第2話 神隠し

—2—


「それで、井上が人間ってどんな味がするか聞いてきたんだって?」


「ああ、あいつ根暗で友達がいないから話を聞いてくれる人もいないだろ。だからクラスメイトに手当たり次第話し掛けてるんだよ」


「それってある意味メンタル最強だよね」


 金田の家に着いたオレたちは、勉強道具をテーブルに広げてテレビゲームをしながらダラダラと雑談をしていた。

 毎度のことながらテスト勉強に集中できるのは最初の1時間くらいで、そこからは気分転換とかなんとか適当な理由を付けて、雑談メインのテレビゲームに移行するのが定番となっている。


 話題はクラスの問題児である井上について。

 そもそも井上が避けられるようになったのには明確な理由がある。


 高校2年生に上がったオレたちは、金田や芽依たちの提案でクラスで金魚を飼うことになった。

 なんでも「教室で魚が泳いでたら癒されるよねー」という芽依の発言をきっかけに「だったら飼えばいいじゃん!」と盛り上がったらしい。


 その後、金田が担任に許可を取り、すぐさま飼育係を設立。

 オレや丸岡も金田と芽依たちに巻き込まれる形で飼育係に任命された。


 飼育係の主な仕事は毎朝の餌やりと水槽の水が濁ってきたら洗うくらいだ。

 正直言うと面倒臭かったのだが、世話をしていると不思議と愛着が湧くもので全然苦ではなかった。


 金魚を飼育し始めてから3ヶ月。事件が起きる。

 サッカー部の朝練が終わり、教室に入ると井上がよく分からない歌を口ずさみながら水槽に手を突っ込んでいた。


 時計回りに円を描くように水槽の水をかき混ぜ、弱った金魚を素手で掴む。

 そして、反対の手に持っていた爪楊枝を金魚の口に突き刺した。


「何やってんだよお前」


 机の上には同じように口に爪楊枝が刺さった金魚が3匹綺麗に並べられていた。


 たかが金魚と言われてしまえばそれまでなのかもしれないが、クラスメイトと大切に育ててきたマスコットにこんな酷い仕打ちをされたら流石に黙ってはいられない。

 気が付いたらオレは井上を殴り飛ばしていた。


 井上は尻もちをついて近くの机を引っ繰り返す。

 すでに死んでいる金魚たちも床に散らばった。


「何だ? どうした仁」


 騒ぎを聞きつけて丸岡と金田も教室に入ってきた。


「金魚は口に爪楊枝を刺されたらどのくらいで息絶えるのか? 僕はその答えが知りたかったんだ」


 口の端を切って血を流している井上が満足そうに口角を上げる。

 こいつに人の心は無い。常識は通用しない。

 オレはこのとき、井上蔵理いのうえくらりという男に恐怖心を抱いた。


 井上の奇行がクラスに広がるのは時間の問題で、後日学年主任と担任から職員室に呼び出され、保護者同席の面談が行われた。

 井上は反省文を書かされたらしい。


 その後もしばしば気味の悪い言動を繰り返していたため、井上に近づく生徒はいなくなった。


「悪い。ちょっとトイレしたいからいったん2人でやっててくれ」


「おう」


「わかったよ」


 金田が床にコントローラーを置いて出て行った。

 残されたオレと丸岡で対戦をすることに。


「なんか最近金田と虻川さんって良い感じだと思わないか?」


 丸岡が連続コンボを決めながら話し掛けてきた。

 こいつサッカーは体格のせいもあってそこそこだけど、ゲームはめちゃくちゃ上手いんだよな。


「元々仲良かったからなあの2人は」


 必死に丸岡の攻撃をガードしながらそう答える。

 金田と芽依はクラスでも同じグループに所属してるし、休みの日も予定を合わせて複数人で遊びに出掛けているらしい。


 同じサッカー部のオレから見ても金田は部活、勉強、恋愛、この3つのバランスの取り方が上手いと思う。

 オレはどれか1つにしか集中できないタイプだから、必然的に異性との交流を削っている。まあ、偉そうに言ったがただのコミュ障なだけなんだけどな。

 ただ、金田が身近にいてくれるおかげでクラスのイケイケなメンバーとも会話はできている感じだ。


「実は俺たちに内緒で付き合ってるんじゃないだろうな」


「どうだろうな。付き合っててもおかしくはないと思うけど、流石にオレたちに報告はするんじゃないか?」


 オレだけかもしれないがお互いに彼女ができたら報告するくらいの仲だとは思っている。


「というか、金田遅くない?」


 言われてみればトイレに行ってから20分経っている。

 丸岡ともサシで3戦しちゃったし、そろそろ目も疲れてきた。

 ちなみに3戦3敗だった。丸岡が操作するキャラから怒りのようなものが伝わってきて圧倒されてしまった。


「ウンコでもしてるんじゃないか?」


「だとしてもどんだけ出てるんだよ。お腹の中スカスカになるぞ」


 などと言う冗談を混ぜながら丸岡が立ち上がる。

 そのタイミングで丸岡のスマホに着信が入った。


「どうした? うん、今友達の家だけど。なんだよ、面倒臭いな。鍵くらい持って行けっていつも言ってるだろ。分かった。今行くから待ってて」


 丸岡が耳からスマホを離し、鞄から家の鍵を取り出した。


「妹が鍵忘れたみたいだから届けてくる。すぐ戻ってくるから金田に伝えておいて」


「うん、わかった」


 金田に続いて丸岡までもが部屋から出て行った。

 友達の家に他人が1人って、この状況は一体。

 1人じゃないか。金田はウンコ中だったな。


「おい、金田! いつまでトイレに籠ってるんだよ! 丸岡は1回帰ったぞ!」


 部屋を出て、廊下を歩きトイレに向かう。

 しかし、トイレの中から返答は無い。


「なんだよ。返事くらいしろよ」


 そう言ってドアをノックするがこちらも返答は無い。


「あれ? 鍵開いてるじゃん」


 ドアノブを回して中を確認するが誰もいなかった。


「金田! どこにいるんだ?」


 家の中に響き渡るくらい大声を出してみたが、シーンと言う耳鳴りのような音が聞こえるだけで人の気配は一切感じない。

 ポケットからスマホを取り出して、金田に電話を掛けてみる。

 が、何度コールを待っても金田が出ることはなかった。


「ワンッ!」


「おっ、すもも。よーしよしよし。金田がいなくなったんだけど、どこに行ったかわかるか?」


 金田が飼っている柴犬のすももがオレの足元に擦り寄ってきたので、顔を思いっきりわしわしする。

 すももはオレの言葉の意味がわかったのか、玄関のドアの前まで足を進めるとこちらを振り返った。

 その姿はまるでついて来いとでも言っているかのようだった。


「分かった。外にいるんだな」


 オレは玄関の扉を開けてすももと一緒に外に出ることにした。

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