十二話 おかえり、じー様(二)
「ん? そうだねぇ、流石に僕と言えど、あのまま現し世に居たら力を失ってしまいそうだったからねぇ。すぐに僕の身を案じた
十六夜の問いに晴明は呑気に現し世から別の場所へ移ったことを告げた。どうやら先程の十六夜の叱責は届いていない様だ。
「はぁっ!? ア、アンタ……あの後すぐに居なくなってたんですか!? っ……はぁぁ、呆れた……」
衝撃の事実に十六夜は目を剥いて驚き、やがて魂が抜け出てしまいそうなくらい深く息を吐いた。口元は最早半笑い、その目は死んだ魚の様だった。
「あはは、連絡をしなかったことは確かに悪かったと思うけれど、あの時は正に緊急事態だったからねぇ」
「……四ツ宮、なんね」
悪かったと言いながらそうは見えない表情で笑う晴明の隣で、ハクは視線を落として小さく呟いた。
「よつみや……?」
そこで緋月は、先程から耳に入ってくる聞きなれない単語について疑問符を浮かべた。
「四ツ宮はウチの……んと、つまり四神のための隠り世なんよぉ」
緋月の声にサッと顔を上げたハクは、いつものようにふわりと笑って答える。
「んと、要するに……
ぱちくりと瞬きを繰り返している緋月のためか、それとも自分の知識を整理するためかは定かではないが、紅葉は納得した様な顔で更に噛み砕いた考察を口にした。
「そういうことだ。いつか借りを返すと約束してね、しばらく居させてもらったんだよ」
その言葉に晴明も微笑む。微笑んで、勝手な約束をしたことを告げて、その後に紅葉は優秀だね、と付け加えた。
「貴方はまた勝手にそんな約束を……!」
照れたようにはにかむ紅葉をよそに、十六夜はまたピキリピキリと青筋を立て始める。
「てことは、ウチが意地張って残っとらんと大人しく四ツ宮に戻っとったら、すぐに晴明は見つかっとったってことなんね……うぅ、堪忍なぁ」
十六夜の大荒れ糾弾時間が始まる前に、ハクはポツリポツリと申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
式神は自分の所属する隠り世と主の元へとであれば、自由に移動することが可能である。つまりはハクが緋月を待つのを諦めて即座に四ツ宮に戻っていれば、簡単に晴明の居場所を突き止めることができたということなのだ。
「……! ううん、そんな……ハクは
ハクが目を伏せて唇を噛む様子を見た十六夜は、サッと怒りを引っ込めて気にすることは無いと彼女を諭す。
「そーだよっ! だってハクが近くに残っててくれなかったら、あたしは今頃大変なことになってたかもだし……それにあたし、ハクのこと思い出せないままだったのはやだよっ!」
それに続くように緋月も必死でハクを励ました。
ハクが居たからそこ自分は助かった、それに大切な記憶も取り戻せた、という自分の強い想いが伝わるように、緋月はしっかりハクを見据えて言葉をぶつける。
「でも……」
自分が戻って居ればその危険な目に遭うことも無かった、という言葉は声にならなかった。十六夜と緋月の優しい言葉がそれをさせなかったのだ。
「うぅん……、それもそう、なんね……ん、分かった、ウチがおったから緋月は無事! それでお咎め無しなんね!」
ハクは首を振って後ろ向きな考えを四散させる。それから二人の言ったことを受け入れて、ふわりと普段通りの柔らかい笑みを浮かべた。
「……で、爺さんはその四ツ宮? ってとこで一体何してたんだ? ほらその、陰陽師らしく占いとか、なんかそういうことでもしてたのか?」
そこで紅葉が首をひねりながら問う。その声には僅かに心配の色が滲んでいて、何かに巻き込まれていたのではないか、という彼女の心配が感じ取れた。
