第2話

 給食のあと、僕は彼らから報告を受けた。長谷川さんと伊藤さんからの報告は、今朝、長谷川さんが言ったとおり、目撃情報はなかった。山田と内野は小屋の中、その周辺の検証結果、小屋内は穴だらけでひどく荒らされていたという。小屋の外は人が踏み荒らした形跡はなく、清掃道具もきちんと片付けられていた。

「当り前よ。清掃道具はあたしたちがちゃんと片付けましたから。それと、小屋内が穴だらけで荒らされていたんじゃなく、あれはウサギたちがやったのよ。彼らの遊びなのかしらね?」

 彼女はウサギの習性を知らないようだ。


「ねえ、長谷川さん。ウサギの種類は何?」

 長谷川さんは少し考えて、

「ウサギに種類なんてあるの?」

 と逆に質問された。

「あるよ。代表的なのは、アナウサギ、ノウサギ、ユキウサギ。ウサギの写真はある?」

「写真はないわ。ところで、ウサギの種類がこの事件に関係あるの?」

「もちろん。アナウサギなら、土に穴を掘って、トンネルを作ることもある。彼らは自ら脱出したのかもしれない。山田、内野、もう一度現場へ戻るぞ。見落としていることがあるかもしれない」

 しかし、無情にも昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「この続きは放課後だ」


 放課後、僕らは一旦、自宅へ帰ってから現場に集合した。

「みんな集まったね。それじゃ、手分けして、ウサギの脱出経路を探そう」

 僕の推測で、ウサギの種類はアナウサギと仮定して、脱出経路を見つけ出す事にした。山田と内野は小屋の中、長谷川さんと伊藤さんは小屋の裏、僕は側壁を探した。

 ほどなくして、

「あった!」

 長谷川さんが声を上げた。


「やっぱり、ここから脱出したんだ」

 小屋の裏側は膝下くらいの草が生えていて、それをかき分けると、その穴はあった。

「それじゃ、ウサギたちは逃げてしまったのね」

 伊藤さんが悲しそうに言った。盗まれたのなら、犯人を捜して取り戻せばいいが、逃げてしまったとなると、彼らを見つけ出すのは容易な事ではなかった。

「ところで、ウサギは何匹なんだ?」

 今さらながら、内野が数の確認をした。

「ウサギの数え方は何羽って言うのよ」

 長谷川さんが得意げに言った。

「なんだよ。ウサギは鳥じゃねぇぞ」

「でも、昔からそう数えるのよ」

 内野と長谷川さんの問答が続きそうだから、あえて口をはさんだ。

「内野も長谷川さんも間違ってはいないよ。ウサギを何羽と数えるのには複数の説がある。僕は仏教の考え方を支持するよ。四足の動物は食べてはいけない。だから、ウサギを鳥と見立てて数える。けれど、動物の数え方の基本は、ウサギも含め匹であるというのを、なにかの本で見た事があるよ」

「そうなのか。お前、相変わらず物知りだなぁ」

「学校の勉強も、それくらい熱心に取り組んだら、学年トップになれるのにね」

「そりゃどうも」

 内野も、長谷川さんも僕を褒めているのか、けなしているのか。そのやり取りを見て、伊藤さんが口元を隠しながら、控えめに笑っている。いつも、ほとんどしゃべらないし、物静かな人だ。


「ウサギ、どうやって探すの?」

 山田が冷静に言った。ウサギの数は五体で、雌雄は分からず。長谷川さんがウサギの飼育係になってから数か月、その間、繁殖はなかった。ウサギは交尾から出産までおよそ一月。となると、すべてが同性か、避妊手術を施しているか。どちらにしても、数が増えていないなら、探すのは五体だけ。写真がないのは困りものだ。ウサギといえども個体にはそれぞれ特徴はある。それが分かれば、探しやすいのだが……。

「ウサギの写真がないなら、絵をかいて描いてくれないかな?」

「あたしは無理よ」

 長谷川さんが即答。分かっている、彼女は絵を描くのが苦手なことは。あとは伊藤さんに賭けるしかない。

「わたしは……。ウサギの特徴は分かるけれど、上手に描けるかは自信がないわ」

 ウサギ捜索の準備のため、僕らは秘密基地へ移動した。伊藤さんは自信がないと言いながらも、山田と二人で何とか五体の絵を完成させた。山田もウサギが好きで、よく見ていたらしい。


