十話 オカルト研究部の主

「あきちゃん遅いな〜」


 翌日の放課後、緋月は一人秋奈を待っていた。どうやら彼女は日直であったらしく、現在職員室まで日直日誌を提出しに行っているのだ。


「紅葉と千里ちゃんもまだだし……暇だねぇ、カラスさん」


 緋月はぶつぶつと呟きながら、窓の外から見える木の枝に止まったカラスへと話しかけた。カラスはキョトンとした顔をこちらに向け、カァと一言鳴くと飛び去っていってしまった。


「行っちゃった……」


「ごっめんひづ吉!! お待たせ!」


 一方的ではあったものの話し相手が居なくなってしまった緋月が悲しそうな声色で呟くと、ガラガラバーンと思い切り扉を開ける音がし、息が切れたままの秋奈の声が聞こえた。


「あっ、あきちゃん! それに、紅葉と千里ちゃんも!」


「おう、お疲れ緋月」


 その声に緋月が嬉しそうに振り向けば、教室の入り口には秋奈だけではなく紅葉と千里も立っていた。恐らく職員室から戻ってくる途中に合流したのだろう。

 秋奈は「疲れた疲れた」と言いながら自分の机に荷物を取りに行く。それを見た緋月はひょいと重たい鞄を持ち上げて、入り口で談笑する紅葉と千里の元へと向かった。


「はぁ、日直とかガチで忘れてたんだけど〜! お陰で明日も日直だよ……マジ最悪……」


 噂の部長の元へと向かう道中、秋奈は伸びをしながら面倒くさそうに呟いた。


「あきちゃん今日遅刻してたもんね〜」


 緋月は今朝、点呼が終わった途端に飛び込んできた秋奈の姿を思い浮かべながらしみじみと言った。実はそう言う緋月も寝坊をしかけたのだが、紅葉の愛のある拳により無事遅刻は免れたのである。


「いやマジビビった! 起きたら八時過ぎてんだもん! また鈴鹿ちゃん先生に怒られちゃったし、今日マジで厄日じゃね?」


 秋奈はケタケタと楽しそうに笑いながら今朝の心境を告げた。「また」ということは恐らく、彼女は遅刻の常習犯なのであろう。


「あはは……所で秋奈、部長って一体何の部活の部長なんだ?」


「あれ? うち言ってなかったっけ!? オカ研だよオカ研! オカルト研究部!」


 苦笑と共に零された紅葉の疑問に、秋奈はキョトンとしながら答えた。紅葉は「確かに何かそんな単語聞いたな」と言いながら、どこか納得したような面持ちになった。


「オカルト研究部……!」


 それは緋月も同様であった。もちろん部活というのはほとんどが素人の集まりである為、あまり成果を得られない可能性もある。

 だが、紅葉と同じ結論に至った人物と考えると、その部長と言うのはかなりそういったたぐいの話に詳しい人物だと言えるだろう。


「……あ、ついたよ……! 多分もう、先輩もいると思う……!」


 話し込んでいる内にどうやら目的地に到着したようだ。緋月が千里の声に顔を上げれば、そこには「オカルト研究部」と書かれた小さなプレートがかかったドアが鎮座していた。


「やっほー! 部長いるー!?」


 秋奈は遠慮なくそのドアを開け放つと、元気よく挨拶をしながらズカズカと中へと入っていった。


「こ、こんにちは……!」


「お邪魔、します」


 それに続いて緋月と紅葉も恐る恐るといった様子で中へと入る。


 中はそれ程広くはない様だったが、中央に置かれた大きな机が部屋を圧迫していた。その背後には移動式の黒板が置いてある。その上、机の上にも床の上にも沢山の物が散乱していて、そこは更に狭い場所の様に感じられた。埃の匂いがツンと鼻に来て、緋月はぷしゅんと小さくくしゃみをした。


「だから藤原、もう少し静かに……なんか多いな。誰だ?」


 そんな部屋の一番奥、黒板と机の間の空間から声がした。散乱している何かの紙を拾い集めていたらしい人物が、秋奈に苦言を呈しながら立ち上がりこちらに目線を送ってくる。その人物は言葉の途中で緋月たちがいることに気が付いたらしく、既に悪い人相を更に悪くして何者かと問うた。


