第11話 シトザキ、いいかげんにしろ


  シトザキはパート女性たちを睨み付けるようにして社内を進み、私を見つけると、ぎっ! とさらに目に力をいれて睨み付けながら、私に突進してきた。逆上しているから顔が真っ赤だ。

「さんざん人に嫌がらせをしておいて、よく仕事を続けられるもんだ」と掴みかからんばかりの距離でシトザキは吠えた。つばが飛んできそうで、私は気持ちのけぞりながら応戦した。

「人に嫌がらせをしていたのはどっちですか。桃山さんの放火だって、あなたのいじめが原因じゃないですか」

「なんで俺のせいなんだよ。桃山はなんか勘違いしてたみたいだけど、俺はいじめたりしてないのに。ちょっとイジッてただけだろ。それを俺が悪いみたいな言い方するな、このセクハラババア!」

「なっ、あんだけいじめといてよく言いますね。それにセクハラババアって言わないでください!」

「ま、まあまあ」と、遠くから課長が声をかけてきた。間に割って入る勇気はないらしい。

「それで、訪問の理由は? 何か忘れ物でも?」

「聞いてくださいよ、課長ぉ」

 シトザキは甘えた声を出した。おえっ。

「飲食店に食材を配達する仕事をしているんですけど、届け先のカフェのババアがひどいんですよ。ちょっと手が滑って道路に落しただけの商品を受け取り拒否しやがるんですよ。落したぐらいじゃ大して汚れてないのに」

「そんなの商品を落すほうが悪いんじゃないんですかー」

 シトザキは私を無視した。しかし、顔の赤さがより濃くなった。

「そのババアも最初のころは俺に笑いかけてきたりして、誘う気まんまんでキモかったんですよね。だから無視してやったら、こういう嫌がらせをするようになったんです。本当に女ってエロイことばかり考えているから困りますよ。独身男性ってだけで目の色かえて追いかけてくるの、まじ死んでほしい」

「はあ、はは、そうかね……」

「何言ってるんですか。誰もシトザキなんか好きじゃないし、誰もシトザキと付き合いたいなんて思ってませんよ。勘違いも大概にしなさいよ」

「しとざき……? 誰」

 シトザキは自分のあだ名に引っかかったようだ。そこ? ほかにもっと言い返したいことなかった!?

「シトザキってのは、あんたのことよ!」

「はあ?」

 訳が分からないという顔である。まあ、そりゃそうか。

「とにかく、女に色目使われて困ってるってあんたが思ってるのは、全部勘違い!」

「なんだと!? セクハラしておいてよく言うよ。不倫しろって迫ったくせにさあ」

「迫ってない!」

「シトザキさん、ほんと勘違いしてるよ」

「そうよね。シトザキさんに好意を持っている女性なんて、みーちゃん以外に見たことないわ」

「言っちゃ悪いけど、女に嫌われるタイプだよ、あんた」

 パート女性たちから本音をぶつけられ、シトザキは狼狽え始めた。

「な、なんだよ、みんな俺に可愛がってほしいって争ってたくせに、クビになった途端に手のひら返すのかよ」

「いやいやいや、それが勘違いなんだって」

「そうそう」

「女の言動は全て恋愛に誤変換しちゃうんだよね、シトザキさんって」

「恋愛脳ってやつなのかな?」

「あー。それ昔流行ったね」

 シトザキは顔だけでなく耳や喉までどす黒く真っ赤になって、口をへの字に結んだ。

「俺に振られた腹いせに暴言を吐くとか最低だな。あんたらの夫が気の毒でたまらないよ」

 そう吐き捨てると、シトザキは走って職場から出ていった。「パートのくせに、女のくせに生意気なんだよぉぉー!」とどこかで叫んでいる声がした。

「で、結局あいつは何をしに来たんだ?」

 課長のつぶやきに、誰も返事をしなかった。



 そのからもシトザキは新しい勤め先でも女性とトラブルばかり起しているらしい。そして、ストレスがたまるとどういうわけか弊社までやってきて愚痴をこぼしていくのだった。さぼってないで仕事しろ。

 ある日、セクハラ対策委員会で顔見知りになった部長が、私たちの作業エリアに顔を出し、「彼も結婚したら落ち着くかもしれないから、誰か良い人を紹介してやってくれないか」と私たちパートにのたまった。そんな、ヤマタノオロチに生け贄を差し出せば村が平和になるみたいな、そんな馬鹿な話をされましても。

「以前みーちゃんと結婚してたとき、全然落ち着いてなかったですよ」と私ははっきり言った。

「あんな短期間の結婚、同棲未満だろう。もっとちゃんと家庭を持てば、彼だってさあ」

「無理ですよ。それにね、部長。結婚して幸せになりたいと思っている女性にシトザキは紹介できませんよ」

「いやいや、案外ああいう男がいい夫になったりするもんだよ」

「桃山さんをいじめて喜ぶ男がですか?」

「……」

「シトザキって性格が悪い上に、尊敬できる部分がゼロなんですけど。そんなシトザキと気が合う女性って相当なクセモノでしょう」

 みーちゃんみたいに、と心の中で付け足す。

「そんな夫婦が爆誕したらそうとう面倒ですよ。お互いの悪い部分を高め合って、ちょっとしたことで会社に怒鳴り込んでくるような夫婦になると思いますけどね」

 部長は顔をしかめて、それ以上何も言わなかった。長年の仕事の経験から、何か思い当たることがあるのかもしれない。


 その後、風の噂によると、シトザキは勤め先をクビになったらしい。女性に対する誹謗中傷がひどかったそうだ。あとうちでサボっているのがバレたのも大きいらしい。アホすぎる。

 それきり本当の本当にシトザキとは縁が切れた。Facebookの更新も止まったままだ。シトザキと仲良くしていた社員が言うには、再就職先が見つからず落ち込んでいるらしい。自業自得、いや因果応報か。桃山さんをいじめなければ弊社のようなぬるま湯企業をクビになることもなかったし、パートからの苦言に少しでも耳を傾けていれば次に入った会社でもうまくやっていけたに違いないのに。シトザキはみずから自分の将来を暗い物にしてしまった。シトザキは職が見つからないまま月日は流れ、いつしかうちの社員とも連絡を断ったそうである。

 今シトザキはどこでどうしているのかわからない。だが、きっと「どのババアも俺を狙ってやがるから困る」と相変わらず思い込み続けて、女性とトラブルを起しているのではなかろうか。ひょっとするとネットで女叩きとかやってるかもしれない。




 あともう一つ、これまた風のうわさでみーちゃんがまた逮捕されたと聞いた。もちろん冤罪だろうなあと思って、パート達で留置所まで面会に行った。


 <つづく>

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