第3話
「放せよ!」
近くの公園まで行ってから足を止めると、突然腕を振りほどかれた。
「あんた、何のつもりだよ。俺の親父のふりなんてして」
「君こそなんのつもりだ。あのまま言い争いしてたら、きっとあの人に殴られてたぞ?」
「別にいいけど? 殴られるのとか慣れっこだし」
そう言って、男の子は覚めた顔をして笑った。
「……何で俺の邪魔をした。俺は、死にたかった。夏菜に会いたくて仕方がなかったのにっ!!」
「……夏菜?」
「俺の大切な人だ。俺は死んで夏菜に会いに行きたかったのに、それを、お前がっ」
「……はっ、そんなの知らねぇよ。俺はただあんたの代わりに俺が死ねばいいと思った。そんだけ」
平然とした顔で、とんでもないことを男の子は言った。
改めて彼の姿を見る。
細い。拒食症なのかはわからないが、あきらかに軽そうな体をしている。贅肉が殆ど見当たらくて、骨に薄い皮がついただけみたいな身体だ。体重は恐らく四十キロもない。下手すると、三十キロ前半かもしれない。
釣り上がった瞳が、俺を射殺すかのように見つめている気がした。
「なんでそう思ったんだ」
「……生きてることに意味なんかないんだよ。だから、死ねばいいと思った。別に今すぐ死にたいなんて思ってないけど、俺は生きたいとも思ってない」
思わず目を見開く。
中学生が言う言葉ではない。一体何があったんだ? 何があったら、中学生がそんな風に考えるようになるんだ?
「どうしてそう思ってるんだ」
「あんたに話す必要ある? それに、あんただってついさっき死のうとしてただろ。俺が死のうとした理由が知りたいなら、まず自分から話すべきなんじゃねぇの?」
俺を見上げ、男の子は余裕そうに言う。
「俺は……」
赤の他人に、婚約者が死んだなんて言いたくなかった。憐れみを誘ってるような気がしたから。
同情されたくなかった。恋人を失って辛いのは確かだが、決して、同情されたいわけじゃない。
でも話の流れから察するに、俺が言わないと、たぶんこの子は自分のことを話さない。
それなら言わないと。……他人なのにか?
「……親が死んだとか?」
痺れを切らして、男の子は言った。
「違う」
「なら姉か妹」
「違う。……夏菜はもうすぐ、家族になるハズの人だった」
「ああ、恋人か」
「……ただの恋人じゃない。本当は今日っ、結婚式をするハズで、ウェディングドレスだって今も家のクローゼットの中にあって、式場も予約してあったのに、それなのに彼女はっ!!」
涙を流しながら、声を荒らげる。
「うーわ。結婚式の前日に死ぬってドラマみたいだな」
皮肉っぽく、棒読みで男の子は言った。
ドラマだったら、どんなに良かったんだろう。
例えば俺が俳優で、そういう『恋人を亡くした人の演技』を要求されただけとかだったら、どんなによかったんだろう。……あるいは、俺が声優で、『恋人をなくしたキャラクターに声を当ててください』と言われただけだったら? もしそうだったら、どんなによかったんだろうか。……こんな現実逃避なんて考え出したらキリがないけれど、それでも考えずにはいられなかった。
「……どっ、ドラマじゃない。ほんとに死んだんだ。彼女は、もういない」
「……そうかよ。そりゃ災難だな」
災難?
