう文字で『鳴神雷』と書かれていた。恐らく彼の名前なのだろう。


「えぇと……なる、なるかみ? か、かみなり……?」


 しかし不親切にもふりがなは振られておらず、阿呆の緋月はたどたどしくそれを読み上げた。瞬間、ブチッと何かが切れた様な音がした気がして、緋月はピコリと耳を動かした。


「だ、れ、が、カミナリだァ!!! 俺はカミナリじゃねぇ! 鳴神雷なるかみあずまあずまァァァ!!!」


「びゃーっ!?!?」


 どうやら読みを間違えたらしい。部長――雷は声を張り上げて緋月の間違いを訂正した。その声の大きさに緋月は飛び上がって驚いた。声には出さなかったが、もちろん紅葉とハクも驚いた様で、顔に大きく驚いたと書いてあるのが見て取れた。


「ご、ごめんなさい! ……あれ、何だっけ? カミナリ先輩……」


「アズマだァ!!」


「だーっ! ごめんなさい鳴神先輩! こいつ馬鹿なんで!!」


「えぇっ!? ちょっと紅葉ぁ!」


 再び緋月は名前を間違い、それに雷が怒鳴る。慌てた紅葉が緋月を擁護するが、そのあまりの言い様に緋月は不満タラタラの様で思わず反論する。


「はいはい、皆ちょっと落ち着くんよぉ〜」

 

 何とも混沌とした状況に、ハクの冷静に全てを宥める声が落とされて、三人はようやく口を閉じた。彼女の先程の殺気はどこへやら、ニコニコと普段通り笑う彼女は、素直に名乗った雷を敵では無いと判断したようだった。


「ウチはハク、そっちの赤……く、ないんねぇ。んと、亜麻色の髪の子の式神なんよぉ」


 彼女は笑みをさらに深くすると、いつもの様に自己紹介をしようとする。が、緋月の服がいつもの服と違い赤く無い上に紅葉と同じであった為、仕方なく髪色での紹介となった。


「式神? なるほど、俺とは本格的に物が違う見たいだな……とりあえずハク、お前も座れ。多分その辺にまだパイプ椅子が埋まってるはずだ」


 式神という言葉を聞いた雷は、一人何かを納得した様に頷いていた。それからハクに座るよう促し、自分もギシと音立てるパイプ椅子へと座り込んだ。


「まずは情報交換だ。ここに来た目的、今持ってる情報……後はお前らの名前を教えろ。俺も知り得る限りの話はしてやる」


 その言葉を聞いて緋月と紅葉は顔を見合せた。

 雷は何かを知っていそうな上に、ちゃんと信用できそうに感じる。数秒目を合わせて同じ結論に至った二人は、雷へと洗いざらい話すことにしたのであった。


****


「陰陽師で妖怪、か……またとんでもない奴らに頼ったな、道真公は」


 二人と一柱の話を聞き終えた雷は、合点が行ったように目をつぶる。ややこしくなる為、緋月が平安出身であることは省いているが、おおむね大体のことは彼に伝わっただろう。


 雷がボソボソと呟いた聞き覚えのある名前に、緋月はハッとした。どうやら校長――道真は、彼とも知り合いであるらしい。


「――! カミナリ先輩、道真様のことも知ってるの?」


「アズマだ、! 俺は神が見えるからな、色々話を聞くこともあるんだ」


 緋月の中ではすっかり「カミナリ先輩」で定着してしまった様だ。緋月が懲りずに雷をそう呼ぶと、彼は仕返しと言わんばかりに緋月を「安倍二号」と呼んだ。


「あ、あべのにごぉ!?」


 もちろん自業自得なのであるが、何だか釈然としない緋月は信じられないという視線を雷へと向けた。


「にしても本当に妖怪なのか? 全くそうは感じないが……」


 しかし雷は気にせず続ける。無視された緋月は「あっちょっとぉ……!」と一人ショックを受けていた。


「え、じゃあ緋月の耳も見えてないってことですか? 俺……じゃない、私はともかく、緋月これは分かりやすいと思うんですけど……」


 紅葉も緋月の訴えを無視し、雷の言葉だけに反応する。二人に無視をされ、あまつさえこれ扱いをされた緋月は悲しそうに項垂れた。唯一ハクだけが、そんな緋月をよしよしと慰めるのであった。


