第4話 Death Angel
「隣の――さんとこの子、口がきけないらしいじゃない」
「それに変な噂もあるって」
「変な噂?」
「なんでも、米問屋のとこの子、その子と一緒にいた次の日に亡くなったって」
「えー、さすがに偶然じゃない」
「それだけじゃないのよ。地主さんとこの子も、その子と一緒にいた次の日に――」
「もうやめてよ。何かに憑かれてるんじゃないのその子」
「そうなのよ。だからもしかしたらあの子自身が死神なんじゃないかって――」
「やだ縁起でもない。あ、噂をすれば」
隣の家から出てきたその子は、儚げな雰囲気をまとった、白い肌の男の子だった。
――――――――――
「はい、確かに。お仕事ご苦労さん」
窓口の外にちらりと白い翼が見えた。
「今の、もしかして死神『天使』さんですか?」
先程受け取ったものだろうか、男は書類を片手にこちらを振り返った。
「だとしたら?」
「俺、ちょろっと噂程度に聞いてはいたんですけど、いやー本当に白いんですね」
「白って。どんな感想だよ」
うっ。相変わらず馬鹿が露見しまくっている。
「それって何の書類です?さっき天使さんから渡されてましたけど」
男は、ん、と無造作に書類を手渡してきた。
数枚ある紙に目を通すと、それは履歴書のようなものだった。一枚一枚プロフィールが事細かに書かれており、そして一番上の目立つところに赤く判が押されていた。
「『死神候補』?何ですこれ」
「書いてある通りだろ」
「いやまあそうですけど、もうちょっと詳細を」
すると男は、はぁとため息をつくと、面倒くさそうに話し始めた。
「お前、死神天使のこと、どれだけ知ってる?」
「え、死神天使さんですか。えーっと、『死神なのに白い翼を持ち、いつしか天使と呼ばれるようになった。でも誰もその姿をみたことはない。』というぐらいしか――」
「死神なのにどうしてほかの死神は誰もやつの姿を見たことがないと思う」
「え?」
これはちゃんと答えないとまた呆れられるパターンだ。
俺は思考を巡らせた。
えっと、死神なのに誰にも見られていなくて。そもそも死神は魂を導くのが仕事のはずで。死神天使さんも死神なんだから魂を導くのが仕事のはずなんだけど。
うーんうーんと唸ってばかりで一向に解決しない。
その様子にしびれを切らしたのか、男はヒントを投げた。
「お前の手元には何がある」
え、手元?
俺は自分の手を見つめた。
ああさっきの書類。え、あ、そうか。
「『死神候補』!そうだ。死神天使さんの仕事は死神候補探しなんですよ、たぶん」
「――遅い」
男はぼそりとつぶやいた。な。いや確かに今までの流れ、さっきの書類からスタートしていたんだよな。本当ならもうちょっと早く気づけたはず。ああ結局馬鹿が露呈した。男は一人うなだれる俺を置いて、話を進めた。
「お前の言う通り、死神天使の仕事は『死神候補のリストアップ』だ。やつの連れてきた魂はどいつも死神に向いてる。なぜだかな」
「な、なぜだかとは」
何かすごい理由があるのだろうか。俺は期待のまなざしで男を見た。
「いや理由は分からん」
「えー」
俺はがたっと思わず前につんのめった。
「きっかけはたまたま、やつの連れてきた魂が死神になりやすいなって思って。それが何回か続いたもんだから、あ、こいつ、もしかして死神候補を連れてくる能力があるのか?なんて気づいただけだ。それからはずっとリストアップを仕事にしてもらっている」
うん。この人やっぱりいい加減だ。俺は改めて実感した。
「なるほど。じゃあこの人たちはこれから死神になるかもしれない人ってことですね――ん?あれ」
パラパラと書類をめくっていると、一つ違和感に気づいた。
この人だけ他とは違う。
「これ、この人、よく見たら『死神候補』じゃなくて『任期満了』って書いてあるんですけど」
「ん?」
男はその紙を取り上げた。
「ああこいつな。これは死神の任期満了者だ」
いきなり見知らぬワードが出てきた。
「任期満了者?え、死神って任期あるんですか」
「あ?お前そんなことも知らねえのか」
はぁと再び大きなため息をつくと、男は説明を始めた。
「いいか。死神なんて仕事はな、いわば時間外労働。残業なんだよ。いつまでもやっていられるわけねぇだろ」
残業って。なんか変にリアリティのある言葉が出てきたな。
でもまあ、わかりやすいはわかりやすい。
死神の仕事が残業なら、ずっと続けてたら疲れるのは当たり前か。
「え、ちなみになんですけど、どのくらいの任期なんです?」
「だいたい100年だな。そいつが本来寿命で死ぬぐらいの年数が経ったら、やめさせる。まぁあくまで仮定の寿命だからタイミングは各個人の魂の疲れ具合を見てになるが」
100年って十分長いよな。俺だったらそんな残業絶対にごめんだ。
そこで俺は気づいた。
死神天使が持ってきた書類の中にこれがあったということは――。
「もしかしてですけど、死神天使って死神に任期が終わったことを告げる役割も持っていたりします?」
俺は男の顔を伺った。
「そうだ。お前にしては珍しく自力で辿り着けたな」
珍しくって。
いやよくよく考えれば自力かどうかも怪しいな。結構ヒントを出してもらった気が。
まぁいいか。
俺は深く考えるのを諦めた。
「俺は死神天使の仕事をまとめて『死神送り』と呼んでいる」
「死神送り?」
またまた見知らぬワード。
「魂を死神に斡旋する仕事と、退役した死神を送り届ける仕事。合わせて『死神送り』」
これはうまい、のか?結構単純な気もするけど。
「え、じゃあはいはい!」
俺は小学生のように手をぶんぶんと伸ばした。
「何だ」
「死神天使さんって自身も死神なんですよね。だったら自分も疲れちゃうんじゃないんですか?100年そこらで」
男は気だるげに俺を見つめていたが、ふいにすっと立ち上がってどこかに行ってしまった。
それから数分経って、男は一枚の紙を片手に戻ってきた。
「ん」
俺は男が差し出した紙を受け取った。
あれ、これ履歴書?いやこの写真って。
「これってまさか」
「死神天使のプロフィールだ」
はぁなるほどなるほど。これが死神天使の、ってえ!?
