十一話 術の輝きに包まれて(一)
札を貼り終えた緋月が戻ってきたのは、月楼の地下だった。月楼に入った途端、わっと十六夜の眷属たちに囲まれ、あれよあれよとここまで案内されたのである。
月楼の地下には、現し世へと繋がる道に行くことができる鉄扉が、まるで祭壇の様に鎮座していた。この道を通るには何百年という時が必要になる。そのため誤って妖たちが迷い込まないように、月楼の地下にて厳重に管理されているのであった。
「あっ、紅葉ーっ! ただいまーっ!」
灯りは淡く光る行灯のみの薄暗い部屋の中、鉄扉の前に佇む半刻程ぶりの従姉妹の姿をみつけ、緋月は一目散に駆け寄った。
「っ、緋月! おかえ……って、どうしたその怪我!? ってかその白い人は何だ!?」
どうやらひどく緋月の身を案じていたらしい紅葉は、聞こえてきた声に弾かれたように振り向く。そして迎えの言葉を言い切る前に、緋月の惨状を目の当たりにし、慌てた様に問うてくる。次に目に入った
「わっ!? ……っと、えへへ、これくらい大丈夫だよ! あとね、この人はあたしの式神! ハクって言うの!」
一瞬にして青ざめてしまった紅葉の表情を見た緋月は、何ともないことを証明するように一回転すると、片手でブイの字を作って笑った。
そして数歩後ろに居たハクの手を引いて隣に並ばせると、じゃじゃーんと自分で効果音を付けつつ紹介した。
「んふぅ〜、よろしゅうなぁ〜」
最初こそキョトンとした顔をしていたハクであったが、緋月と似た雰囲気を持つ紅葉を前にすぐに破顔して挨拶をした。
「し、式神ぃっ!? お、お前いつそんなの……!?」
半刻前に別れた時には無かった存在に、紅葉は大袈裟なくらいに仰け反って驚いた。しかも、ハクは紅葉から見ても分かるほどに強い神気を放っているのである。ハクを指さす紅葉の手はプルプルと震えていた。
「ふふーん、あたしとハクは昔からの仲だよ!」
そんな様子の紅葉を見て、緋月は勝ち誇ったように腰に手を当てた。ハクもニコニコと笑ったまま、緋月の言葉に頷いていた。
「昔……? ってことはお前、記憶戻ったのか!?」
緋月の説明にハッとした様な表情になった紅葉は、先程とは違った種類の驚きに包まれていた。
「えへへ、ちょっとだけね! って言うか、ハクのことだけだけど……」
「いや、上々だろ! 良かったな緋月!」
「うんっ!」
頬をかいて笑う緋月を他所に、紅葉はまるで自分のことのように目を輝かせて喜んだ。それにつられて緋月も笑顔になった。
「……緋月? いつの間に帰ってたんだ、おかえり」
そこへ十六夜が二人の従者を伴って現れた。
片方は先程も世話になった影津で、もう片方は影津と同じく十六夜の筆頭秘書である
「あっおにぃ! それに影津にぃも御景ちゃんも! ただいまっ!」
緋月の言葉に、影津はおかえりなさいませと頭を下げて、御景は嬉しそうに手を振る。彼女は影津とは違って自由奔放であったが、それでも優秀なことに変わりはないので傍に置かれているのである。
「……! 白虎……! ……いいや、今はハク、かな……おかえり」
従者と妹の交流を微笑ましく見ていた十六夜は、不意に見知った顔が同じ様に笑っていることに気付いて、感極まったように声をかけた。
「ただいまなんよ、十六夜ぃ〜」
帰還を喜ぶ十六夜の言葉に、ハクは誇らしげな表情でただいまと返した。
「あれ? おにぃとハクって知り合いなの? ……ってそれもそっか! 本当は晴明様の式神だったもんね!」
二人が旧知の仲であることにキョトンとしていた緋月だったが、ハクは元々晴明の式神であったことを思い出して、勝手に納得していた。
「ふふ、僕とハクは意外と付き合い長いからね……っと、緋月が戻ってきたってことは、準備が出来た……ってことかな」
緋月の自問自答を聞いて可笑しそうに笑っていた十六夜だったが、そのうち緋月が帰ってきたことの意味を悟ると顔つきを真剣なものに戻した。
「あ……、おにぃも紅葉も、遅くなっちゃってごめんね……!」
「いーや、全然問題ねぇよ。怪我してるってことは弐番街道でなんかあったってことだろ? ……俺こそごめんな」
そこで緋月は自分の帰還が遅くなってしまったことを思い出し、おずおずと謝罪の言葉を告げた。しかし紅葉は許すばかりでなく、逆に謝罪の言葉を返してきたのである。
「えぇっ!? 大丈夫だよっ! ハクがいてくれたおかげで大怪我はしてないし、こんなのすぐに治るって!」
思ってもみなかった紅葉の行動に驚きつつも、緋月は問題ないというように胸を張って主張した。その様子に紅葉は、苦笑の様な表情を浮かべたのだった。
「さて、二人とも、準備はいい? この妖街道自体を動かすから、結構揺れると思うよ」
緋月と紅葉が話す間に、何やら傍に控えていた従者二人に指示を出していたらしい十六夜は、くるりとこちらを振り返って問うた。
「大丈夫っ!」
「おう、平気だぜ!」
その問いかけに緋月も紅葉も勢いよく頷いた。二人の表情は、これから起こることに期待しているようなものであった。
「よし、それじゃあ……始めるよ。全員扉から離れてて」
十六夜はそんな二人の様子を見て微笑むと、全員に鉄扉の前から離れるよう促した。そうして鉄扉の前には自分だけになったことを確認すると、集中するように息を吐いて印を結んだ。
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