太郎たち~桃栗三年柿八年~

爪隠し

太郎たち


「くっ、もはやここまでか」


「観念するんだな、下等生物。所詮人間に我らを倒せるはずがないのだ」


 道中は結構うまくいっていたと思う。

 お婆さんから貰ったきびだんごで餌づけした犬、猿、雉を引き連れて鬼ヶ島に来るまでは良かった。

 しかし、鬼どもの領域に侵入し矢を射かけられた途端、畜生どもはあっという間に逃げていった。

 なんと恩知らずな奴らか。

 せめてきびだんご分の戦働きをしてから逃げて欲しかった。

 まぁ、奴らの危機察知能力はさすが野生動物と言えなくもない。

 現にこうして俺は負けかけているのだから。


「最後に言い残すことはあるか?」


「ひとつだけ」


「ほう? 言ってみろ」


「俺は……」


 前々から思ってたんだ。

 俺はみんなと違うんじゃないかって。

 見てくれは同じでも、どこか違和感があった。

 周りの男どもは女人に興味津々だったが、俺は一切興味が湧かない。

 侍ごっこなどという野蛮な遊びに興じ、相手が怪我をする可能性も考えず肩を叩き合い、友好表現をしている彼らを見てなんと恐ろしく感じたか。

 根本的に俺と彼らは違うのだ。

 そう、俺は………


「俺は、人間じゃない! 桃から生まれたんだから、桃なんだ!!」


 考えてもみて欲しい。

 人間から生まれるのは人間、猿から生まれるのは猿、蛙から生まれるのはオタマジャクシ、じゃあ、桃から生まれるのは?

 当然桃だろう!


 人間どもは女人の尻を追いかけるが、俺は桃の艶かしいカーブと柔らかな産毛、赤く染まった肌に興奮する。

 肩を叩くなんてなんと危険な。わずかな衝撃で傷がつき、酸化してしまうんだぞ!

 痛々しくも茶色く染まった柔肌を今まで何度見て来たことか。


「そんな野蛮な人間どもと一緒にしないでもらいたい!」


「ほう、では何故我らに敵対する」


 人一倍打たれ弱い俺はお爺さんとお婆さんから疎まれている。

 肉体労働をするとすぐに傷つき、食事は富士山の湧き水しか受け付けない。

 金を稼げないのにやたら高い食事代。

 そりゃあ厄介払いもしたくなる。

 俺が生まれてから丁度3年。

 他の人間とは違いあっという間に成長する俺を面白半分で観察していただけらしい。

 成長しきった俺には、もう見るべきところはない。

 そんな彼らでも、大人になるまで俺を育ててくれたことに感謝している。

 彼らに対する最初で最後の恩返しとして、言われたとおりに鬼退治に来た。

 もしも生きて帰れたら、桃の木がたくさん生えているという桃源郷へ行こうと思ってた。


「ふん、確かに人間よりはマシな存在のようだ」


「俺は桃だからな。桃は瑞々しくてほのかに甘い。自分がお人好しなのはわかっているさ」


「だが、我らの同胞を傷つけようとした罪、ここで償ってもらわなければならぬ」


 あぁ、短い人生だったな。

 最後に愛しのピーチちゃんに一目会いたかった………


「死ねぇ!」


「させるか!」


 ガキイィィィン


 2つの剣線が交差する……かと思いきや、それは少し違った。

 死を覚悟していた桃太郎が顔を上げると、そこにいたのは蓑を纏った小柄な男。

 鬼の剛力にも屈せずその刃を止めているのは、細くてなんとも頼りない、剣と言って良いのかわからない代物。

 全体が針のように鋭く尖っており、鬼の刃のわずかな面積に当てて止めている。

 なんという技量か。


「やぁやぁ、我こそは栗から生まれた栗太郎。いざ尋常に勝負!」


「小賢しい!」


 高度な剣戟の応酬が始まるかと思いきや、横から飛んで来た矢に膝を射抜かれ早々に戦いは終わる。


「ひ、卑怯な!神聖な決闘に横槍など」


「自分から包囲に突っ込んで来て何を言うか。お前も、最後に言い残すことはあるか?」


「それならば……」


 私は栗から生まれた栗太郎。

 お爺さんが山で柴刈りをしていると山頂の栗の木から落ちて転がって来たそうな。

 途中で野生の熊に刺さらなければ止まらなかったと言う。

「殺す気か!」と言うのがその時のお爺さんの叫び。

 イガをなんとか刈り取って、殻をハンマーで叩き割ると、中から私が生まれたらしい。

 つまり、私の母親は判明しているのだ。

 父親は種だけつけてどこかに突っ立っている木偶の坊らしい。

 最低な父親を反面教師にして、私は家族を大事にしようと心に決めた。

 そんなある日、山の頂上を開発し、祭祀用の広場にする計画が立った。


 母上が危ない!


