第12話 みーちゃん、ポンコツマウンティングを続ける
面会室で、みーちゃんは私を睨み付け「私を笑いに来たんですか」とかなりの喧嘩腰であった。
「また冤罪なんでしょ」と山田さんに言われ、泣きそうな顔で頷いた。
そこで、みーちゃんがぽつりぽつりと語ったのが、以下の内容である。
みーちゃんは清掃のパートを始めたらしい。だが、そこで同僚の財布がなくなる事件が発生し、新入りのみーちゃんが疑われた。職場の人に対し、みーちゃんはおかしな発言をしたようで、さらに疑いは深まり、警察で取り調べを受けることになってしまった。
「仕事先の人の財布を盗ったのはどうして?」
「盗ってません。要らないのかなって思っただけです」
「要らないだろうから、自分がもらっても問題ないと?」
「違う違う!」
「で、財布はどこに隠したの」
「隠してません!」
「じゃあ、財布はどこにあるの」
「捨てたんだと思います」
「なるほど。捨てたんだね」
「はい」
そうだ、自分は盗っていないのだ。でも、ぼろぼろの財布だったから、きっと持ち主は要らないと思って捨てたのに違いない。それを刑事にわかってもらえてほっとした。
そうしたら、なぜか逮捕されたのだという。
私も山田さんも鴻上さんも頭を抱えた。
「もっとほかの言い方ができないもんかなあ……」
「私が悪いって言いたいんですか!」
みーちゃんはどうも私につっかかる。
「みんなして私を馬鹿にして……私ばっかり責めて……いじめて……ひどい」
「誰もあんたのこといじめてないって。そりゃ冷たくしたときもあったけど」
鴻上さんにそう言われて、みーちゃんは嗚咽をもらした。
「私が若くて可愛いからって……。その上社員さんと結婚したからみんな僻んで……」
やれやれ、と山田さんが苦笑しながら立ち上がった。
「やっぱり冤罪みたいだし、ちょっと刑事さんに話をしてこよう」
「な、なんでそんなこと……。山田さんには関係ないのに。そういう仲良しごっこみたいなのキモイからやめてください。私さっぱりした男みたいな性格だから、裏表のある女の仲良しごっこは嫌いなんです。どうせ裏では陰口言うくせにキモイ」
「仲良しごっこねえ……」
それきり山田さんが黙ってしまったので、思わず私が横入りして答えてしまった。
「みーちゃんはおかしなことをいっぱい言うけど、本当に悪気がないんだよね。だから、さすがに逮捕ってのは放っておけなくて」
鴻上さんも頷いた。
「話し下手すぎて二度も逮捕されるなんて、フォローの一つも入れてやりたくなるじゃない」
「ひどい、そんなふうに私を馬鹿にして……」
「馬鹿にしてるっていうか……。まあ、馬鹿にしてるか」と私。
「そうだねえ。正直ポンコツだと思ってるかな」と鴻上さん。
「ひ、ひどい! うう……うわあああ!」
みーちゃんは大声で泣き出した。
「私ばっかり、私ばっかりいじめられる! わああああ!」
黙っていた山田さんが、やっと口を開いた。
「情けは人のためならずってね」
「う、ぐすっ、なんですかそれ」
「パートの心得ってところかな」
「はあ?」
「たしかに私たちは仲良しごっこをやってるのかもね。本当に仲良しなわけじゃないし。実際に嫌いな人もいるから。でも、波風たたないよう気を遣って、助け合ってるわけ。それもこれも女がパートで仕事をしていくためには必要なことなんだよね。もちろん陰口を言うことだってある。そうやってガス抜きすることで、付き合いを続けられるんだよ。そんな馴れ合いはごめんだっていうんだったら、人の何倍も優秀になって、社員になって出世すればいい。そんなら生理痛で休んだって妊娠したって、子宮筋腫で入院したって誰も文句は言わないだろうからさ」
みーちゃんはきょとんとしている。きっと話が理解できないのだろう。それも無理もない、彼女はまだ19歳なのだ。