「……、別にいつもの一人称で構わないぞ、安倍紅葉。だが、耳だと……? それは人間の、じゃ……無さそうだな」


 雷はそっと紅葉に、無理をせずともいいと言う意味の言葉を投げかけながら、続く言葉を怪訝そうに言った。思いもよらぬ彼の言葉に、紅葉は目を見張りつつ「あ、ありがとうございます……!」と口にした。


「そうだよ! あたしは狐の妖怪だから……って言っても半分だけだけど、あたしの本当の耳は狐の耳なんだ!」


 先程まで項垂れていた緋月は自分の話をされていると分かると、嬉しそうに顔を上げてピコピコと狐耳を動かした。だが、得意げな緋月とは対称的に、雷の表情は怪訝そうなままであった。


「そうなのか……」


 雷はそう呟くと、緋月の頭の辺りを凝視する。緋月はわくわくと目を輝かせながら、耳を動かしたり手で引っ張ったりして雷の反応を待った。

 その間約十秒程、傍から見れば緋月と雷が無言で見つめ合い、それを紅葉が無言で見守るという何とも奇妙な光景が出来上がっていた。


「……いや、俺には見えないみたいだな」


 だがその時間は意味をなさなかった様だ。雷は残念そうに首を横に振ると、自分には見えなかったとつげた。


「ん〜てことは、あずまくんは天眼てんげんの才しか持っとらんってことなんね?」


「そうらしい……昔から幽霊などは信じていなかったが、考えを改める必要があるみたいだな」


 ぽやぽやと何かを確認する様なハクの言葉に、雷は神妙な顔で頷いた。その後に彼はため息をつきながら、「今日は驚きの連続だな」と疲れた様にかぶりを振った。


「天眼……って、確か神様が見える才のことだよね? ……あれ? でもあたしたちは見鬼けんきの才しかないけど、なんで神様も見えるの?」


 今まで気にせずに生活していたが、よくよく考えると奇妙な話だ。見鬼の才――つまり妖怪や霊を見るしかないはずの自分の目は、しかと神の姿も捕らえている。

 緋月はこてんと首を傾げながら、己の中に降って湧いた疑問を口にした。


「なっ……緋月がそんなことに気付く……だと!?」


 緋月が賢そうなことを言った。その事実に紅葉は飛び上がりそうな程驚いて、「まさか熱でもあるんじゃ」と何とも失礼なことを呟いた。


「ちょ、ちょっと紅葉! あたしだってちゃんと色々考えてるんだからぁ!」


 あまりにも失礼な紅葉の態度に緋月は憤慨する。その二人の様子を見守る雷の目は、何処か緋月を憐れむ様な物であり、緋月はさらに声を張り上げて遺憾の気持ちをあらわにするのであった。


「んふふ、それは妖怪と神の持つ力の違いのせいなんよぉ。力の弱い存在である妖怪が見える子ぉは、必然的に力の強い存在の神も見える。簡単なことなんねぇ」


 そんな緋月の疑問に答えたのはハクであった。彼女はほわほわと楽しそうに笑いながら、見鬼を持つ者が実は天眼を持ち合わせていることを説明した。つまりは大は小を兼ねるということだろう。


「なるほど! てことは……カミナリ先輩よりあたしの方が凄いってことだよね!」


「カミナリ言うな! あと戦えば俺の方が強いからな?」


 キラリと瞳を輝かせて威張る緋月に、雷は間髪入れずに噛み付いた。「なにおう」とムッとした緋月も言い返し、何とも程度の低い応酬が始まった。


「はいはい、そこまでなんよぉ。次は雷くんの番やよ、知ってること全部教えてぇなぁ?」


 ハクはにこやかに二人のやり取りを止めると、雷へ向かって声をかけた。その様子はまるで脅している様で、雷は半眼のまま言葉を返す。


「お前……たまにそういう職業の者みたいな態度になるな……」


「ん〜? 何か言うたぁ?」


「い、いや……」


 何かとんでもない言葉を聞いた様な気がして、ハクは笑顔を貼り付けたまま問い返した。肌がピリつく様な神気を感じて、雷は慌てて首を横に振った。


「そう? それやったらええんやけどぉ〜」


「……とにかく、今度は約束通り俺が知ってることを全て話そう」


 ふわふわと笑って殺気を収めたハクを横目に、疲れ果てた様な表情の雷はおもむろに口を開いた。

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