第6話:魔法


 遊撃艦隊の第五、第六部隊は駆逐艦リローセを指揮艦とし、パレスティーネ艦長の指揮の下、クァブラ軍の右翼艦隊と対峙する。通常編成の一個艦隊約1000隻のクァブラ艦隊に対して、パレスティーネの率いる遊撃艦隊は第五、第六部隊の戦闘艦を合わせて凡そ250隻。

 しかも大半が駆逐艦以下の護衛艦で構成されている。数も火力も劣っているが、唯一の強みは小型艦の持つ機動力だ。


『現在は統合リンクシステムによる管制航行が使えません。従って、作戦の成否は各艦の操舵手による操艦技術に掛かっています』


 遊撃艦隊の全艦に送られたパレスティーネ艦長の考案する作戦概要と説明が、シャーヴィット号のメインモニター上にも流されている。

 彼女の考案した作戦は、出来るだけ敵を惹き付けて救出作業中の第四部隊がいる宙域から引き離し、第四部隊の離脱に合わせてシユーハ軍本隊のいる宙域へ撤退を図るというシンプルな内容。

 統合リンクシステムが使えない以上、囮作戦に参加する各艦艇はそれぞれの判断で行動する事になる為、密集した状態での航行は味方艦との衝突を起こす危険性も高くなるが、そこは小回りの利く小型艦。駆逐艦や護衛艦乗り達の本領が発揮されるところであった。







 遊撃艦隊の掃討に来たクァブラ軍の右翼艦隊は、前方より接近する少数艦隊をレーダーに捉えて臨戦態勢に入るが、この宙域の更に奥辺りで留まっている艦艇群を見つけた事で艦隊の指揮を執る提督は暫し思案する。

 敵艦識別の結果、接近中の艦艇群はシユーハ軍遊撃艦隊の第五部隊と第六部隊。奥で留まっているのは第三部隊と第四部隊のようだ。


「敵は小型艦ばかりか……」

「はい、シユーハの遊撃艦隊は機動力を活かした後方撹乱などの作戦に多く参加していたようです」


「ふむ……小艦とてシユーハの高機動戦法は侮れんな、ここは一計を案ずるとしよう。要塞砲の支援を要請しろ」

「了解。要塞砲に支援要請――――要塞砲より回答、次の発射可能時間まで、0064」


 クァブラ軍の切り札、超大型要塞付長距離支援砲。補給基地等として使われる宇宙要塞に巨大砲台を取り付けた、というよりも、巨大砲台に要塞を設置したような造りの大型支援砲で、一回の砲撃に駆逐艦一隻分ほどのエネルギー鉱石を弾として消費するモンスター兵器。

 一度撃つと反動でかなりの距離を流される事に加えて、砲身部分の内壁が高熱に耐えきれす熔けてしまう為、その都度換装しなくてはならない燃費の悪さを誇る。砲撃後、元の位置まで移動用ブースターを使って戻ってくる間に、次弾の装填と砲身内壁の換装を済ませるのだ。


「良いタイミングになりそうだな、全艦、敵第四部隊に向けて前進。後ろから突付かれないようしっかり弾幕を張って行け」







 駆逐艦リローセの艦橋にて、クァブラ軍艦隊の動きを追っていたレーダー手が警告を発する。


「クァブラ艦隊が進路を変えました! 第三、第四部隊に向かっている模様!」

「なんですって!?」


 第五部隊の指揮艦と連絡を取り合いながらクァブラ軍艦隊を如何に安全且つ迅速に誘導するかという意見を取り交わしていたパレスティーネは、その報告でモニター上に映し出される進路予測を見て呻いた。


 こちらの意図を読まれたか、或いは第四部隊に指揮系統の中心があると睨んだのか、クァブラ艦隊の攻撃目標が第四部隊に向けられた今、第五、第六部隊はこのまま離脱すれば確実に本隊まで脱出できる。しかし、パレスティーネの指揮に味方を見捨てて逃げる選択肢は無い。


「全艦に通達、敵艦隊の左舷後方より攻撃開始、砲が届かなくても構わないから近付き過ぎないように挑発して!」



 前進するクァブラ艦隊の前方を横切り、艦隊左舷後方に回り込んだ第五、第六部隊は照準レーザーを照射して気を引こうとするも、弾幕のようにミサイルをばら撒きながら突き進むクァブラ艦隊は、微妙に進路をずらしながら真っ直ぐ第四部隊へ向かっていく。


