老婆の犯罪
結騎 了
#365日ショートショート 126
「あのう、自首をしにきました」
老婆の声は今にも消え入りそうである。昼下がりの陽気に若干の眠気を覚えていた警官は、その突然の申し出に飛び跳ねるように反応した。
「おばあちゃん、いったいどうしたっていうんだい」
老婆は、見るからに人当たりのいい風貌をしている。
「でも、孫に言われたんです。今すぐ自首してこい、って……。孫も泣きながら……」
話しながら力が抜けたのか、老婆は警察署の入り口で座り込んでしまった。
「こ、困ります。こんなところで。何があったか話してください」
「孫はとても優秀な子なんです。正義感が強く、昨年警察学校に入りました。勤勉で、真面目で、素直で、正直で……。そんな自慢の孫に罪を咎められ、私、私……」
なんだ自分の後輩になるのか。って、今はそれどころではない。老婆は自責の念からかこちらの声に耳を貸そうともしない。自分の気持ちが溢れてしまったのか、混乱しているのか、言葉を零すので精一杯なのだろう。
「そうだね、おばあちゃん。それは辛かったね」
警官は戦法を変えた。これは、一度このまま喋らせてしまおう。余計な口を挟むでない。
老婆は嗚咽交じりに話し続ける。
「この歳になって、まさかお金に関する罪を犯してしまうなんて、思いもしませんでした。でも信じてください。私は悪気があったわけじゃないんです」
ほう、お金に関するトラブルか。振り込め詐欺関係だろうか。
「でも、孫が言うんです。悪気があったかどうかは関係ない。やってしまったことが犯罪なら、罪は償うべきだと。司法に感情は入ってはいけないんだと」
ううむ、なかなか優秀なお孫さんかもしれない。若くして立派にポリシーを持っている。
「もう老いぼれですが、犯してしまった罪は償います。私をどうか逮捕してください。余生が刑務所になろうと、構いません。孫のために、立派な祖母でありたいのです。こんな私ですが、せめてけじめだけは……」
なんだか話が大事になってきた。本当に、裁かれるべき事件なのだろうか。詳しく問い詰めたい気持ちをぐっと堪えながら、警官は老婆の次の言葉を待った。めそ、めそ。しく、しく。老婆は言葉を詰まらせながら、罪状を口にした。
「あの日、孫のために米と野菜を送ったのです。段ボールにたっぷり詰めて……。その時、服のひとつでも買ってもらおうと、封筒に、その、数万円を入れて、段ボールに封をしました。そうしたら、孫が血相を変えて電話を……」
老婆の犯罪 結騎 了 @slinky_dog_s11
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