第4話:メッテ家の老朽艦


 オートメディカルシステムの器機が並ぶ普段は無人の医務室にて、それらの機械を弄くりながら暇を弄んでいる白衣を纏った妙齢の女性。緊急医療顧問という適当な役職を貰ったシャーヴィットは、とりあえずの持ち場としてこの医務室を普段の待機場所に与えられた。


 駆逐艦以上の大きな船になれば軍医が乗艦している場合もあるが、医療機械が発達しているシユーハの艦には多少の怪我なら直ぐに治癒や修復をしてくれる治療装置が積まれており、基本的に医者は必要ない。


 装置の端末を操作してマニュアルを読んでいた彼女は、この治療装置を使えば切断された手足の結合や復元再生まで可能である事に驚く。状態次第では蘇生も可能。更に驚いたのは、人間の複製が合法的に行なわれているらしい事だ。


「複製した人間をこうした戦場に送り込んでいるわけか……あのやけにペラペラな感じの魂は、そういう事だったのね」


 クローン人間は主に危険な作業や効率的な学習媒体、その他娯楽などにも使われている。特に興味深いのは、クローンが覚えた特定の動き、作業や運動などの情報を取り出し、オリジナルの人間に還元する事で学習効率を上げるというクローン学習。


「クローン体の脳内に形成された特定の運動を司る細胞を複製する事で、オリジナルの成長効率を飛躍的に向上させる――か、ふーむ」


 複数のクローン体に色々な事を学習させ、その経験の一部をオリジナルに移植複製する事で、初めて行なう事でも何となくやり方を知っているような状態で行なえるという仕組み。経験を売る者と買う者とで、スキル販売というビジネスが成り立っていた。

 人工生命体ホムンクルスの研究はシャーヴィットの住んでいた世界でも珍しくは無いが、こういう使い方は珍しいとばかりに詳しく資料を読み漁る。


『シャーヴィット』

「ん? はいはい?」


 ブリッジからの通信に端末内の窓を開いて答えるシャーヴィット。"伝球"より便利かもしれないと、使い勝手の良さに関心を向けながらすっかり異文明の利器を使いこなしている。


『我々は間もなく支援部隊と合流して中央艦隊の補給部隊を護衛する任務に当たる事になった。すまないが――』

「分かったわ、直ぐにそっちへ行くから」


 端末を閉じて立ち上がったシャーヴィットは、ブリッジへ向かうため医務室を後にした。







 シユーハ軍艦隊の本隊後方、空母群の中に設けられた中央艦隊総司令部では、先のクァブラ軍強襲艦隊による奇襲で受けた被害報告と今後の対策、艦の補充や再編成について話し合われていた。

 最も被害を受けた支援部隊を補給部隊の護衛に回しつつ、最小限の被害で一時撤退してきた遊撃艦隊の扱いをどうするかという所で少々話が拗れている。


「そもそも味方を見捨てて逃げ帰ってくるとは何事か!」

「いや、記録を見た限り完全に不意を突かれて現場はかなり混乱していたようだ。あの状況でこれだけの被害に抑えられた事は評価できる」

「しかし碌に反撃もせずに撤退したせいで、後方を脅かされた右翼艦隊が押し込まれる破目になった」


 緒戦で早々に側面を突いて得た勢いが完全に削がれてしまい、今はほぼ膠着状態に陥っている。遊撃艦隊の指揮官に対する責任を求める声が上がる中、奇襲を防げなかった支援部隊にも問題があったのではないかという指摘が示された。


「今回の奇襲を受けて支援部隊の二割が撃沈された事になっているが、彼等は遊撃艦隊が退く前に壊走したそうではないか」

「……遊撃艦隊の支援に回っていた部隊は七割が講和派で構成されていましたな」


 居並ぶ提督達の視線が、講和派の中心人物である伯爵に向けられる。彼も直接指揮する艦隊こそ持ってはいないが、由緒ある家柄と軍艦建造に必要な資源や軍資金確保の根回しでシユーハ中央政府に大きく貢献しており、その身分は他の提督たちに引けをとらない。

