黙食にご協力を

#365日ショートショート 125

「じゃあ何か！マスクをしたまま食事をしろと言うのか！」

　レストランの入り口で、男と店員が揉めている。

「お客様、どうかご入店の際にはマスクの着用をお願いします。感染防止対策にご協力ください」

　しかし男は声を荒げて反論した。

「今日は十数年ぶりの友人たちとの集まりなのだ。マスクをしたまま食事だなんて、そんな世知辛いことを言わないでおくれ」

「しかしお客様、これは決まりなのです。どのお客様にもお願いしています。どうかご理解ください……」

　しぶしぶ、ふてくされたように、男はポケットからマスクを取り出して口に着けた。席に向かうと、そこには先に入店した友人の姿があった。

「久しぶりだな。今の会話、こっちまで聞こえていたぞ。そうカリカリするなよ。なあに、会話で盛り上がれないのはしょうがない。料理を楽しもう。ほら、まずは水でも飲んで」

　男はコップを乱暴に掴むと、頭頂部をぱくりとふたつに割ってそこに水を流し込んだ。ごくり。

「口にマスクを着けて会話をせずに食事をする。これ、黙食って言うらしいな。……おっと失礼。会話は無し、と」

　友人は小皿に並んだ漬物を箸ですくい、頭頂部の割れ目に放り込んだ。ぽり、ぽり。