十話 ハク、見参(二)
「……おんみょーてーのおねーさんたち、無事?」
突如現れた少女は倒れた大鬼に手錠をかけると、双剣を収めながら緋月とハクの元へと歩み寄ってきた。歩くのに合わせて、二本に括られた黒髪がゆらゆらと揺れている。
「あ……、ぶ、無事……! 無事だよっ! 貴女のおかげで、あたしもハクも無事っ!」
最初こそ呆然としていた緋月だったが、やがて我に返ると慌てて立ち上がって礼を告げた。先程までは腰が抜けて立てなかったのだが、どうやら復活したようだ。
「ほんまに助かったんよ〜。ちょいと久しぶりやったから、ウチもドジ踏んでもうたんよ……堪忍なぁ、緋月……」
ハクもふにゃふにゃと笑って礼を告げる。その後少しバツが悪そうに、緋月への謝罪の言葉を口にした。
「んーん、大丈夫だよ! あたしこそ今まで忘れちゃっててごめんね!」
そんなハクに対して緋月は、全く気にしていないと言うように笑顔になる。それどころか不可抗力であるものの、今まで忘れてしまっていたことに対して謝罪をした。
「緋月ぃ……!」
そんな緋月の様子に、ハクは感激したような顔になって思わず抱きついた。
「……ん、無事ならよし。暦、ちゃんと役割果たした」
それまで二人の様子を見守っていた少女は、無事ならよしと一人頷いた。無表情に見えるその顔は、よく見ると少し満足気な表情であることが分かる。
どうやら暦と言うらしいその少女は、弐番街道では有名な
「えっと……暦ちゃん……でいいのかな? 暦ちゃんは、警備隊? 本当に助かったよっ! ありがとうっ!」
緋月は暦の元まで駆け寄ると、その手を取ってぶんぶんと振りながら、再び礼を告げた。暦の背は緋月よりも三寸程度低かったため、彼女の体はぐらぐらと揺さぶられていた。
「ん、そう。暦はけーびたい。ふつーにきんきゅーめーれーを受け取っただけ。気にしなくていい」
しかし暦は揺さぶられていることも、手助けをしたことも気にする様子も無く淡々と告げる。どうやらこの様に緊急収集されるのは、彼女にとって日常茶飯事である様だった。
「アンタがおらんかったら、ちょっと危なかったんよ〜。ほんまにありがとぉな〜」
ハクは緋月のことをそっと窘めながら、再三助かったと告げる。暦があそこで駆け付け無かったら、ハクが大怪我を負っていたのは事実だ。
「こちらこそ。
ようやく開放された暦は、小さな二本の角が生えた頭を小さく振りながら答える。憤慨と言いつつも表情はあまり変化していなかった。
やはりあの大鬼は、酔っ払いの鬼二人が言っていた脱獄犯で間違いない様だ。緋月とハクは知らず知らずのうちに、警備隊に貢献していたのであった。
「……所でここ、危ないって言われてたはず。おんみょーてーのおねーさん、何でここに?」
暦はふと思い付いた様に疑問を口にする。やはりその表情は読み取れなかった。
「あっ!? そうだった、忘れてたっ! ね、ねぇ暦ちゃん、ここで一番力が強いとこってどこか分かるっ!?」
緋月は暦の一言で、ここに来た本当の目的を思い出す。そしてそのままの勢いで、霊山において一番力が強い箇所が無いか問うた。
「んと……、特に無い。れーざん、どこでもびょーどーに強い」
暦はしばしの逡巡の後に、首を振りながらぴしゃりと告げる。
「えぇっ、そうなの!? じゃ、じゃあここでもいいかな……」
その答えは緋月にとって少し衝撃的なもので、今までの苦労は一体、と言うように項垂れると、悲しそうに懐から「火」と書かれた札を取りだした。
「ええと……おまじないおまじない……力を貸してね、れーざんさん!
緋月は一度頭を振ると、十六夜に言われていた通りにまじないを唱える。
すると札はふわりと浮き上がり、ゆらゆらと淡い光を放つ。そうして五芒星と共に「火」の文字が浮かび上がると、まるで心臓の鼓動の様にどくんと振れてから、宙へと消えた。
「にゃ〜ん、流石はウチの緋月なんねぇ〜! すご〜くかっこええんよぉ!」
それを静かに見守っていたハクは、緋月を手放して褒めたたえた。その表情は自分が術を成功させた時のように満面の笑みである。
「ん、暦もびっくりした。おねーさん、すごい」
どうやら暦も同じ意見の様で、小さな手でパチパチと拍手をしながら緋月を絶賛する。
「え、えへへ……そうかなぁっ?」
二人に褒められた緋月は、てれてれと頭を搔く。その表情は緩みきっていて、先程まで窮地に陥っていた者の顔には到底見えなかった。
「……あ、あたしたち、そろそろ行かなきゃ!」
しばらく緩みきった表情で笑っていた緋月だったが、ふと紅葉と十六夜を待たせているかもしれないことに気が付くと、慌ててこの場を去る決断をした。
「ん、ごきょーりょく感謝。またね」
その言葉に暦は頷くと、サッと敬礼をして感謝の意を表した。
「うんっ! こっちこそありがとうっ! またねーっ!」
緋月とハクも見よう見まねで敬礼を返すと、笑顔のまま感謝と別れを告げて駆け出したのだった。
「よぉ、暦嬢。お疲れさん」
緋月とハクの姿が見えなくなるまで手を振っていた暦に、呑気に声をかける人物が一人。
「お疲れさんじゃない。遅い。減点」
暦がムッとして振り返れば、そこには富嶽が立っていた。彼女は普段から半眼の瞳を更に半分にすると、微かに怒りを含んだ声で遅れたことを非難した。
「なんのだよぅ」
すると富嶽の後ろからひょこりと蓬莱が現れ、謎の減点にツッコミを入れた。無論この男も遅刻である。
「間に合ったの、暦だけ。富嶽もほーらいも、ほんとーに役立たず」
暦は全く反省している様子のない二人をじっと見つめながら、更に批判を続ける。普段は声にも表情にも感情の乗らない暦だったが、どうもこの二人の前だとそれも崩れてしまう様だ。
「まぁまぁいいじゃないの、オジサンたちは散らばってた手下の処理してたんだから」
蓬莱はそんな怒り心頭といった様子の暦を宥めるような言葉を吐きながら背後を振り返る。そこには縄で縛られた何人かの鬼が、大人しく座らされていた。
「ふーん……まぁ、それならよし」
どうやらその鬼たちは大鬼の手下であったようだ。暦はそれを見て、ようやく遅れてきた二人を許したのである。
「あん? ところであの嬢ちゃんはどこいったんだぁ?」
と、そこで富嶽がキョトンとしたまま問うた。本部に連絡を入れたのは彼であるため、安否が気にかかるのだろう。
「平気。もう行った。なんか急いでるみたい」
「おぉ、そうかぁ。無事なら良かったぜ」
暦が無事だと告げれば、富嶽は安堵したように笑い飛ばした。
「……、
やがて、ポツリと暦が零す。
「そうかぁ、そりゃ残念だな」
「そうだねぇ、早いとこ戻って来てくれりゃいいのにねぇ」
その言葉に賛同するように、富嶽と蓬莱も目を細めて呟いた。
「
「覚えてるだろうねぇ。だって紅葉サマと一番仲良かったの、暦ちゃんでしょ」
「がはは、忘れられてるとしたら蓬莱だろうなぁ!」
「うるせぇやい」
三人はわいわいと騒ぎながら、遠くの――月楼のある方向へと目を向けた。しばらく
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