私は山田さんの言ったことがなんとなくわかる気がした。パートは立場が弱い。とくにうちみたいに社員は男性ばかり、パートは女性ばかりというような会社では、女性の病気で入院しただけでシトザキみたいな社員からブーイングを受けてしまうし、お偉いさんたちも庇ってはくれない。妊娠するのだってクビを覚悟しないといけないのだ。女同士で助け合っていかないと、働きながら女の人生の山あり谷ありを越えていけない。好きとか嫌いとかより優先すべきことがあるのだ。大ベテランの山田さんが言いたいのは、そういうことなのかなって私は思った。
そういえば、桃山さんがいじめられていたときに、私たちパートはあまり積極的に桃山さんを守ろうとはしなかった。お給料が私たちの3倍近いのだから、SOSぐらい自分から発しろという気持ちもあったし、私たちパートが待遇面で苦労していても見て見ぬ振りができる立場にいる人は、しょせん私たちの「仲間」ではないのだ。
みーちゃんはむかつくし感じ悪いことも言うけれど、一度はパート仲間になったんだからさ。まあ、ちょっとした手助けぐらいならしないとね。そういう文化が私たちパートを会社や社員たちから守ってきたのだ。
「何の話ですか。意味がわかりません」
そうだろうねと私たちは頷いた。
「まあ、若いうちはぴんとこないかもね。もうちょっと年取ったらわかるんじゃない?」と鴻上さんは言ったが、
「いや、逆にわからないほうが幸せかもね」と山田さんは言った。
「きっとわからないほうがいいんだよ、パートの心得なんてもんはさ。まだ若いんだし、頑張って社員を目指しなさいよ」
「……」
結局。みーちゃんは不起訴となり釈放された。私たちパートの訴えが通じたわけでもないだろうが、多少は刑事さんの印象も良くなったのではないか、と思ってしまうのは自惚れだろうか。
みーちゃんは清掃の仕事をやめ、再び弊社に戻ってきた。謝罪や感謝の言葉は特になかったが、深々と頭を下げたので、まあしょうがないねえと、そんな感じで。今はパートとして一緒に仕事をしている。
「私が若くて可愛いからみんな僻む」って相変わらず言ってるけど、誰も相手にしてない。それどころか、鴻上さんなんかは「でた、十八番! いよっ、シトザキ夫人!」と合いの手を入れたりしている。「シトザキ夫人じゃないです!」とみーちゃんはムキになって怒るが、鴻上さんはニヤニヤしている。
「ほら、口を動かしてないで手を動かしなさい」
山田さんが二人を叱る。それにみーちゃんが抗議する。
「だって、花嫁の等身大パネルを包むなんて、サイズが大きすぎて私にできません」
「仕事なんだからやらないと」と私。
「なんでですか、私できないって言ってるのに、どうして意地悪言うんですか。私が可愛いからって嫌がらせするなんて幼稚だと思います」
「はいはい。いいから包んで。全部で200体あるからね」
「大体、等身大パネルを引き出物にするとか、この夫婦って頭おかしいんじゃないですか」
「こらっ! お客さんの悪口を言うんじゃないよ」と山田さん。
「やーい、叱られたー」と鴻上さん。
「ひどい……私ばっかりいじめられる……なんでオバサンって性悪なんですか!?」
とりあえず、職場は平和になりました……ってことでいいのかな?
いつか会社の体質そのものを変えることができて、スキルのある山田さんのような女性が正社員になれるように変わっていければいいと思う。これまで、そんなことは絶対に不可能だと思っていた。シトザキがいた頃はうちって本当にパートの地位が低かったから。パート女性が実名で子宮の病気のことをネットに書き込まれても、シトザキはお咎めナシなほどに。でも、シトザキがいなくなって、ほかの社員さんたちが目に見えて変わってきた。もちろん良い方向にだ。
パートの待遇について、たとえば病休の権利とか、今まではもらえなかった残業代とか、スキルのある人の正社員引き上げとか、もしかしたらって、会社に働きかけてみるのもいいかもって、最近は思うし、行動してみてもいいんじゃないかと思っている。
<完>
シトザキ、てめえ、このやろう ゴオルド @hasupalen
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