 強硬派で占められる政府上層においても、講和派としては比較的強い発言力を持つ。そんな彼の傘下の者達で構成される支援部隊の行動に対し、『脆すぎるのではないか?』と疑いの目が向けられているのだ。


「普段から戦いたくないと訴えておった者達だ。ノンビリ後方で控えていた所に奇襲など貰えば、たちまち崩れるのは当然の結果だろう」


 寧ろ彼等が標的として犠牲になったからこそ、遊撃艦隊は大した損害も無く撤退出来たのではないかと主張する伯爵。その意見には殆どの提督たちが至極尤もだとして納得するが、最初に疑惑の質問を向けてきた提督が現場宙域の監視データーを元に一つ、疑問を投げ掛ける。


 奇襲を受けた現場宙域にて、クァブラ艦隊と対峙したまま長く留まっていた艦があるのだという。追撃もされず無事に戻って来たようだが、敵艦隊の動きにも不審な点が残ると指摘する提督は、その監視データーを全員の端末画面に送りながら伯爵に視線を向けた。


 件の艦が宙域を離脱する際、何故か敵艦隊が数十秒間機関を停止している事など、監視データーを見た他の提督達からも確かに不審な点があると疑問の声が上がる。


「一体、何があったのやら」

「その艦とは?」

「護衛艦シャーヴィット号。メッテ家の所有する艦ですな」

「メッテ家といえば……あの老朽艦一隻でこの会戦に参加するなどという、ふざけた態度を見せた輩か!」


 不可避の参戦要求に対する中央政府への抗議を表明しているのではないか、と見られているメッテ家の対応について、伯爵は誤解であると擁護した。メッテ家は単に使える軍艦を持っていなかったダケなのだと。


「買えば良いでは無いか」

「近頃は軍艦も高くなっておるからな。メッテ家の財力では新しい艦の発注など出来なかったと聞いている」

「メッテ家の領地は民の暮らしもかなり潤っているそうだが?」

「領地の開発に資金を注ぎ込んでいるからこその発展と言えるだろう。知っての通りメッテ家は我が傘下に並ぶ講和派だ」


 戦備の充実よりも開発と発展を主軸に活動している。メッテ家は先代からそういう方針であったのだと、講和派のしがらみという立場をぶっちゃけて説明する伯爵に、そこまで腹を割って話されては疑うべくも無いと疑問を下げる提督達。


「では、敵艦隊の機関停止やその後に追撃が出されなかった事については、どうお考えか?」

「さてはて、クァブラ軍は本来厚い装甲と大量のミサイルという物量を武器にした戦い方が基本であったからな」


 強襲艦隊のような機動力を活かした戦法を使う艦隊はクァブラ軍の中でも珍しい。艦艇の強固さではクァブラの豊富な資源にモノをいわせた重甲戦艦が抜きんでているが、シユーハの艦艇は汎用性と機動力に優れる。


「慣れぬ高機動戦法など使って機関にトラブルでも起こしたのでは無いか?」

「攻撃が途中で中止されている事については?」

「支援部隊は壊走、遊撃艦隊は撤退、取り残されたのは被弾した老朽艦一隻。哀れみで見逃されたのかもしれんな」


 そんな調子で飄々と返された提督は尚も追及しようとしたが、他の提督達から諌められた。講和派に対する圧力も流石にここまであからさま過ぎると、周りから向けられる視線も冷たい。


「もう良いでは無いか、敵味方共々に奇妙な行動など戦場ではよくある事だ」

「メッテ家に叛逆の意思など見えぬしな」


「今はこの膠着状態から如何に優位な戦況へ持ち込むか、その作戦を考えようではないか」

「うむ。やはりここは遊撃艦隊に雪辱の機会を与えてやるのが順当かと思う」


 主題を遊撃艦隊の処遇に戻した会議は、クァブラ軍艦隊に攻勢を掛けるべく作戦が練られると、遊撃艦隊にその先鋒を任せようという結論で落ち着いた。そのまま終了するかと思われた会議は、先程の強硬派に属する提督が提案を一つ付け加えた事により、若干長引く。

