[02]邂逅の感情は
「はくしょん。」
舞う骨粉で彼女はくしゃみをした。
風景自体は異様でありながらも、彼女の人間らしい行動に僕の金縛りが解かれる。
そして動転していた気も、一気に熱を引いていく。
彼女がさっき言っていたケンタロウ。それは彼女や僕が産まれた時には既に飼われていた彼女の家の犬である。
僕も何度かケンタロウと遊んだ思い出がある。だからこそこの光景には、ただただ戦慄する。
「ケンタロウはね、」
僕の気を知ってか知らないでか、彼女は淡々と話し始める。
「3日前にうちで息を引き取ったんだ。老衰で、この骨はその燃やした後」
そこまで話すと彼女は哀しそうな表情をした。
ここまで話を聞いて、それでも僕には納得がいかなかった。あれだけ懐いて、あれだけかわいがった愛犬の骨を庭で砕いて、いったい何をしているのかと。
冷静さを取り戻しつつも未だ困惑の溝にはまっている僕を尻目に、彼女はチリのようになったその骨を、一つの壺へと納めていく。
「私はね、」
元ケンタロウをひと通りかき集め終わると、彼女は壺の蓋を閉じて僕にゆっくりと話しかけてきた。
「私が死んだら絶対にそのまま私だけを土の中に埋めてほしくないの。それが宗教上であろうが、一般的視点であろうが」
彼女は玄関前の小さな階段に腰をおろす。
「私は死んだら焼いてもらって、骨だけにしてもらってね、砕いてこの壺の中で一緒くたにしてほしいんだ」
彼女が愛おしそうに撫でる壺は、ずっしりと大きく重そうな見た目をしている。砕いてしまえば、人の骨を何人か入れられそうなほど。
「じゃあ、つまりその壺は……」
僕が指をさして言う言葉に彼女は嬉しそうに答えた。
「そう。今まで飼ってきた生き物の骨を集める箱」
その狂気的な発想と発言に、数年前の彼女とのたしかなギャップを加えられ、なにか得体の知れないおぞましいものと対面した感触を感じた。
「それでね、私はタケちゃんに頼みたいことがあるんだ」
できれば今すぐ立ち去りたい僕の身も心も止まらせ、彼女は恥ずかしそうに、年相応の少女のような表情で絡んでくる。
「私がタケちゃんより先に死んだら……私を砕いてこの壺にいれてよ」
瞬間彼女の声や息遣いや鼓動が、まるで僕の耳元で囁かれるかのように強く聞こえた。
まだ感じられる彼女の生から発せられる死後の話。
ハエさえ止まって見えるほどゆっくりと過ぎる永遠のような一瞬の時間で、僕は自分の脳から多量の脳内麻薬が分泌されているのを感じる。
「返事がないってことはOKってこと?」
振り子を唐突に動かされて、僕は問答に対する言葉を出せずにドギマギとしていた。
「それじゃあ」
彼女は勢いよく立ち上がると壺を僕に渡してきた。
「これ、重いから部屋まで運んで」
笑顔の彼女に、僕は感情をポイ捨てされた。
実に数年ぶりの再会でありながらも驚愕の邂逅を果たした僕は、言われるがままにこれまた数年ぶりに彼女の家へと足を運ぶ。
たしかな重みを両手に感じながら、僕は数年分の会話を短い通路で発散した。
最初こそ久しく楽しい会話であったが、テストの話という超現実的な会話にさらされた僕は、再び謎の劣等感と焦燥感を感じる。
「ここ」
階段を登ってすぐ、右側の通路の一番奥の部屋まで行くと彼女は立ち止まり「ちょっと待ってて」と少し焦り気味にその部屋に入っていった。
短い沈黙の後、扉から顔を出した彼女は指でOKサインを出す。入ってよしということだ。年頃の少女だ。きっと荷物が多いのだろう。
扉を開けると広がってくる少女らしい……。
「え、なにもない」
驚くほどに何も無い。あるのはベッドに勉強机と部活の道具、そしてクローゼットだけだ。
趣味の私物は一切なく、自分の部屋との違いをまじまじと見せつけられる。
年頃の少女にしてもなんにしても何もない。あたりがまっしろに見えるほど。
「壺はベッドの下に置いて」
動揺する僕に彼女は「もしかして女の子の部屋に入ったの初めて?」なんていじりをしてきた。何度もお互いの部屋に入っただろうに。
が、しかし僕が感じるものはもっと違う視点からだ。
数年前、最後に彼女の部屋にあがったときは部屋の場所こそ違えど、部屋にはぬいぐるみや小物で溢れていたのだ。それがこの数年でここまで変わるとはとうてい、
「思えないでしょ」
まるで思考を読まれたかのような彼女の発言に、驚いて思わず尻もちをついてしまった。
「あの日を最後に変わっちゃったもんね。ボクたち」
冷や汗が目に入る。
ゆらりとこちらを向く彼女の横顔は、蜃気楼のように揺らいでいた。
「ねぇ。どうして急にボクを捨てちゃったの?」
彼女の一人称は女性らしいものから、朝焼けの頃、昔のようなものに変わっていた。
あの一人称は僕と遊び続けて彼女に染みついた僕の一人称だ。
「勝手に劣等感を感じて、勝手に避けて通り続けて……やめてよほんとに」
久しぶりにあった時の少し大人びた感じの横顔は、
「きもちわるい」
無邪気な子供を感じさせる笑顔になっていた。
発言と圧倒的に違う表情に僕は圧倒され、まるで蛇に噛まれたウサギのようにその場を動けずにいた。
毒がまわってきたかのように、呂律はまわらなくなり視界はぼやけ、感覚だけが研ぎ澄まされていく。
「ねぇ。なんでこんなに大きくなったの?」
彼女が触る僕の急所はたしかな膨らみを孕んでいた。
あの時と同じように、僕と彼女の全てがスローで流されていく。
ひたすらに官能的な彼女に僕は嫌悪感と高揚感、ここにいてはいけないという逃避命令と、まだ録画していたいという停滞の感情を感じた。感情の台風に見舞われている僕をさしおいて、彼女は壺を自分でベッドの下へと運んでしまった。
「あれ、もうこんな時間だ」
気づけば時間は初めに会ってから一時間以上も過ぎていた。僕自身これには驚きを隠せない。
「タケちゃんのお母さんに心配かけさせたらいけないもんね。宴もたけなわではございますがこれでお開きとさせていただきます」
彼女の顔も普通の笑顔に変貌していた。
僕は何も話さず、その場から逃げ去るように、すぐ隣にある自分の家へと帰った。
恐怖にも似た体験だったが、今日僕が感じた最も強い感情は、止めどなく溢れ出す安心感であった。
この時僕は彼女の夕焼け空への変化と、自分と同じ土俵にいる彼女への無償の愛を感じていた。
もしこれが同気相求であるならば、きっとまた彼女と会えるという謎の期待感が、僕を白く濁った泥へと誘う。
君にいれたいほど嫌悪感 みやにし @amino3_acid
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