非人道的兵器プレグ・ロイド
ペアーズナックル(縫人)
プレグロイド
「ちょっといいか嬢ちゃん?…ブルーベルの花って好きか?」
「ブルーベル…?」
「こんな花なんだが…」
「わぁ…綺麗…」
「綺麗だろう?この花がもっといっぱい咲いている場所へ、行ってみたくないか?」
「うん!行きたい!」
「よし!じゃあ俺と一緒に行こうぜ!」
…私の記憶の中で一番古い記憶を、こんな形で思い出すことになろうとは思いもしなかった…
自動人型兵器、プレグロイドの快進撃は止まることを知らず、とうとう私たちは敵国に無条件降伏のサインをさせるまでに至った。今まで創作でしかみたことがなかったロボット兵器の有用性にはつくづく畏敬の念を覚える。だが、この下腹部についているカント・ハイスペック・トータル・ユニット(CHiTU)のせいで折角の細身体型が台無しだ。プレグロイドという名前も、まるで妊婦のように見えているから、というのが由来なのだろうかと私は勝手に想像した。
今思えば、何故あの中身を覗こうなんて思ったのだろうか。統治政府軍ではそれなりに上位の地位ではあったが、この中身を見るほどの権限は与えられていない。それでも、我々の国に勝利をもたらしたこの同胞の中身を一眼見たいと、整備班の連中に嘘の調査書を突きつけてみたのが全ての始まりだった。本当なら整備班の親父のあの嫌そうな顔ですでに答えは出ていたのだ。
中身を見た私はすぐに嘔吐した。何か物凄いコンピュータでも埋め込まれているのだろうとたかを括っていた私は視界に入ってきた光景を理解することができなかった。でも今はどうにか整理してあの時の光景を思い出さなければならない。そう、CHiTUの中にに入っていたのは…虚げな表情で…頭と臍にコードを接続した…両手足のない…妊婦…それも子供の…!!
そんじょそこらの非人道的戦争行為がおままごとに見えてくるほど、プレグロイドは非道な兵器だったのだ。妊婦がお腹の子を守ろうとするときに発生する「第六感」がプレグロイド開発へと繋がったのだ、あれがあってこそ多大な戦果をもたらした、だと問い詰められた上司が言うが、人権を踏み躙ってまで手にした勝利に価値などあるものか。
そして何より、「戦闘外慰安活動」のお陰で統治政府軍隊員の性犯罪を0にすることが出来たのだ、とあくまでも踏み躙る側の味方をするその態度に怒りを覚える。自らの権限に物を言わせてその放漫な体に何人も跨らせたことを思い出して勃起する股間を隠すように屈むのを見て、私は此奴を完全に見限った。
…戦争が膠着状態を迎えた頃に保護された戦災孤児のうち、思春期の女子だけが忽然と消えた騒動の時期と、プレグロイドが戦争に使われ始めた時期は気色悪いほど一致した。望まぬ子を孕まされ、逃げ出す自由も奪われて、思考にも制限をかけられたまま戦わされた挙句、戦闘が終われば男どもの慰みに使われる。そしていよいよ子供が生まれたら用済みとして「廃棄」され、またその子供が女の子であれば…
統治政府はまだ戦争をやめる気はないらしい。宇宙進出の妨げとなる銀河連邦との戦争に備え、プレグロイドの五回目の増産が決まったという報を受けて、ようやく踏ん切りがついた。この狂った非人道的行為を止めるために、私は統治政府に反旗を翻し、CHiTUの開発研究所、とは名ばかりの人体実験場を襲撃して、彼女達を解放しようと思う。女として、いや人として、このような行為を黙って見過ごすわけにはいかないのだ。子供の頃から好きだったブルーベルの花に、私は固く誓った。たとえこの身を滅ぼすことになっても、一人でも多くの哀れな妊婦達を解放する、と。
私の権限では開発研究所に入ることはできないが、研究所に入れる権限を持つ偽造IDを作ることはできるので、もしもの時にと調べておいたその筋の便利屋を駆使して用意したそれを使い、研究所の中へ堂々と侵入することに成功した。こういう施設なので、女性の軍人が訪ねてくることはまれなので、職員の物珍しそうな目線がとても気色が悪かった。
プレグロイドの中身を見てからここへ向かうと決意した時点で、覚悟はして居たはずだった、しかし私の精神は眼前に広がる、人権をさんざんに踏みにじられておきながらなおもお国の為に搾取され続けている、透明な老化防止生命維持カプセルの中に入れられた四肢欠損の妊婦たちの姿を直視し続けるほどの忍耐力は無かった。何より、このような状況下でなお黙々と顔色一つ変えずに作業を続ける職員たちの姿も異様さに拍車をかけている。
その中でひときわ目立つ大きなカプセルの中に入れられていた、ラスティと呼ばれている個体が、この忌まわしきプレグロイド計画の第一号個体であることは既に調査済みだったが、現場で詳しく調べていくうちにある事実が判明した。彼女はCHiTUとなってからこのカプセルに入れられる間に5人の子供を産み落としているというのだが、そのうちの一人がこの施設から何者かの手によって脱走しているらしい。
「それが君なのだよ。ステファニイ君。」
名前を呼ばれた時には既に取り押さえられていた。あの助平な上司は私だけしか知らない便利屋をいつの間にか感知してうまく丸め込んだらしい。どんな手口を使ったかはこの後の「ご褒美」を想像して膨らみかけている股間を見れば考えなくても分かる。上司はこうなることを承知の上であえて偽造IDを作らせてここへとおびき出されたのだ。
だが私は、今自分が置かれている状況よりも私がこのプレグロイド1号の娘の一人という事に強い関心をもち、「なぜ私がこのラスティの娘と言い切れるのか。」という言葉に変換されて上司の耳に届けられた。奴は当時の監視カメラに写っていたホログラフィ映像で私の質問の答えとした。薄暗い鉄格子の部屋にたたずんでいる一人の少女に、明らかによそ者と分かる服装の男が近づいてきて会話をしている。そして男は手のひらから一つの花を見せたのだ。その花は見覚えがある・・・ブルーベルだ。