「第三、第四部隊が敵艦隊の射程に入るまで、距離200を切りました!」

「く……駄目だわ、このままじゃ」


 誘導する為の挑発行動に効果が無い事を悟ったパレスティーネ艦長は、直接戦闘の決断を下した。







 クァブラ軍右翼艦隊を指揮する提督はパレスティーネの策を読みきっていた訳ではなかったのだが、第三、第四部隊を狙う事で結果的にその策を破り、逆に第五、第六部隊を惹き付けて誘導する事に成功していた。


「敵少数艦隊が速度を上げました、攻撃目標の部隊と合流するつもりのようです」

「我々の前方へ割り込んで来るようなら、速度を落として割り込ませろ。要塞砲の準備が整い次第、全艦散開だ。巻き込まれるなよ」


 艦橋正面モニターの端に要塞砲の砲撃カウントダウンが表示される。


「これは一網打尽だな」


 どうやら経験の浅い指揮官か、大を生かす為に小を切り捨てる事の出来ない者が指揮を執っているようだと、敵少数艦隊の指揮官に当たりをつけた提督は、存外楽な任務に終わりそうな事をほくそえんだ。







 護衛艦シャーヴィット号のブリッジでは、こんな状況にも関わらず参謀席で異文明のお茶など楽しみながらノンビリと戦況を窺っていたシャーヴィットが、不意に立ち上がって後ろを振り返り、じっと何かを見詰めるような仕草を見せていた。

 傍目からはブリッジの壁をじぃ~っと見詰めているようにしか見えないので、捉え様によっては凄く不気味だ。こういう時、声を掛けるのは暗黙の了解でフェンナードの役目になっている。


「シャーヴィット、どうかしたのかい?」


 声を掛けられたシャーヴィットは、徐にフェンナード艦長へ向き直ると警告を発した。


「……さっきの光が来るわ。このままじゃ本当に帰れなくなっちゃうわね……」

「さっきの光?」


「後方宙域に巨大物体! 高エネルギー反応を検出!」


 レーダー手の声に、フェンナードはメインモニターを振り返る。遊撃艦隊を一瞬で壊滅に追いやったレーザー兵器と思われる光。

 その攻撃を受ける直前、艦隊の前列にいた第三部隊がレーダーの端に捉えたという巨大物体。要塞か何かではないかと推測されていた巨大建造物と思しき影が、第六部隊の最後尾を行くシャーヴィット号のレーダーに捉えられた。すぐさまミーシア副長が補佐に動く。


「艦長! 直ぐに座標データーと映像を確認して各艦に回しましょう、駆逐艦や偵察艦の設備なら分析も早く出せると思います」

「わかった、そうしてくれ」


 フェンナード艦長の許可でミーシア副長の指示は直ちに実行され、巨大建造物のデーターが全艦に発信される。

 現在、状況は第三、第四部隊の救援に向かう第五、第六部隊が小型艦の機動力を活かしてクァブラ艦隊を追い越し、足止め狙いに進路上へ割り込もうとしている所であった。


「シャーヴィット、君が今言った光とはこの――シャーヴィット?」


 フェンナードが巨大建造物と"光"との関係について訊ねようとシャーヴィットに視線を戻した時、彼女は両手を胸の辺りに重ねて祈るような体勢を取りながら、一歩ずつゆっくりとブリッジのフロアへ歩み出す。

 何か神秘性を感じさせる雰囲気に、暫し状況と仕事を忘れるクルー達。そうしてブリッジの真ん中辺りまで来たシャーヴィットの身体が、仄かな光を纏い始めた。


「フェンナード艦長」

「な、なんだい?」


「正式な契約にはならないけど状況が状況だからね――"守護者ガルデ"規定の超法規的処置を適応し、これよりあなたを私の守護対象とします」


 そう宣言したシャーヴィットは身体から満ち溢れる守護の光をとき放つように両手を広げると、"守護者ガルデ"の力を開放した。何者にも侵されない絶対防御のオーラがブリッジを中心に広がっていく。