「よし、これで何とかなりそうだな」

 僕は一度自宅へ帰り、ウサギの絵を何枚かコピーした。それを持って秘密基地へ戻ると、内野と山田がいなかった。

「あれ? 二人はどこへ?」

「内野君が、おなかが空いたって言って、山田君を連れて出かけたわ」

「そっか。仕方がないね。どこへ行ったか分かる?」

「バンバン」

「それじゃ、僕らも行こう」

「焼き鳥は食べないわよ」

「分かっているよ」

 バンバンというのは、焼き鳥屋の名前で、僕らが腹ごしらえによく行く店だ。


 内野たちは、焼き鳥屋の前にある中央公園にいた。

「よう!」

 内野がご機嫌に手を挙げた。どうやら腹は満たされたようだ。

「それじゃ、行こうか」

「どこへ行くんだよ」

「R・マリン探偵事務所」

 僕が言うと、

「探偵⁈」

 長谷川さんと伊藤さんが同時に言った。

「猫探しのエキスパートなんだ。何かヒントをくれるかもしれない」


 R・マリン探偵事務所は、藤ヶ丘五丁目の雑居ビルの二階にある。中央公園の近くだ。僕らが尋ねると、

「なんだ? 金もないガキどもが、仕事の邪魔だ。とっとと帰れ!」

「そう邪険にしないでくださいよ。良知さん」

 相変わらず暇そうだ。彼の名は良知らちかい。僕らを見るなり、面倒くさそうに追い払おうとした。

「あっ……。あのぅ、探偵さん……」

 いつも長谷川さんの後ろに隠れている伊藤さんが、僕らの前に出てきて、色白の顔を真っ赤にして、一生懸命に声を絞り出していた。それを見た良知が驚いて、

「おっと、これは失礼しました。レディがご一緒とは気が付きませんで。どうしましたか、お嬢さん」

 ガラリと態度を変えた。

「なんだよ、良知ぃ。俺らと扱い違うじゃないかぁ」

 内野が不服そうに言った。

「おい、お前、大人を呼び捨てにするな。それで、お嬢さん、私に何か御用ですか?」

 内野に厳しく言って、伊藤さんに優しく話しかけた。

「あのっ、ウサギが居なくなってしまって、探しています。探偵さんが、猫探しのエキスパートだとお聞きして、探し方のコツを教えて頂きたくて……」

 良知は伊藤さんに笑顔を見せた後、僕をギロリと睨んだ。

「いやーっ。ときどき猫を探して欲しいという依頼もあってね。まあ、仕事なのでそれなりにコツもありますが、猫とウサギでは習性が違います。ウサギが居なくなったのはいつですか?」

 良知に一通り説明して、ウサギの絵を見せた。

「よし、ポスターを作ろう。この絵にもっと細かい情報を乗せて、印刷して配るんだ。ウサギは臆病だからね、知らない場所は不安になる。遠くへは行っていないはずだ。狭い範囲で暗がりや穴、狭いと所を探すんだ」

 結局、良知はポスター作りから、捜索まで協力してくれた。


「そろそろ、暗くなってきた。君たちはもう帰りなさい。お前ら、レディたちを家まで送るんだぞ」

 良知は、女子には優しく、男子には厳しくそう言った。


 次の日の放課後、僕らは良知の探偵事務所を訪れた。

「おう、ガキどもしっかり勉強してきたか? お嬢さん方、よく来てくれましたね。お待ちしていましたよ」

 よくも、こうコロコロと態度が変えられるものだな。

「あのっ。昨日はありがとうございました。ポスターを見た方から、ご連絡とか、ありませんでしたか?」

 伊藤さんが、目を伏せながら、恥ずかしそうに聞いた。

「君のお探しのウサギたちは、こちらで宜しかったですか?」

 良知は、足元に置かれた四角い箱状の物に被せてあった布を取って見せた。

「わぁー! 嘘みたい。ノブナガ、ヒデヨシ、イエヤス、シンゲン、ケンシン。みんな無事だったのね!」

 伊藤さんは、ゲージの中のウサギたちを見るや否や、大きな声を張り上げた。

 僕らはしばらくあっけにとられた。


「結局、探偵の良知さんが見つけてくれたのよね」

 長谷川さんの一言が、僕らにとってはきつい一言だった。けれど、ウサギは無事に見つかったし、伊藤さんが嬉しそうだったし、ハッピーエンドかな?


 僕らのホームページでは、良知の活躍によって解決したことを報告した。結果、R・マリン探偵事務所のいい宣伝となった。

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ウサギ失踪事件~藤ヶ丘少年団~ 白兎 @hakuto-i

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