 件の護衛艦を遊撃艦隊に加えて作戦に参加させるという提案。


「しかし……旧式の護衛艦など態々加えた所で、戦力の足しになるとも思えんが」

「勿論、戦力を期待しての提案ではない。全軍の士気に関わる問題だ」


 メッテ家に対する疑惑の追及については今暫らく控える事にするが、やはり講和派としてそれなりに名の通っていたメッテ家によるたった一隻での会戦参加については将兵達の間で色々と噂や話題になっており、問題視する声も少なく無い。

 このまま後方支援任務で遊ばせておくよりも、攻勢作戦の先鋒に加えて活躍の場に立たせてやる事で疑惑の解消にも繋がり、他の講和派たちも今回の戦いに奮起するのではないか、という主張を展開する強硬派の提督。別の言い方をすれば、最前線に送り込むという事になるが。


「遊撃艦隊の速度について行けないのではないか?」

「いや、あの艦は確か高速船がベースだった筈。資料によれば、現役当時は最も速いふねだったとか」

彗星シャーヴィット号の名は伊達では無いという事か」

「では、支援部隊からメッテ家の護衛艦と他数隻を遊撃艦隊の指揮下に組み込むという事でよろしいですかな」


 特に反対の声も無く、今度こそ会議は終了した。







 中央艦隊に向かう補給部隊の護衛を務めていた支援部隊に総司令部からの通達が下り、シャーヴィット号を含む護衛艦数隻は遊撃艦隊に合流してその指揮下に入るよう指示が出された。


「今度は遊撃艦隊か、先日の奇襲で受けたダメージの穴埋めかな?」

「どうでしょう……? 戦力の補強が目的であれば、もっと他に――」


 使える艦・・・・がある筈だと言い掛けて口を噤むミーシア副長。フェンナード艦長は肩を震わせながら笑いを堪えている。が、その直ぐ後に送られてきた極秘作戦計画書の内容に表情を曇らせた。

 膠着した現状を打破してクァブラ軍に攻勢を掛ける為、遊撃艦隊は先鋒となって敵主力艦隊に突貫を仕掛けるという作戦。


「後方宙域から全力航行で勢いをつけて、最大戦速のまま敵主力艦隊の中央を穿つ作戦だそうだよ」

「……また無茶な作戦を」


 確かにこれなら足の遅いクァブラ軍艦隊の主力に大ダメージを与えられそうではあるが、遊撃艦隊もただでは済まない。多数の艦が敵艦との衝突で沈むのではないかと危惧するミーシア。


「まあ、遊撃艦隊は乗組員の殆どがクローン兵だそうだから、こういう強引な作戦でも通ったのかもね」

「クローン兵も出せない弱小家は途絶えても構わないという事ですか……」


 はぁと肩を落として溜め息を吐くミーシア。軍用のクローンは一般生活で使うクローンに比べて格段にコストが跳ね上がる。

 特に仕官クラスにもなれば色々と手続きも面倒で、危険な戦場に出ない事によって身の安全を図れる代わりに経験の移植と学習に時間の大半を費やし、クローンの維持費にも大量の資金が費やされる。一握りの裕福層にしか真似の出来ないスタイルだ。


「副長はオリジナルなのかい?」

「私はオリジナルですよ。うちも決して裕福とはいえませんから」

「そうか、ならシユーハに戻った後もまた会う事が出来るね」

「……そう、ですね」


 記憶や感情そのものは移植できない為、クローン体が絡む社会では人間関係も少々ややこしい状態になり易い。クローン体にはオリジナルが存在する以上、クローン体同士やクローン体とオリジナルが恋愛関係で結ばれるという例は稀だ。


「なんというか、面倒な世界に生きてるのね~。ここの人達って」


 剣と魔法の世界からの来訪者は、ブリッジでまたぞろ良い雰囲気になって見詰め合っている副長と艦長の様子を眺めながら、食堂で貰って来たブロック状の食事を齧ってた。


「美味しいけど、味気ない……」


 ガジガジ。


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