 丁度その時、クァブラ軍の右翼艦隊が要塞砲の砲撃範囲から一時的に離脱を図るため、一気に散開。

 シャーヴィット号よりもたらされていたデーターでクァブラ艦隊の動きの意味に気付いたパレスティーネが全艦に緊急回避を呼び掛けたのと、シャーヴィット号が青白い守護の光に包み込まれたのは同時だった。


 白い光の柱が宙域を横断して行く。戦艦に搭載されている対艦レーザーの1200倍近い出力に4倍程の射程。その範囲内にある対象物は尽く融解し、蒸発してしまう。要塞砲の光に貫かれた艦艇群にはポッカリと穿たれたような穴を思わせる空間が開いていた。


 遊撃艦隊の第四部隊と第三部隊が消滅。第五部隊と第六部隊の艦艇も何隻か巻き込まれ、致命的な損傷を受けた艦が通り過ぎていった光に数瞬遅れて爆発の炎に包まれる。



「艦長! パレスティーネ艦長! ご無事ですか!」

「ええ……私は大丈夫。各艦、被害状況の報告を……」


 強かに打ち付けた身体を引き摺りながら艦長席に這い上がったパレスティーネは、艦橋の惨状に言葉を失った。


「なんて、こと……」


 要塞砲の砲撃は辛くも避けられたものの、爆発に煽られた味方艦との衝突で小破した駆逐艦リローセの艦橋は左側オペレーター席が全壊。 

 幸い衝撃で席から弾き飛ばされていたオペレーター達は怪我だけで済んだようだが、ノイズだらけのメインモニターに映るクァブラ艦隊は散開状態から悠々と再集結を果たし、艦隊陣形を整え始めている。


「っ! 本隊から入電!」

「通信が繋がったの? なら援軍を――」


「そ、それが……緊急回線を使った発信のみで、遊撃艦隊の残存戦力は直ちに艦隊総司令部の援護に向かえと……」

「……」


 肩を落として艦長席に身を沈めるパレスティーネ。小さく息を吐き、気合いを込めて顔を上げた彼女は、把握できる限りの被害状況報告と、連絡の取れる味方艦に通信を繋ぐよう指示をだした。







 フワフワと浮かび上がる幻想的な光の粒。守護の力に包まれたシャーヴィット号のブリッジでは、先程の砲撃が掠めたにも関わらず被害ゼロだった事よりも、シャーヴィットの纏う神懸かった気配に圧倒されて誰もが口を開けずにいた。


 この存在はなんだろう? そんな疑問をいだいたフェンナードの心に答えるように、浮かび上がった一つのイメージ。


「守護者……」


 ポツリと呟いたフェンナードの言葉で、凍り付いていたブリッジの時が動き始める。我に返ったミーシア副長は、先程から緊急回線でコールを続けている駆逐艦リローセからの通信をメインモニターに繋ぐよう指示を出し、通信士は慌てて回線を繋ぐ。


『……繋がった! フェンナード、無事?』

「あ、ああ、こっちは無事だ。映像が繋がらないみたいだけど、そっちは大丈夫なのかい?」

『あまり大丈夫とはいえないわね、艦もそうだけど戦況も酷い有り様だわ』

「さっき本隊からの片道通信があったね。どうする?」


 どうしようも無い事は分かっているが、生き残った艦だけでも何とか脱出して本隊に合流しなくてはと話すパレスティーネ。流石に憔悴しているらしく声に覇気がない。映像が無くとも相当に顔色も悪いであろう事が窺えた。


「クァブラ艦隊接近! 敵戦艦の有効射程まであと80!」


 幻想的な光の粒が舞うブリッジにて、レーダー手より非情な現実が告げられる。通信の向こうからもリローセのオペレーターが同じ報告を上げているのが聞こえる。他の艦からも通信が入っているらしく、パレスティーネはそちらへも指示を出したりと対応に追われていた。

 恐らく生き残った艦は100隻にも満たないだろう。無傷の艦はこのシャーヴィット号くらいであると思われる。敵艦隊の接近でノイズが酷くなり始めた通信の向こうにパレスティーネ艦長の奮闘している声を聞きながら、フェンナードは深く溜め息を吐いた。


 ややもすれば身体中の力が抜けてしまいそうになりながら艦長席に身を預けると、ブリッジの真ん中で淡い光を放ち続け、そこだけ別世界のような不思議な光景をつくり出しているシャーヴィットに声を掛ける。


