ウサギ失踪事件~藤ヶ丘少年団~

白兎

第1話

「吉田君、事件よ!」

 僕が教室に入ると、長谷川美佳のけたたましい声が僕に向けられた。

「どうしたの? 朝からそんな大きな声で」

「ウサギが居なくなったのよ」

 僕の後ろから入って来た内野が、

「は?」

 と言って、興味なさそうに自分の席に着いた。

「誰のウサギ?」

 と僕が聞くと、

「学校で飼育しているウサギたちよ。昨日までは居たのに、今朝見たら、みんな居なくなっちゃったのよ。誰かに盗まれたんだわ」

 長谷川さんは興奮気味に言った。

「まあ、落ち着こうよ。もうすぐ朝礼だから、詳しい話しは後で聞くよ」

 その後も、音楽や理科で教室の移動、体育があって、話しが聞けたのは昼休みになってからだった。


「それで、事件の経緯を話してくれないか?」

 やっと話せるとばかりに、長谷川さんはせきを切ったように話し続けた。

「なんだよぅ。吉田、こんなくだらない事、どうでもよくね?」

 内野はつまらなそうに言った。

「なんてことを言うのよ! みんなのウサギなのよ。内野君のウサギでもあるのよ!」

 それは違うと僕は思った。

「ウサギが居なくなっただなんて、大事件じゃないか」

 朝礼ぎりぎりで登校してきた山田は、このとき初めて『ウサギ失踪事件』を知った。


 長谷川さんの話しによると、昨日の放課後、隣の六年二組の伊藤さんと二人でウサギ小屋の掃除と餌やりをして、ゲージはしっかり施錠したとのこと。ウサギの飼育は朝と放課後の一日二回の掃除と餌やりだという。

「それで今朝、ウサギの世話をしようと小屋へ行ったら、ウサギが居なくなっていたと言う事だね。施錠もしてあった」

「そうなのよ」

 話し合いをしていると、伊藤さんが教室の外でこちらの様子を窺っていた。

「あら、ゆうちゃん。入って来てよ」

 長谷川さんが言うと、伊藤さんが失礼しますと、よそよそしく入って来た。

「今、話していたところよ」

「状況は長谷川さんから聞いているよ。ウサギが盗まれたかどうかは分からないけれど、居なくなったのなら探さないとね」

「おい、おい。それって、俺らがやるってことかよ?」

「あら、決まってるじゃない」

「ウサギなんて、俺には関係ないし、興味もないぜ」

 内野は、まったく乗り気じゃないようだ。

「じゃ、正式に依頼します。『ウサギ失踪事件』を解決して」

「山田、内野。この依頼、受けるか多数決だ」

「僕はウサギを見つけ出したいね」

「僕も、この件を解決しないと、何だか気持ちが悪いな」

 山田と僕が賛成、二対一で依頼を受ける事となった。

「という事で、この依頼を受けるよ。放課後、秘密基地に集合だ」


「それで? なんで女子が来てるんだ?」

 内野が不服そうに、長谷川さんと伊藤さんを見た。

「あら、あたしたちは飼育係よ。ここにいて当然じゃない」

 長谷川さんが、腕組みして言った。

「みんな、仲良くやろうよ」

 山田がなだめると、内野も長谷川さんも落ち着きを取り戻した。

「よし、それじゃいくよ。『ウサギ失踪事件』ミッション開始!」

 僕が言うと、

「おう!」

 山田と内野は拳をかかげて言った。

「え? 何? それ、あたしたちもやるの?」

 長谷川さんが言うと、

「仲間なら当然だ」

 と内野が返した。長谷川さんは伊藤さんと目を合わせて、うなずき、

「お、おう……」

 控えめに拳を上げた。

「それじゃ、作戦会議を始めるよ。捜査の基本は現場検証と聞き込みだ。分かれて行動する。聞き込みは長谷川さんと伊藤さん、現場検証は山田と内野、僕は情報をまとめる」

 僕は腕時計を見て、時間を確認した。

「今は三時半だ。それぞれ調査を開始して、五時には帰宅してくれ。女子はもっと早くてもいい。親が心配するからね。それぞれ集めた情報は、明日報告してくれ。それじゃ、

 僕の好きなスパイ映画のセリフを最後に言ったが、彼らは気付いていなかった。


 僕は自宅へ戻り、パソコンを開いた。『藤ヶ丘少年団』というタイトルのホームページを開くと、今回のミッションを公開した。

『ウサギ失踪事件』

 ホームページでもこの件についての情報提供を呼び掛けた。このホームページでは、僕らの活動を公開し、ミッションのための情報の提供を求めたりしている。


 僕はウサギに興味がなく、種類や習性など知らなかった。そこで、ウサギについて調べてみた。


『ウサギの飼い方・ウサギの種類・ウサギの習性』

 まず、ウサギの飼い方について、朝晩の二回の餌やりと掃除。

「世話も大変だな。これを毎日やるのか? と言う事は、長谷川さんたちはこれを欠かさずにやっているのだろう」

 僕は動物を飼ったことがない。飼いたいとも思わない。麻里が猫を拾って飼いたいと母に懇願したことがあった。まだあいつは幼稚園児だった。自分で責任もって世話ができないなら、飼う事は認めないと母は言った。小さな麻里にも、その意味が分かったようだった。命の大切さを理解し、猫を飼うのを諦め、近所の猫好きのおばさんに預けて、毎日遊びに通うようになった。


「生き物の世話なんて、覚悟を持たないと出来るものじゃない。長谷川さんたちはウサギを大切にしていたんだな。早く見つけてやらないと」


 ウサギの種類について調べてみると、アナウサギ、ノウサギ、ユキウサギ。あとはペット用に改良されたおしゃれな名前が並んでいた。

「アナウサギ? 穴を掘って巣を作るって、もしかして……」



 次の日の朝、僕が教室に入ると、長谷川さんが駆け寄って来た。

「吉田君、おはよう。何か情報は掴めた?」

「それはこっちのセリフだよ。僕はネットでウサギについて調べたのと、ホームページに寄せられた情報しか持っていない。何かいい情報は得られたの?」

 僕が聞くと、彼女は首を横に振り、

「それが全然。あたしたち以外にウサギ小屋に来た人はいない。先生たちも不審者が学校へ侵入した形跡もないって。それじゃ、誰がウサギを連れて行ったのかしら?」

 長谷川さんは顎に拳を当てて、天井を見ながらそう言った。その時、チャイムが鳴り、担任が教室に入って来た。後ろの戸からは山田がそっと入って来た。寝坊ねぼすけの彼は今日もギリギリセーフだった。

「じゃ、続きは昼休みに」

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