そうだ、アイスクリームを食べに行こう

 あれから一週間が過ぎ、探偵部は今日も理科室でのどかな活動をしている。


 相変わらず、アケチがじんくんに愚痴っている。


「じんくん、聞いてくれ。俺が風呂上りに食べようと思っていたアイスクリームを、莉子が勝手に食っちまったんだ。ひどいと思わないか? そのうち窃盗罪で訴えてやるぅ~」


「バカなこと言わないでよ。あれは、おばさんが『莉子ちゃん食べてねぇ~』って持ってきてくれたやつでしょ。私が食べて何が悪いのよ。窃盗罪になんてならないわよ」


 あっかんべぇ~って、やって見せると、アケチの顔がさらにふくれっ面になった。


「莉子、よく考えてみろ。僕のアイスクリームがひとつだけ莉子んちの冷蔵庫に入っていたら、それは莉子んちの物になる。でも、莉子んちの冷蔵庫に僕の食べ物がすべて入っていたとしたら、その冷蔵庫は僕の物になる。違うか?」


 え、何それ。その問題、意外に難しい。


「考え込むほどの事じゃないだろ。食べ物はアケチのものかもしれないけど、冷蔵庫は莉子んちのものだ」


 あ、そっか。危ない危ない騙されるところだった。でも、アケチは納得していない。


「蓮、それは違うな」


 ものすごーく真面目な顔で蓮を諭すアケチ。


「じゃあ、これをじんくんに置き換えてみろ」


 そう言うと、アケチはじんくんの真新しい胃を取り出した。


「この胃はじんくんの胃ではない。でも、この胃をじんくんの中に入れたとしても、じんくんはじんくんだ。でも、じんくんの内臓をすべて取り換えたとして、それでも君たちは彼がじんくんだと言えるのか?」


 なんか、ややこしい話になった。


「相変わらず因果性のジレンマと戦っているんだね」


難しい言葉とともに登場したのは広瀬先輩。


「え? インカ帝国のジンマシン?」


 ……って、聞き取れた私。


「何だって! インカ帝国はジンマシンと戦っていたのか?」


……と、受け取ったのはアケチ。


「インカ帝国はジンマシンによって滅びた……と」


 ……と、書きとめたのは蓮くん。


「おいおい君たち、ボクをからかっているのか?」


「いいえ、僕は至って真面目です」


 真剣な表情で答えるアケチを見て、広瀬先輩はポリポリと頭をかいた。


「だろうね……、って、神津くん、何を書いているんだ?」


「探偵部の活動日誌です」


 広瀬先輩に聞かれて、蓮くんは真面目な顔で答えた。


「書かなくていいから」


「インカ帝国のジンマシン?」


「うん、それ削除。インカ帝国はジンマシンで滅びてないから」


 へぇ~って言いながら、蓮くんは活動日誌からインカ帝国に関する情報を削除した。


「広瀬先輩……どうしたんですか?」


 そういえば、広瀬先輩と会うのは一週間ぶり。


 あれ以来、美術室に用事もないから広瀬先輩とも会わなくなっていた。


「この前も言ったと思うけど、絵のモデルを……」


「ああ、そうでした。僕ならいつでもオッケーですよ」


 アケチは椅子の上に立ち上がると、ムキムキマッチョなポージングを披露した。


「いや……悪いけど君には用はない」


 可哀そうにハッキリキッパリバッサリと断られた。


「莉子ぉ~、一緒に帰ろぉ~」


 誘い文句と当時に勢いよく理科室に入ってきたのは聖来だった。


「あれ? 広瀬先輩……こんなところで何やってるんですか? 今日は部活お休みでしたよね」


 なぬ? ジロリと広瀬先輩を睨むと、ハハハッと笑って後ずさり……。


 また、広瀬先輩にからかわれてしまった。


「せっかく莉子ちゃんと二人っきりで楽しい時間を過ごそうと思ったのに……。水町さん、君のせいだからな! 仕返しだ。神津くん、水町さんのスケッチブックの中身は――」


「広瀬先輩! それを口にしたらどうなるかご存じですよね」


 ものすごぉ~く怖い顔で睨む聖来。でも、そんな事で怯む広瀬先輩じゃなかった。


「ボクはそんな脅しには屈しないよ。市中引き回しの上、打ち首獄門だっけ? そんなのたいしたことないさ。水町さんみたいなきれいな子に拷問されるのは、案外嫌いじゃないんだ」