「いや、普通に将棋をさしたり、麻雀とやらをしたりしていたよ! 何度か連絡しようとしたけれど連絡鏡は繋がらないし、青龍か玄武を遣わそうにも僕が四ツ宮にいる以上それも無理だし、こうなったら全力で楽しんでおこうかと思ってね!」
しかし晴明は本当に楽しかったと四ツ宮での生活を謳歌していたことを告げ、紅葉の心配は杞憂に終わった。
恐らく彼なりに努力はしたのであろうが、如何せん彼は自分に出来ないことは誰にも出来ない、と言う考えの持ち主であるため、連絡することも即座に諦めたのだろう。
「は? つまりアンタ、四ツ宮に行ってまで遊んでたってことですか?」
その言葉を聞いた途端、十六夜は眉をひそめて鋭く言及する。先程まで引っ込んでいた怒りの導火線に、再び火がついた様だ。
「うん、そういうことになるね!」
「アンタ本当にぶっ飛ばしますよ!?」
そして、元気よく遊んでいたことを肯定する晴明に対して、再度十六夜の怒りが爆発した。緋月と紅葉はまた言葉の嵐が始まる、と身をすくませた。
「っ……! ……はぁ、本当に信じられない……僕たちが四苦八苦しながら貴方のことを探していたのに、当の本人は遊び呆けていただなんて……」
十六夜は妹たちの反応を見て、喉元まで出かかっていた言葉たちをギリギリの所で押しとどめた。代わりに本日何度目か分からないため息をついて怒りをやり過ごすと、こめかみの辺りを押させながらボソボソと呟いた。
「あはは! まぁまぁいいじゃないか!」
「アンタが言うな!」
しかし、そこに晴明が火に油を注ぐが如く口を挟むと、十六夜は脊髄反射で怒りのツッコミを入れてしまうのであった。
「……御話し中失礼します。十六夜様、御部屋の準備が完了しました」
今にも晴明に殴りかかりそうな十六夜の背後から、影津が恐る恐るといった様子で声をかける。どうやら晴明が現れた時から、十六夜より指示を受けていたようだ。
「え? ……あ、あぁ、ありがとう影津……ええとお爺様、少し……いえ、かなり話すことがあるのでこちらへ」
晴明への怒りでそのことを忘れていたのか、十六夜は少々何のことやらという表情を浮かべていたが、すぐに思い当たって影津へと礼を告げた。
そして先程までの態度から一転、至極真剣な表情と雰囲気で晴明に向かって声をかけた。
「えぇ? 僕はまだ緋月たちと話したいんだけど……」
「あーもう、いいから早く!」
「あはは、冗談だよ。本当に十六夜は揶揄いがいがあるねぇ!」
「だぁっ! ムカつく!!」
ケラケラと楽しそうに笑いながら十六夜の逆鱗を逆撫でしていく晴明と、それに対して怒りと苛立ちを隠そうとしない十六夜。
それを見ていた緋月は、何となくいつも疲れている兄よりは、怒りながらも何処か生き生きとしている今の方がいいと密かに感じていた。
「ほら行きますよ五歳児! ……と、緋月、紅葉。かなり時間がかかると思うから、先に戻ってていいよ。本当にお疲れ様」
あれだけ言われたのに動こうとしなかった晴明を引きずりながら、十六夜はふと二人の存在を思い出したかのように振り返る。二人を気遣う様に微笑む十六夜は普段通りの兄で、そのあまりの変わり様に緋月は吹き出しそうになった。
「あ、う、うん! 分かった!」
「じゃあ、夜兄さんも爺さんもまたな!」
緋月は同じく吹き出しそうになっていた紅葉と共に返事をして手を振ると、地上へ続く階段を登り始めた。
「うーん、本当に可愛い孫たちだねぇ」
仲良く言葉を交わしながら去っていく二人の背中を見つめながら、晴明は目を細めてしみじみと呟いた。
「……はぁ、貴方と同じことを考えるのは心外ですが、それだけは同意見ですね」
それに対して凄く嫌そうに、けれども至極真っ当な顔で十六夜も同調した。
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