十二話 おかえり、じー様(三)

「――ふむ、なるほどね。妖街道が滅びる、と……」


 月明かりが差し込む部屋の中。

 一通り十六夜から説明を受けた晴明は、先程の雰囲気からは想像出来ない程真剣な顔で呟いた。


「えぇ。封印に何かあったのかと思い、貴方を呼び戻しました」


 先程までの怒りは何処へやら、十六夜も一切噛み付く様子もなく懸念を告げる。


「悪いけど、僕もうっかり話してしまわないように同じく記憶を封じているんだ。だから詳しいことは分からないが……、ひとまず僕達の記憶が戻っていないことから、一応封印は平気だと思うよ。それにしても老婆、か……」


「……お爺様?」


 晴明はまず十六夜を安心させるように微笑みながら今はまだ平気だ、と告げる。十六夜はその言葉に無意識に息を吐き出したが、何かを考え込むように黙ってしまった祖父を見て、怪訝そうに声をかけた。


「……あぁいや、何でもないよ。とにかくこの件に関しては僕も尽力しよう。十六夜も引き続き調査を続けてくれるかい?」


 声をかけられてはたと瞬きをした晴明は、何でもないよと言うと再びいつものように微笑んだ。


「当たり前でしょう……僕はしばらく月楼に戻って調査と仕事をしますので、その間緋月たちと陰陽亭をよろしくお願いしますよ」


 その後続けられた晴明の言葉に、十六夜は少し半眼になって頷く。そして彼は少し本業に戻るから、という理由で最愛の妹たちを晴明に託した。

 いくら普段が自由奔放とは言え、稀代の陰陽師と言われたその実力は本物だ。そして同じく緋月と紅葉を愛しているからこそ十六夜はなんの躊躇も無く二人を晴明に託せたのであった。


「あぁ、了解だ」


 晴明は任せてくれという風に頷く。その表情は自信満々、何があっても二人を守り抜くという気持ちが現れていた。


(秘密を知る老婆……もしや……)


 その表情の裏で思案されていた事柄が一つ。晴明は笑みを浮かべたまま、そっと窓の外の月へと視線を移した。思い当たる人物が一人だけ。

 それは、妖街道の最初の唯一神であり、そして晴明自身の――――。


「……ふ、まさかね」


 有り得るはずが無い。晴明は視線を月から外すと、自らにしか聞こえない声で呟いて小さく笑った。


****


「……あぁ、ようやくあの大馬鹿者が帰ってきたかい」


 伍番街道、社の前。

 社の中から姿を表した老婆は、ため息混じりに呟いた。そよ、と風が吹いて老婆の髪を揺らす。どこか遠いところを睨みつけるその双眸は、晴明にそっくりであった。


「全てはあんた達にかかってるんだ……頼んだよ、安倍晴明とその孫達よ」


 老婆の小さな呟きは誰にも届くことは無く、静かに宙へとけていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る