「シャーヴィット」

「なあに?」


 振り返らず、背中越しに答えるシャーヴィット。フェンナードは俯いたまま言葉を続ける。


「なんとか出来ないかな?」

「なんとかするのが、あなたの仕事でしょ?」


「この船の武装だけじゃどうにもならない」

「そう? 戦いの前に決心してたんじゃないの?」


 護りの奇跡を見せている守護者は、弱気なフェンナードの言葉に普段と変わらない調子でそう返す。俯き加減だったフェンナードは、少し顔を上げると、何の事かと首を傾げた。


「決心? 何を?」


「護る為にこの船を盾にするって、考えてたでしょ」

「それは、しかし……盾にしたからと言って――――いや、いけるのか?」


 何とかパレスティーネ嬢を護らなくてはと考えていた時の心を読まれた事よりも、ある一つの閃きにフェンナードの瞳が揺れる。たった今思い付いた"上手いやり方"は、果たして実行可能なのか。いや、実現可能なのか。


「あたしは守護者ガルデ。契約した者に絶対の守護を与えるのがあたし達の役割」


 すっと祈りの構えから両腕を広げて見せるシャーヴィット。彼女から溢れ出した光が、船全体に広がっていく。船体を包み込む守護の光。


 ――魔法。


 フェンナードはようやく彼女の言った言葉の意味を理解し、その力を信じてみる事にした。


「……副長」

「はい」


「これより、本艦は単独行動に入る」

「はい?」


 隣で小首を傾げて戸惑いの表情を向けてくるミーシア副長に微笑みを返したフェンナード艦長は、リローセと通信が繋がっている今の内にパレスティーネ艦長にもメッセージを伝えておく。通信状態が悪く映像も映らずノイズだらけだが、どうにか会話は出来た。


『どうしたの、フェンナード? もう直ぐそこまで敵艦隊が迫っているわ、貴方も早く脱出しないと――』

「パレスティーネ、もし独断専行で僕が軍法会議に問われたら、君に弁護して欲しい」

『何を、言ってるの……?』


「敵戦艦より照準レーザーの照射を確認!」


 メインモニターには目前まで迫ったクァブラ軍の右翼艦隊をバックに、数隻の重甲戦艦が手柄を競ってか突出する姿が映し出されている。フェンナードはこちらからも照準レーザーを照射して相手の位置情報を捉えるよう指示を出した。


「じゃあ僕は行くよ、上手く脱出してくれ。パレスティーネ達の無事を祈っている」

『待ちなさいフェンナード! あなた何をするつもりなの!? フェン――――』


 パレスティーネとの通信を終えたフェンナードは艦長席に座り直すと、この船に乗艦して初めての号令を発した。


「シャーヴィット号、全速前進!」







 クァブラ軍の誇る重甲戦艦、その艦橋では、ほぼ確定した勝利に昂揚こうようするクルー達が自分達に照準レーザーを照射し返してきたシユーハ軍の小さな護衛艦にやんやの喝采を送っていた。

 素晴らしい闘争心だと褒め称え、立派な戦闘艦乗りにはこちらも礼を尽くして全力で宇宙の藻屑に屠ってやらねばと、艦長のおどけるような言い回しにクルー達の笑い声が上がる。


「敵護衛艦が一隻、真っ直ぐこちらへ突っ込んできます」


「ほう! たった一艦で玉砕覚悟の特攻か。では我が軍特性のミサイルとレーザーで出迎えてやろう」

「了解しました。ミサイル発射準備11番から18番、対艦レーザー砲用意、目標、前方敵護衛艦に固定、攻撃準備よし」


「撃てぇ!」


 重甲戦艦より撃ち出されたミサイルが次々とシャーヴィット号に殺到し、タイミングを合わせて対艦レーザーが放たれる。過剰に撃ち込まれたミサイルによって膨れ上がった爆発の閃光は、空母でも撃沈したかのように派手な炎を吹き上げた。

 凄まじい撃沈ショーに、おおーっと歓声があがる。――が、レーダー手があれっ? と顔色を変えた。


「まって下さい、敵艦健在!」

「なに?」


 正面モニターに映し出されている爆発の向こうから現われる青白いシールド光に包まれた護衛艦の姿。一瞬、驚きに言葉を詰まらせた重甲戦艦の艦長だったが、シユーハの小型艦が持つ機動力には目を見張るものがある。