「そんなありきたりな言葉で表現するな!」
大粒の涙を零しながら叫ぶ。
「そんな言葉じゃ、あまりに足りない。……だって彼女はもう、生きていないんだ。今日結婚するはずだったのに。俺はこれから結婚式のキャンセル料を払わなきゃいけなくて、招待した人に詫びの連絡はメールで一括で送ったけれど、それだけじゃ足りないから、お菓子とかも配らなきゃいけなくて。……彼女の葬式にだって、行かないとけなくて。大切な人が死んだっていうのに、休みたいのに、やることは山積みで。……こんなんじゃ、生きてたって少しも楽しくない」
「……それはそうかもな」
詫びの連絡のメールは、今朝会社に行く前に、一括で送った。流石に結婚式に招待した人に夏菜が亡くなったことを言わないのはどうかと思ったので、夏菜が亡くなったこともきちんと文面に書いて。
「なんで、なんで君は生きたいと思っていないんだ。……君はまだ中学生くらいで、俺みたいに大切な人が死んだ訳でもないくせに」
「言わねー。別にあんたが話せば俺も話すなんて言ってないし」
「君、名前は? どこの学校に通ってるんだ」
話してくれそうもないので、俺は質問を変えることにした。
「言わねー。どうせ言ったら、学校に電話でもするつもりなんだろ?」
歯を出して、嫌そうに妖しく笑いながら男の子は言う。
「当たり前だ。今、平日のお昼だぞ。なんで学校さぼってるんだ」
「……学校行ってても授業真面目に聞いてない奴なんて腐るほどいるぞ。そいつらと比べれば、堂々とサボってる俺は十分マシだ」
何を比べているんだ。そもそも俺はそんなこと聞いてないぞ。ガキだ。余りに子供すぎる。
「……君ひねくれてるな」
眉間に皺をよせ、俺は言う。
「……だってあんたと仲良くする気ねぇし。俺、もう行くから」
そういい、男の子は後ろに振り向いて来た道を戻ろうとする。
「何処にだ」
「あんたに話す必要ある?」
心底嫌そうな顔をし、彼は言う。
「俺が気になるからじゃ理由にはならないか?」
「ならねぇよ」
「……そうか」
「とにかく、俺はもう帰るから」
立ち止まっていた男の子が、再び足を進める。
俺は何も言わず、男の子の後を追った。
十分くらい来た道を戻ると、ボロい二階建のアパートがあった。階段はたてつけが悪いのか足をのせるたびにギッと音を立て、壁には小さな穴が開いているところや蜘蛛の巣がある。
「……はぁ。お前まじなんなの。うざいんだけど」
「……すまない。中学生が死にたいというなんてよっぽどの理由がある気がしたから、いてもたってもいられなくて」
「あっそ。ただいまー」
ガチャリと、二階に上がってすぐのとこにあるドアの鍵を開けて、男の子は言う。
「
玄関を上がってすぐのところにある部屋から出てきた女の子が、男の子を見て言う。茶色い髪をしていて、まつげが長い、高校生くらいの子だ。姉だろうか。
親は家にいないらしい。働きにでも行っているのだろうか。
「……だってつまんねぇし」
「もー! あれ、そちらの方は?」
「挨拶が遅くなってすみません。鹿島流希と言います。先程愁斗くんに事故に巻き込まれそうになったところを助けてもらったんです。それで、何かお礼が出来ればと思って」
上手く作り笑いできただろうか。いや、きっとできていない。夏菜がいないと、二度とまともに笑えない気がする。
「えっ、そうなんですか? わざわざ来ていただいてすみません! 愁斗の姉の真希です」
そう言い、真希さんは慌てて頭を下げる。
「いえいえ、とんでもないです。よかったらご飯でも作りましょうか?」
「ハッ。わざとらしい演技だな。姉ちゃん、そいつが言ってること全部上辺だけだぞ。そいつ、事故に巻き込まれたんじゃなくて、自分から死にに行ったし。それに、本当は俺に感謝なんて少しもしてないんじゃないか? 本当は何で助けたんだって叫びたいんだろ?」
靴を脱ぎ散らかしながら、柊斗は俺を小馬鹿にするみたいに言う。
見透かされた気分だ。
確かに俺は、愁斗に感謝など微塵もしていない。
ここに来たのは、何か考えてないと、壊れそうだからだ。あのまま別れたら、また自殺しようとしてしまう気がした。それはダメだと思った。夏菜が悲しむから。
死のうと思った日、子供を拾いました 鳴咲 ユーキ @yuuki-918
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