第3話 サプライズ

—3—


 お尻を左右にぷりぷりと振るすももの後を追いかけて行くと、とある一軒家の前で止まった。

 表札には虻川の文字が。そう。ここは芽依の家だ。


 すももが家を見つめて大きな声で吠える。


「この中に金田がいるのか?」


 お菓子パーティーを開くとは言っていたが、なんで金田はこっそり抜けるような真似をしたのだろう。

 トイレに行くと嘘をついてまで。


「おっ、すもも! なんでお前がここにいるんだ?」


 すももの鳴き声を聞いて家の中から金田が出てきた。

 すももの頭を撫でてから抱き上げる。

 一発で金田の居場所を当ててしまうとは、犬の嗅覚は凄いな。それともすももが特別なのか?


「金田がトイレに消えた後に丸岡も1回帰ったんだ。他人の家にオレだけがいるのも変だろ。なんで電話掛けたのに出なかったんだよ」


「悪い。出なかったんじゃなくて、出られなかったんだわ」


「あ、横瀬くんも来てくれたんだね!」


 芽依が玄関のドアを大きく開いたことで、中からお菓子の甘い匂いが広がってきた。

 チラッと芽依の背後に目をやると、他にもクラスメイトの女子が何人かお菓子作りをしているようだ。


「とりあえず外で話すのもあれだし、中に入ろうぜ。芽依、いいよな?」


「うん、私は横瀬くんも招待してたつもりだし全然いいよ」


 金田がすももに外で待っているように言い聞かせると、中に入って行った。

 玄関の前で大人しく待っているすももを見るに、やはり人間の言葉を理解しているみたいだ。賢いな。


 玄関で靴を揃えて家の中に入ると、一段と甘い香りが強くなった。

 これはお菓子だけの匂いではない。女子特有の甘い香りだ。って何を考えているんだオレは。

 女子の家に入るのが初めてだったため、少しばかり興奮してしまった。感動に近いかもしれない。


「横瀬くんはここに座って目を閉じててね♪」


 芽依に言われるがまま椅子に腰を下ろすと、両手で目を塞がれた。

 オレの視界を遮る芽依の手は小さくて温かった。


 目は見えなくても誰かがテーブルに何かを置いた気配は感じた。

 オレの後ろにも芽依の他に誰かがウロウロしている。


「じゃんじゃじゃーん!」


 目を開けるとそこにはクリームとイチゴがたっぷり乗ったケーキが待っていた。


「誕生日おめでとう横瀬くん!!」


「うおっ!」


 隠し持っていたクラッカーが一斉に鳴り響き、思わず声が漏れる。


「芽依たちがお菓子パーティーをするって話をしてて、テスト期間はちょうど横瀬の誕生日だったし何か作れたら面白そうだなと思って裏で計画を進めてたんだ。ビックリしただろ」


 金田がしてやったとばかりに白い歯を見せる。

 こいつは、本当に良い奴だなと心から思った。


「ありがとう。ビックリしすぎて変な声出ちゃたわ。というか、このケーキクオリティー高過ぎだろ」


「当然だよ。なんたってお菓子作りのプロの私が手伝ったんだからね」


 えっへんと、大きく胸を張る芽依。

 その言葉通り、食べるのが勿体無いくらいの出来栄えだ。

 記念に写真に収めておこうっと。


「よーし、みんなで食べようぜー」


 金田がケーキを小皿に取り分けて配っていく。

 終始、楽しいムードであっという間に時間は過ぎ去って行く。


 このときはまだここにいる誰もが大して気にも留めていなかった。

 ここにいない丸岡のことなど。


—4—


 外はすっかり薄暗くなり、お菓子パーティーは解散となった。

 クラスの女子に別れを告げ、オレと金田とすももは金田の家に荷物を取りに行くことに。


「そういえば丸岡はどうなったんだ?」


「電話しても繋がらないし、メッセージを送っても既読になってない」


 普段だったらすぐに返信が返ってくるだけに違和感がある。

 というか、金田の家で1人でゲームをしている姿は想像できない。

 真っ先にオレか金田を探すはずだ。

 その段階でスマホを確認しそうなものだが、一体何をしているのだろうか。


「置いて行かれたと思って帰ったのか?」


「さあ? どうだろうな」


 オレも金田も丸岡の所在が気になっていると、大人しく歩いていたすももが突然低い唸り声を上げた。

 どうやら前方から歩いてくる人物に威嚇をしているようだ。


 薄暗くて遠目では顔まで見えなかったが徐々に近づいてきたことで、その人物の顔が鮮明に浮かび上がる。


「井上……」


 オレの声に気が付いたのか井上が視線をこちらに向けてきた。

 井上は金魚を殺したときと同様、満足そうな笑みを浮かべていた。

 口には赤い液体がべったりと付いている。


「横瀬仁くん、今日君にした質問の答えが分かったよ」


「何を言っているんだ?」


 あり得ないことだがこいつならやりかねない。

 オレの脳内では最悪な結果が導き出されていた。

 そんなことはあり得ない。あり得ないはずだが、井上は例の質問をした際に丸岡に対して強い興味を持っていた。


 井上は1度興味を持ったことはどんな手を使ってでも確かめないと気が済まない。

 だから今回もきっと。


「人間はね、甘くて少し酸っぱかったよ」


 その日以降、丸岡が学校に来ることはなかった。


甘くて酸っぱい神隠し——完結。

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甘くて酸っぱい神隠し 丹野海里 @kairi_tanno

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