 ミサイルが命中する直前に急加速で切り抜けたのかもしれないと推測した艦長は、対艦レーザーで仕留めるよう指示を出した。


「対艦レーザー、砲撃開始。1番、2番、4番、6番、8番命中……こ、効果ありません!」

「なんだと、そんな馬鹿な事が……いや、ホログラムによるダミーか!? レーダー手、本体を探せ」


「い、いえ、照準レーザーの照射が有効ですので、アレはホログラムではありません」

「敵艦、尚も接近! このままだと本艦に激突します!」





 目前に迫る重甲戦艦のシールド波に干渉され、シャーヴィット号ブリッジのメインモニターは激しく映像を乱される。無数のミサイルが至近距離で爆発した影響でレーダーも暫らく使い物にならない。


「ブリッジの防壁シャッターを開け、ここからはモニター映像は使えない、有視界航行準備」

「ええっ ブリッジの防壁を……? り、了解、有視界航行に入ります!」


 戦闘艦のブリッジには一応窓も付けられてはいるが、窓としての本来の用途で使われる事は殆どない。旧式艦のシャーヴィット号は現在の艦と比べて窓の幅も広く、戦闘中にここを護る防壁を開くなど自殺行為に等しいのだが、フェンナードには大丈夫だという確信があった。

 守護者シャーヴィットに護られている限り、この艦にはどんな攻撃も通用しないと。やがて防壁が開かれ、ブリッジの窓から無数の星々に混じったクァブラ艦隊の航行灯と、重甲戦艦の無骨な船首甲板部分が正面に見えた。


「て、敵重甲戦艦の真正面にいます!」

「よし、敵戦艦に突っ込め」

「敵戦艦につ――――え、えええっ!」

「か、艦長?」


 復唱し掛けて何かとんでもない指示が下った事に気が付き、驚きの声を上げる操舵手。流石にその命令はどうかと思ったミーシアがフェンナードの様子を窺うも、フェンナード艦長は毅然とした態度でブリッジの窓から見えるクァブラ艦隊の影に視線を向けていた。


「大丈夫だ、この艦は沈まない。そうなんだろう? シャーヴィット」

「勿論よ、あたしが護ってるんだもの」


 ブリッジの真ん中で守護の光を放ち続けるシャーヴィットの姿に、ハッとなるクルー達。先程のミサイル攻撃もその後のレーザー攻撃も、その前の攻撃も、彼女が現われてからここに至るまで、敵軍から受けた致命的な攻撃は全て防がれている。

 もはやここまでくれば見なかった事には出来ない。彼女の見せる不可思議な現象と、尽く攻撃を防ぎ続けている現実との関連を否定する事は出来ない。彼女の言う魔法の力、"守護者ガルデ"という存在に護られている事を受け入れざるを得なかった。


「我が艦の武装では敵に大したダメージを与えられない。だから、この守護の力をそのまま攻撃の力に回す。行け、突撃だ」

「り、了解しました! 敵戦艦に突撃します!」



 みるみる内に迫る重甲戦艦の厚そうな装甲。両端に並んだ点滅する航行灯が通り過ぎ、やがて甲板に激突。ぶつけた衝撃で多少揺れるも、守護の力に護られたシャーヴィット号は船体やエンジンに異常を出す事もなくガリガリと甲板を削りながら突き進む。

 ミサイルを大量に積載している重甲戦艦はシャーヴット号がぶつけて削った場所から誘爆を起こしてしまい、たちまち炎に包まれた。





「馬鹿者が……っ たかが小艦一隻と侮るからだ!」


 クァブラ軍右翼艦隊の指揮官である提督は、突出していた重甲戦艦がシユーハ軍護衛艦の特攻攻撃を受けて爆沈する様に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら悪態をついた。

 幾ら重厚な装甲を誇る重甲戦艦といえど、護衛艦のようなサイズの艦に全力の体当たりを許せば、大型ミサイルでも撃ち込まれたのと同等の被害を負うであろう事くらいは少し考えれば分かるだろうにと、憤懣やる方ない提督。