 広瀬先輩……それ、胸張って言うセリフじゃないです。ちょっと……いや、かなり引く。


 聖来は完全に引きまくって固まってるし……。


「広瀬先輩教えてくださいよ。誰も教えてくれないんです」


 蓮くんにしがみつくようにねだれ、広瀬先輩が耳打ちしようとした時――。


「広瀬先輩ッ! 莉子の寝顔の写メで手を打ちませんか?」


 うりうりってスマホをかざす聖来。


 ゲゲ、なにやってくれちゃってるの? せいらぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!


「オッケー! 契約成立ってことで、神津くんごめんね」


 あっさり寝返った広瀬先輩に、蓮くんはがっくりと項垂れてしまった。


「ちょっ……ちょっと聖来! 私を売ったな」


「あははははははは……」


 笑ってごまかすなっ!


「蓮、水町のスケッチブックの中身だが……」


 今度はアケチが蓮くんに耳打ち。


「ア、アケチ? 今更裏切るのってズルいわよ。でも、そうね……アケチにはこれを……うさ耳の莉子で手を打たない?」


 何故か私の写真でアケチを買収する聖来。


 広瀬先輩は聖来のスマホを覗き込んで「これも欲しい」とか言ってるし、わけわかんない。


「ちょっと待った! なんか流れがおかしくなってる。聖来、しっかりして!」


 って、すでにアケチに写メ送ってるし。


「おい、どこに莉子がいるんだ?」


 アケチのスマホを覗き込むと、ウサギの耳が付いためっちゃ盛れてる私が写っていた。


 自分で言うのも恥ずかしいけれど、そこそこ可愛く写ってて少しホッとした。


 でも、私がいないってどういう事よ。


「それ私しか写ってないし、ってアケチ、私の写真なんか別に欲しくないでしょ」


「いやぁ~、ついノリで」


 ヘヘヘって笑うアケチ。へへへ……じゃなぁ~い!


「君たちってホント、いつも楽しそうだよね」


 広瀬先輩は少し羨ましそうにそう言った。


 うん。それは否定しないかな。このメンバーで、ワチャワチャ騒いでいる時が、今は一番幸せ。


 あ、そう言えば広瀬先輩に聞きたいことがあったんだ。


「広瀬先輩は部長さんが犯人だって知っていたんですよね?」


「うん……まあね。ボクは伊原の絵を見て自信喪失したからね。伊原の気持ちはよく分かるんだ」


 それは意外。だって、広瀬先輩の絵は見ただけで優しい気持ちにさせてくれるステキな絵だから。まだ一度しか見ていないけれど、もっと見たいって思える絵だった。


「え~、広瀬先輩の絵、見かけによらず優しさが溢れていて、キラキラしていてなんか魔法がかかっているみたいでした。私、大好きです」


 思わず力説してしまった私に驚いたのか、広瀬先輩は驚いたように目を見開いたかと思うと、みるみる顔が赤くなっていった。


 これまでにない広瀬先輩の反応に、首をかしげる。


 すると、広瀬先輩はアケチの肩に手を置いて何やら耳打ちした。


 何を話したかわからなかったけれど、アケチが妙に納得していた。


「そうなんです。熊本城並みに難攻不落です」


「なら、ボクにもまだ攻め落とす余地はあるわけだ」


 熊本城って……石垣に施された武者返しが有名な、あの熊本城のこと? なんでいきなり城の話?


