四話 学校へ行こう(一)
「ま、立ち話もなんだし入って入って!」
いつの間にか鍵を開けたらしい宵霞が玄関の扉を開け放って手招けば、緋月と紅葉はハッと我に返って玄関へ駆け寄る。もう一度緋月が名残惜しそうに後ろを振り返れば、長身の晴明と目が合って彼は楽しそうに笑った。
「ふふ、今は入ろうか、緋月。この景色は後でもゆっくり見られるさ」
「へ!? あ、うん……!」
晴明に宥められた緋月はぽんっと顔を赤くすると、何度も首を縦に振って先に部屋へと入っていった紅葉を追いかけた。
「う、わぁっ……! これが宵姉のお家!? ひっろーいっ!」
玄関から入ってすぐの部屋に案内された緋月は、思わず嘆息を零して目を輝かせた。見たことのない家具や妖街道の建物たちとは違う雰囲気に圧倒され、再び硬直してしまった。
「あはは、アタシは住まわせて貰ってるだけだから、実際はアタシの家ではないんだけどね〜」
宵霞は冷蔵庫の中から取り出した麦茶を注ぎながらそう笑った。言われてみれば、確かに一人で住むには部屋が広すぎる。
「おや、同居人が居るのかい? それなら先に挨拶をしなくてはだね」
「あ、大丈夫大丈夫! 多分、二人とももう仕事に行っちゃってると思うから……」
珍しくまともなことを口にした晴明に、宵霞は気にしなくて平気だと言い切った。それを聞いた晴明はそうかと笑うと、近くの椅子へと勝手に腰掛けて机の上の見慣れぬ菓子に手を伸ばす。
「……これ、食べても?」
宵霞は、フロランタンと書かれた菓子を嬉しそうに見つめながら問うてくる晴明に、不覚にも吹き出して許可をした。
「っ! わぁっ!? なんかついたぞ!?」
「ひえぇっ!? 何したの紅葉ぁ〜っ!!」
話が途切れてしんと静まった瞬間、緋月と紅葉の焦った様な声が響き渡る。麦茶を用意していた宵霞が慌ててそちらに顔を向けると、二人は急についた黒くて薄い大型の箱――テレビを前に抱き合って固まっていた。よく見れば紅葉の足元には小さな棒――リモコンが落ちている。
「なんであんなとこにリモコンが……さては
同居人への文句を零しながら宵霞は二人を安心させようと声をかける。だが既に緋月も紅葉もテレビという文明の利器に釘付けになっており、あぁともおぉとも取れる生返事を返しながらそろそろとテレビへと近付いていった。
「こ、これ……もしかして……?」
目を点にしながら緋月は無意識の内にポツリと呟きを落とす。瞬間、激しい音楽と共に全員が知った声が流れ出した。
「やだ待って、アタシの曲〜? って、この前のライブのニュースか!」
それは間違いなく宵霞の歌声で、美味しそうにフロランタンをかじっていた晴明でさえもテレビの方へ顔を向ける。宵霞だけが少し恥ずかしそうに笑いながら机の上に麦茶を置いて行くのであった。
力強くしなやかで、けれども透明感のある歌声が部屋の中に響く。時折出される高音が、カッチリと音楽と嵌ってとても心地が良かった。
「……あ、終わっちゃった」
いつまでも聞いていたいと感じるその声に聞き惚れていると、あっという間に映像が切り替わり、画面の中の女性が「続いてのニュースです」と読み上げた。
「あはは、ライブ映像なんて幾らでも見せてあげるって! 流石に学校に行くのは明日以降になると思うから、今日は好きなだけ見てていいよ〜」
そう言いながら宵霞はテレビの近くの棚から、透明の入れ物に入った銀色に光る板――ディスクを取り出した。緋月と紅葉が興味津々で見守る中、宵霞はテキパキと慣れた手つきで色々な物を操作して、テレビの画面に先程流れた映像と似た様な風景を表示させた。
「……よし、これでおっけ〜! ちょっとアタシ電話してくるから好きにしててね! ……と、後おじぃ様、口元にフロランタン付いてる!」
宵霞は映像を開始させ満足そうに笑うと、携帯を取り出しながら別の部屋へと去っていこうとする。だが晴明の口元に菓子の欠片が付いていることに気付き、先にそれを指摘してから悠々と去っていった。
「ん、すまないねぇ」
指摘を受けた晴明は呑気に礼を告げると、再び置かれているフロランタンへと手を伸ばすのであった。
****
「……もしもーし、社長? あ、今平気?」
宵霞が電話をかけたのは、彼女が社長と呼ぶ人物だ。その呼び名の通り、その人は宵霞が所属する事務所の社長なのである。事務所と言っても所属しているのは宵霞ともう一人だけの為、その社長はマネージャーも兼任しているのだ。
『あらぁ、宵ちゃん? えぇ、平気よぉ。電話が通じるってことは、もう帰って来ちゃったのかしらぁ?』
電話越しにのんびりとした声が聞こえてくる。背後からガヤガヤと騒がしい音も聞こえてくる為、恐らく彼女は外か現場近くにいるのであろう。
「いやぁ、いろいろあってさ〜。この前社長がちょっと不味いわねぇって言ってた、コックリさんの動画あるじゃん?」
『あぁ、あの明らかに呪われたっぽい奴ねぇ』
「そーそー! あれ、よく見たら
宵霞の言葉に相槌を打ちながら、電話越しの社長は彼女が用件を言い出すのを待っていた。時折誰かに声をかけられているようで、社長は短く挨拶を返していた。
『えぇ、いいわよぉ。
社長は宵霞の頼みを快諾する。電話越しで表情は見えないものの、宵霞は彼女がいつも通り朗らかに笑っているのだろうと確信していた。
「わ〜、ありがと〜! ついでになんだけど、今日事務所……ってか家におじぃ様達泊めてもいい?」
『もちろんよぉ。でも前から言ってた通り、今日からしばらく帰れないからぁ……、そこはごめんなさいねぇ?』
「全然問題無し! とりあえず校長から許可出たら連絡して! お願いしまーす!」
『はぁい、任せて頂戴なぁ。貴女のお爺様にもよろしく言っておいてねぇ』
そうやって電話が切れたしばらく後、『明日にでも来て欲しいって言ってるわぁ』というショートメールが届き、宵霞は満足そうに頷いた。
「よーし、今日はアタシがご飯作るよ! 何がいい?」
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