「しかしまあ……ここはシユーハの護衛艦が見せた勇敢な自己犠牲精神を称えておく事にするか」


 あの艦が飛び出してきた宙域には遊撃艦隊の生き残りと思しき100隻にも満たない艦艇群が、この宙域からの離脱を図ろうと脱出を試みている姿を捉えてある。やはり目標が小さく素早かったせいか、要塞砲を使った割りに半分近くも撃ち漏らしてしまったようだ。

 彼等を逃がす為に特攻を決意したのであろう護衛艦の艦長には悪いが、この宙域に残ったシユーハ軍艦艇は全て沈めて掃討を完了させる。クァブラ艦隊の提督は戦艦を一隻撃沈された事の溜飲をそれで下げる事にした。





 動けない艦は作業用アームやワイヤー等で繋いで曳航しながら、生き残った艦と乗組員を連れて脱出を図る遊撃艦隊の第六部隊。

 その指揮艦である駆逐艦リローセの半壊した艦橋にて、メインモニターに映し出される重甲戦艦の爆沈と、その炎に消えていった幼馴染の乗る旧式護衛艦の姿に、パレスティーネは力なく呟きをこぼす。


「なんてことを…………フェンナード」


 やっと自分を頼ってくれたと思った。弁護を頼みたいなどと言っておきながら、先に逝ってしまうとは何事かと文句を言いに行きたくなるパレスティーネ。しかし、今は嘆いてばかりもいられない。敵艦隊はまだこちらを狙っているのだ。


「照準レーザーの照射を確認! 間もなく敵艦隊の射程に入ります!」

「く……っ 補助ブースターも姿勢制御スラスターも全て使って回避行動! 艦載機のエンジンも使えるなら推進力に回しなさい!」



 必死に逃げる遊撃艦隊の残存部隊にクァブラ艦隊の先頭を行く巡洋艦がレーザー砲を発射しようとしたその時、突然大きくバランスを崩したその艦は、横向きになった船体で味方の射線を塞いでしまう。危うく衝突しそうになり、全艦に急制動を掛けるクァブラ艦隊。

 統合リンクシステムのような管制航行の制御がなければ、玉突きを起こして大惨事に至る所であった。 


「敵艦隊停止! 先頭の艦で何かトラブルがあったようです」

「チャンスだわ、今の内に出来るだけ距離を――」


「これは……っ 味方艦の反応、シャーヴィット号です!」

「――っ!」





 横向きになってしまった巡洋艦に何をやってるんだと抗議の通信が飛ばされるなか、件の艦からは後続艦にぶつけられたのだと逆に抗議を訴える通信が返される。が、それらの通信は次に起きた出来事によって吹き飛んだ。

 横向きになっていた巡洋艦の隣にいた戦艦が、まるで逆立ちでもするかのように、突然縦向きに姿勢を崩した。その戦艦の後部船底に突き刺さっている何か。淡い光を放つそれは、逆噴射で軌跡の帯を引きながら船底から抜け出すと、艦首を周囲の手近な艦へと向ける。


「て、敵艦反応! さっきの護衛艦です!」

「なんだと!」


 その護衛艦は適当な標的を見つけると小型艦ならではの急加速で体当たり攻撃を敢行、ぶちかましてはその艦を踏み台にして次の艦へと飛び掛かる。宇宙船は基本的に精密部品の塊だ。例え戦闘艦であってもそれは変わらない。

 いくら厚い装甲やシールドで護られているからといっても、直接数百トン近い質量を持つ船体をぶつけて来られては、戦艦とて堪ったモノではないのだ。当たり所が悪ければ豊富な弾薬が誘爆を起こして、最初に爆沈した重甲戦艦のような事になってしまう。


「もしや……あれが強襲艦隊の報告にあった例の実験艦か?」


 次々と艦隊前列の艦に体当たりを仕掛けては、バランスを崩させて艦列を滅茶苦茶に引っ掻き回し、進軍を阻む見た目は旧式護衛艦の姿にクァブラ軍艦隊の提督は戦慄する。レーザーも効かない、ミサイルも効かない、戦艦と衝突してもまるで堪えた様子がみられない。


「冗談ではないぞ……あんな出鱈目なふねがあってたまるか!」


 艦橋の正面モニターに映し出される己が艦隊の惨状を見ながら、提督は納得いかぬとマイクの付いたコンソールテーブルを叩き、叫んだ。


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