「部長! この二人、入部希望者!」


「そうか」


 秋奈は何を思ったのか、勝手に緋月と紅葉を入部希望者だと紹介した。部長と呼ばれた人物も納得した様に頷いている。


「えっ!? ち、違うよ!?」


「ちょ……!? て、適当言うな秋奈!」


「……、違うのか。どっちだ」


 全く聞かされていなかった言葉に、緋月と紅葉が驚きつつ素っ頓狂な声を上げて否定すれば、部長は眉をひそめて困惑した様に呟いた。


「あはは、ごめんって!」


 千里もびっくりした様な面持ちで瞬きを繰り返している。その中で楽しそうに笑っているのは秋奈一人であった。


「あのね部長、この二人もコックリさんについて調べてんだって! お家が……何だっけ? ほら、お支払い? みたいな何かでさ!」


「お支払い……?」


 秋奈はわやわやとうろ覚えで説明をする。彼女は「お祓い」と言いたかったようだが、何もかもが間違っていた。

 聞き返す部長の声は当惑しきっている。やはりそれでは伝わらなかった様で、部長は怪訝そうな表情のまま緋月と紅葉を一瞥した。


「え、えっと! 俺……じゃなかった、私とこいつは従姉妹同士で、こいつの……父さん、が祓い屋をやってるんです! ええと、私もそこで世話になってて、今回の騒動について調べてるというか……!」


 このままではいけないと悟った紅葉は、慌てて緋月の肩を掴みながら詳しい説明を付け加えた。焦りのあまり少ししどろもどろにはなったが、先程の秋奈の説明よりはマシだろう。紅葉はそろそろと部長の表情を伺った。


「……あぁ、なるほど。そういうことか」


 しっかり伝わった様だ。彼は目を細めて軽く頷き、手にしていた何かの紙をドサッと机の上に放り投げた。その拍子に何枚かの紙が落ち、緋月は集めた意味はあるのだろうかとぼんやり考えていた。


「分かった、とりあえず話は聞こう……そうだな、ややこしくなるから藤原と橘は帰れ」


 部長は一度考え込むように言葉を切ると、すぐに続けて秋奈と千里にそう宣告した。


「えぇっ!? ちょ、ひどくね!? なんで!?」


「うるさい帰れ帰れ! じゃないと出来ない話もあるんだ」


「何それ! 訳わかんないし!」


 秋奈は目を剥いて驚き反抗するが、部長は一切取り合わない。全員が見守る中、とうとう二人は言い争いを始めてしまった。


 紅葉はそんな彼が口にした「同業者」という単語に、「えっ」と小さく声を漏らした。紅葉は失礼だと思いつつ、まじまじと秋奈と言い合う部長を観察する。

 所々に黒いメッシュが入った短い金髪に、かなりの数空けられたピアス。制服の学ランが良く似合う、言わばの様な彼は見れば見るほど同業者には見えなかった。


「あ、あきちゃん……! 流石に先輩の言う通りだよ、帰ろう……?」


 しばらくしても言い争いは終わらなかった。そこでようやく、千里が意を決した様に秋奈の制服の袖を引っ張った。その言葉に、部長は助かったと言う様に目だけで空を仰いでいた。


「え、えぇ〜? うーん、納得いかないけど……しゃーない! ひづ吉、くー子、今度何話したか教えてね!」


 流石に親友の言葉が響いたのか、秋奈は渋々といった様子で引き下がる。だが彼女はすぐに笑顔になると、ちゃっかりと図々しいお願いを口にしていた。


「ダメに決まってんだろうが! はよ帰れ!!」


「部長こっわ! さー帰ろう、ちさ!」


 怒りを募らせる部長に軽口を叩きつけながら、秋奈は笑って千里の手を引いて外に出ようとドアを開けた。そんな彼女の様子を見た緋月の脳裏に思わず十六夜と晴明の姿が思い浮かんで、緋月は吹き出しそうになるのを堪えていた。


「わっ……う、うん……! またね、二人共、先輩もさようなら……!」


 急に手を引かれた千里は驚きつつも、律儀に挨拶をして秋奈と共にドアの向こうへと消えていく。


「あぁ、またな……全く、最後まで騒がしい奴だ……」


 部長は挨拶を返しつつ、ため息混じりに呟いた。ドアが閉まった今も微かに秋奈の声が聞こえてきて、緋月は小さく笑い声を上げた。


「……さて、悪かったな。とりあえずその辺にある椅子に座ってくれ、物は退かして構わん」


「あ、はい!」


 少しバツが悪そうな部長にそう言われた緋月と紅葉は、慌てて積まれた本や何に使うのかよく分からない道具を退かし、どうにかパイプ椅子を掘り当てる。二人が「どうしてこんなに物が」と思っていると、まるで心を読んだ様に部長が「先輩方が置いていったんだ」と言い訳を零していた。


「えっと、じゃあ早速お話を――」


「待て、その前に聞きたいことがある」


 場が落ち着いた所で、緋月は話を進めようと声を上げるが、その声は途中で部長に遮られる。彼は真剣な表情で、真っ直ぐ二人を見据えた。


「――お前ら、何者だ? どうして神なんか連れてやがる?」


 立ったまま彼の視線は、明確に緋月のを射止めている。微かに吐息が漏れる音がした。

 そう、緋月の後ろにいるのはただ一柱ひとり


「……お前、ウチが見えとるんね」


 誰にも見えるはずの無いハクは声を固くして、静かに部長を問い詰めるのであった。

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