俺の目はあるところで釘付けになった。
「え、死神天使って江戸時代の人なんですか!?」
「ああそうだ」
え、江戸時代。教科書でしか触れたことないのに。実際に生きていた人と関わる機会があるなんて。
人生何があるかわからない。
「それじゃあ死神天使って200年以上前から死神ってことになりますよね。どうして今も死神なのかますます疑問なんですけど」
「ここ」
男はプロフィールのある部分を指さした。ん?
「『関わった人を死に導く』能力?」
つまり死神天使は死神になる前から、その力を持っていたってこと?
でもそんな力、死神ならいいけど生きてるうちに持っていたんじゃ――。
「死神天使はその能力のせいで殺されている」
「え?」
男は続けた。
「死神天使は能力を覚醒させてから、思いかけず自分に関わった人間を殺してしまった。本人の意志とは無関係にな。だがそれを見て周りの人間はどう思うか。何かに憑りつかれているんじゃないか、化け物なんじゃないかと言う者が後を絶たなかった。その結果、死神天使は殺されたんだ」
殺された。
俺はぐっと押し黙った。
死神天使に悪意はなかったはず。
でもたとえ過失だったとしても、本人に何の自覚もなかったのだとしても、周りの人たちがそう思うのも無理はない。
俺は少しうつむいて考えていた。
だがすぐにぱっと顔を上げた。
「それじゃあ死神は天職ですね」
俺の言葉に男は目を丸くした。
「俺、頭悪いんで過去のことグダグダ考えていてもよくわかんないです。他人のことならなおさら。でも、今のことなら何とかなるって思うんです。だから今、死神をやってる天使さんはきっと、ちゃんとやりがい感じて仕事してるんじゃないかって。だってそうでしょ。200年以上同じ仕事を続けられるなんて、よほどその仕事が合ってないとできないでしょ」
男は俺の顔を見たままじっと固まっていた。
あれ、俺変なこと言ったかな。
ペラペラと喋ってしまったが、急に不安になってきた。
「いいんじゃねぇか。お前がそう思うなら」
男はそう言って立ち上がった。
「この書類、お前片しとけよ」
「え、え!?いやこれ俺が持って来たんじゃないんですけど」
男は俺の意見も聞かず、さっさと仕事に戻ってしまった。
はぁ相変わらずいい加減だ。
仕方がない。
俺は書類を抱え、仕事に戻るのだった。
――――――――――
「ほらこれ、筆と紙。文字書けるか」
白い肌をしたその子どもは首を横に振った。
「じゃあ俺の質問に、はいかいいえで答えてくれ」
男の質問に子どもは首を縦に振った。
「お前は生きてる間、過失ではあるが自分の能力で人を殺した。これは罪に当たる。だからお前は罰を受けなきゃいけない。簡単に言えばお前は普通に新しく生まれ変わることはできない。わかるか」
子どもはゆっくりと首を縦に動かした。
「お前にはいくつか選択肢がある。よく聞いて考えてほしい。――ただ、これは俺の勝手な意見なんだが、お前は死神に向いていると思う。死神、わかるか」
子どもは首を傾げた。
「死神っていうのはすんなりここ、霊界に辿り着けなかった魂を送り届けるのが仕事だ。迷子捜しみたいなもんだ。お前の力は『人を死に導く』というもの。生きてるうちは何の役にも立たなかった力だったろうが、死神なら別だ。お前の力なら彷徨える魂に適切な死を、道を示すことができる。これは誰にだってできることじゃない」
男はまっすぐに子どもの目を見た。
「いいか。過去は変えられない。でも今、お前がどうしたいかは選択できる。お前がもし殺してしまった人たちに申し訳なく思うのなら、その分たくさんの魂を救え。お前ならできるはずだ。なんせお前にとって死神は天職だからな」
子どもは何も言わなかった。
でもぴょんと立ち上がると、男の目の前にぎゅっと握ったこぶしを差し出した。
その子の目は強い意志にあふれていた。
男はそれを確認すると、先程置いた筆と紙を持って見せた。
「じゃあまずは読み書きを覚えるところからだな」
男の言葉に死神天使は強く頷いた。
(完)
死神「天使」 こうちょうかずみ @kocho_kazumi
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