私の頭に残っている一番古い記憶と、助平どもに見せられた監視カメラ映像は今ここに一致した。私は、孤児院で何度も言い聞かされたような戦争によって両親を失った戦災孤児ではなく、戦争の勝利のために人としての権限を否応なく蹂躙されている、忌まわしきプレグロイドの最初の犠牲者の娘だったのだ。今ここに娘は親の元に帰ってきたのは果たして何の因果か。
「君は幸運だ。母親と同じくお国の為に役立つ
冗談ではない。誰がこの非人道的な扱いをされて幸運なものか。母と同じ末路をたどるのはごめんだ。私はどうにか拘束を振りほどこうともがくが、こういうときほど女と男の越えられない体力差の壁があることが憎たらしくてしょうがない。戦争という狂気に蝕まれて理性のタガが外れた助平共の好きにはさせない。せめて、この忌まわしき実験の最初の犠牲者である、私の母だけでも助けてやりたい・・・
「(目をつぶれ!!)」
「え・・・?」
「(目をつぶるんだ!!早く!!)」
何処からか聞こえてきた声にあの時私が素直に応じたのは、その声がどこか懐かしいものであったからだろうか。瞼を強く閉じたのはほんの一瞬であったが、その間に手で顔を覆っても防ぎきれない閃光が走ったのをよく覚えている。その閃光が一体全体どのように作用したかは分からないが、この異様な部屋にいる私以外の全員が呆けた顔をして座っていたことは確かだ。部屋に緊急事態を知らせるサイレンが鳴り響く。何者かがこの研究所を襲撃して、もうすでに建物の半分が破壊されているらしい。
何が起こったかを考えるよりもまずここから逃げ出すことが先決だと考えた私は母ラスティを、プレグロイド第一号を生命維持カプセルの中から取り出して一目散にこの部屋を走り抜けた。この部屋もいつ攻撃を受けるか分からない。奥行きが広い部屋を走る私に、他の犠牲者たちの視線が突き刺さる。彼女たちはもう口もきけないほど精神が衰弱しており、私に目線を送ることしか助けを求めるすべがない。そんな彼女たちに私は助けられなくてごめんね、ごめんねと心の中で謝罪を繰り返すしかなかった。
それから私はどのようにしてあの研究所を去り、統治政府の追手も振り切ってこの古びた教会へと逃げ切れたのかはよく覚えていない。ただ風の噂で、統治政府は銀河連邦に宣戦布告する前に何者かの手によって壊滅させられたことと、統治政府が使用していたプレグロイドの残虐性が銀河連邦によって暴かれたこと、すでにこの星は銀河連邦の統治下にはいったことを耳にした。
ようやくこの世のものとは思えない非人道的な試みは終わりを告げたのだ、と母に嬉々として伝えた。母は生命維持装置代わりの電動車いすの上で相も変わらずうつろな目を私に向けていたが、その口元はかすかにほころんでいるように見えた。これからようやく、彼女は兵器ユニットの脱走体としてではなく、胸を張って一人の人間として生きることが出来るのだ。
人間として生きることが出来るようになった彼女が最初に求めたのは、人間としての死だった。脱出してからすぐに取り付けた義手を器用に使って、果物ナイフで果実の皮をむいていた私が離席したわずかな隙をつき、自らの心にそれを突き立てたのだ。私が気付いた時にはもう手遅れだった。母は命の灯を消す寸前に私に精いっぱいの謝罪と感謝を伝えて息を引き取った。
「ご・・・めん・・・ね・・・あり・・・が・・・とう・・・」
それから数年後、行く当てもない私はこの教会で聖職者として生活することになった。母の死体から取り出した遺伝子情報と、私の遺伝子を結合させて産んだ子供ももう5歳になる。この子に母と同じ名前を付けたのは当然母のクローン亜種でもあるからだが、何より不遇な母の分まで幸せになってほしいから、という意味も込めたつもりだ。そして私は教会で毎日祈っている。戦争で亡くなった人の為、あの時救えなかったプレグロイドのCHiTUにされた哀れな妊婦たちの為、そして、その第一の犠牲者である母の為・・・。
素朴な教会ではあるが、私と同じで花が好きな娘の為にこの教会に植えようと手ごろな花の種を探していた時、珍しくこの教会に男が訪ねてきた。クロハと名乗った男は星々を渡り歩く旅人で、この星を発つ前にどうしてもここに寄りたかったのだそうだ。別れ際、男は私に渡り歩いた星の置き土産をくれた。
「いいのですか、このような貴重なものを・・・?」
「いいっていいって、この星に植えても生態系は崩れないし、何よりこの花は貴方のような美人にお似合いですよ。」
「まあ、お上手。・・・ところでこの花、名前はなんて言うのですか?」
「この星に「呼び鈴」というものがあるかどうかわからないけど、俺が使う国の言葉では青い呼び鈴という名前がつけられてる。でも・・・」
男は手品のように手のひらにその花を咲かせて見せた。それを見て私は、全てを理解した。
「この花の原産地ではもっぱら、ブルーベルって呼ばれることが多いですがね。」
それがこのブルーベル教会の名前の由来だ。ブルーベルは今年も可憐に咲き乱れ、そよ風に揺れている。私は、この平和な瞬間が永遠に続くように、今日もまた娘のラスティと共に祈りを捧げるのであった。
非人道的兵器プレグ・ロイド ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle
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