 なんとかその計画を阻止するべく、村の者たちと交渉した結果「お前が鬼を退治すれば望みを叶えよう」と彼らは言った。

 お爺さんは私が生まれた時に折ったイガを残しており、このレイピアなる武器を授けてくれた。


「いつもの棘のある口撃も有効かも知らんが、こいつを持っていけ」


 前半の言葉は私に友達が出来ない理由らしいが、意味がよく分からなかった。

 蓑を身に纏うとなんだか安心する。

 準備万端で出発した私をお爺さんは暖かく見守ってくれた。

 1ヶ月に渡る旅を終えこの場に来たら、何やら男がピンチではないか。

 見知らぬ人でも、困っているならば助けるべきだ。

 まぁ、敢え無く惨敗してこのザマだが。

 しかし、後悔はしていない。

 何もせずに突っ立っているだけの木偶の坊にはならないと誓っているのだから。

 唯一心残りなのが……


「私は……家族を守りたかった」


「ふむ、お前もそこらの人間よりはマシなようだな」


「栗は我が子を守るためなら、他人を傷つけることもいとわない。自らを突き刺すほどの鋭い信念で包み込むのだ。私のお爺さんは人間だが、そのことを教えてくれた」


「人間にも栗にも良識あるものがいたか。だが、我らの同胞を傷つけようとした罪、ここで償ってもらわなければならぬ」


 再び鬼が凶刃を振りかざす。


「死ねぇ!」


「させるか!」


 ガキイィィィン


 2つの剣線が今度こそ交差する。

 死を覚悟していた栗太郎と桃太郎が顔を上げると、そこにいたのはガタイのいい男。

 鬼の剛力にも屈せず刃を止めているのは、持ち主のガタイに見合った大剣。

 何度か打ち合うその姿は、どこかの侍のようだ。


「次から次になんなのだ貴様らは」


「やぁやぁ、我こそは柿から生まれた柿太郎。いざ参る!」


「舐めるな!」


 高度な剣戟の応酬も、時間にしてみればあっという間。

 決着は早々についた。


「く、無念」


「経験が足りんよ。20年戦場に生きる私に勝とうなど12年くらい早いわ」


 8年しか生きていない柿太郎に勝ち目はなかった。


「最後に言い残すことはあるか?」


「なれば……」


 お爺さんが庭の柿を収穫しようとしたある秋のこと。

 1つだけ異様に巨大な柿がなっていた。

 しなだれる枝からその柿を取り、割ってみると中から赤ん坊が。

 それが我である。

 誰に対しても堅い表情で話すせいか、友達はできなかった。

 終いには「よくもカニの母さんを殺したな!」と冤罪までかけられる始末。

「柿違いだ」と言っても聞いてくれなかった。

 それ以来猿とカニの一味は大嫌いだ。

 8年で大人になった我に元侍のお爺さんは面白半分で剣技を授けてくれた。

 型通りにしかできない我の剣技を見て「まだまだ青いな」と言われたのは記憶に新しい。

 我は、そんなお爺さんの背中に憧れていた。


「我は……渋い男になりたかった」


「何故だろうか、もうすでになっている気がするのは」


 どことなく脱力したような鬼は、桃、栗、柿に背を向けると、仲間を引き連れて鬼ヶ島防衛砦に戻っていく。


「我らが戦っているのは人間だ。果物を潰しても意味はない。立ち去れ」


 唖然とする3太郎達は現状を理解すると、膝を怪我した栗太郎の肩を支えながら帰路につく。


「なぁ、あんた達も人間じゃないのか」


「私は栗だ。それ意外何に見える?」


「柿である」


 続けて桃太郎は問う。


「なぁ、人間と鬼ってどっちが正しいと思う?」


「分からないに決まってるだろ」


「我も分からん。だが……」


 3太郎に沈黙が降りる。

 そこに、年長者の柿太郎の低い声が響き渡った。


「皆それぞれの信念があり、考えがあり、価値観がある。どれも間違っていないのではなかろうか?」


 珍しい柿太郎の長台詞も、会って数分の彼らでは感慨もない。

 だが、それぞれが抱える異質な存在ゆえの悩みを聞いた桃太郎には充分に響いた。


「なぁ、こんなこと言うのもなんだが、俺たち似た者同士仲間……いや、友達にならないか?」

「なんとも恥ずかしいことをあっさりと言う。まぁ、いいけどさ」

「かまわん」


 こうして、桃太郎は3匹のお供……ではなく、友達を作ったとさ。


 おしまい



 〜〜余談〜〜


「こ、ここが桃源郷パラダイスか!」


 ある日、大人な雰囲気のある妖艶な桃の木達を前に、興奮を隠さない男が桃農園にいたという。

 桃泥棒として捕まったそうな。

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太郎たち~桃栗三年柿八年~ 爪隠し @hawk_nail

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