 さらに首をかしげる私を無視して、広瀬先輩は聖来に話をふる。


「同じ部員のよしみで攻め方を教えてくれない?」


「う~ん……、無理ですね。あの西郷隆盛でさえ落とせなかった熊本城ですよ。それと同等の難攻不落の城はそう簡単には落ちません」


「入り込む余地はありそうなんだけどなぁ~」


「そう思うのも仕方ないですよ。欠陥だらけですから」


「なるほどねぇ~」


 ちょっとちょっと、そこのお二人さん。何わけわかんない話をしているの? って、アケチはともかく、なぜか蓮くんも何やら分かっている様子でうんうんとうなずいている。


 取り残されているのはまたもや私だけ? なんか納得いかない。


「ちょっと待った! 熊本城並みの難攻不落の城ってもしや大阪城のこと? 確かに大阪城も捨てがたいけど、やっぱり熊本城は難攻不落の城ナンバーワンだよ」


 力説すると一瞬、シーンと静まり返った。


 え? 私なにか変なこと言った?


 すると、広瀬先輩は盛大に吹き出すと、お腹を抱えて笑い出した。


 聖来も一緒になって笑い出して、それにつられて蓮くんまで笑っている。


 アケチは天を仰いで呆れているし……。分かっていないのは私だけ? なんなのよぉ~!


「え? 何? お城の話をしていたんじゃないの?」


「ごめ……プッ……クククク、ごめん……フフ……、莉子ちゃん最高」


「あの……答えになっていませんけど」


 ふくれる私の頭にアケチの手がズシンとのっかってきた。


「ね、熊本城以上に難攻不落でしょ」


「え? 大阪城でも熊本城でもない難攻不落の城? あ、もしかして小田原城?」


 プーって、また広瀬先輩が吹きだした。今度は涙まで流して笑ってる。


 いい加減うんざりするほど笑った広瀬先輩は、アケチの肩をポンポンと叩いた。


「君も大変だね。同情するよ」

 

 は? 広瀬先輩のその言葉、ちょっと納得いかないんだけど!


「まるで私がアケチにお世話されているみたいじゃないですかっ! 逆です逆! 私がアケチのお世話をしているんです!」


「はいはい、ボクが入り込む余地は無さそうだ。でも、諦めるつもりはないよ。敵に塩を送るつもりはないけれど、先輩としてひと言忠告。想いはね、ちゃんと言葉にしないと伝わらないよ。ボクらの相手は相当こじらせているから厄介だけど、お互い頑張ろう、じゃあ」


 そう言うと、広瀬先輩は後ろ手に手を振ると、理科室から出て行った。


 もう、ホント意味わかんない。


「みんなでお城の話をしていたんじゃないの? もう違うなら違うってちゃんと言ってよ。広瀬先輩、いっつも私の事からかって……、きっといろんな女の子の事からかっているんだろうな。いつか女の子に刺されるよ」


 クスクスクスクス、腹立つくらい笑っていた聖来が涙を拭きながら首を振った。


「広瀬先輩は莉子が思っているほど軽い人じゃないよ。私、広瀬先輩が莉子以外の女の子にあんな風に楽しそうに話しかけてるの初めて見たもん」


「うそ……私いっつもからかわれているんだけど……」


 聖来はさっきまでの笑いがウソのように、ポカンと口を開けて私を見た。


「私も……アケチに同情するわ……ついでに広瀬先輩にも同情する」


 って、なんでみんなアケチに同情すんのよ。


 チラッと蓮くんを見ると、


「俺はもともとアケチの味方だから」


 は? 何それ。 あ~もう! なんか腹立ってきた。


「アケチ! 全部アケチが悪いんだからね!」


「ああ? 何で僕が悪くなるんだ?」


「だって、みんながアケチの味方するから……」


 私だけが何も分かってないみたいじゃない。それって悔しいじゃん。


「あ、そうだ……私、新しいスケッチブック買わなきゃいけなかったんだ。蓮くん悪いけど一緒に行ってくれる?」


「お、おう」


 そう言うと、二人ともそそくさと理科室を出て行ってしまった。


 いきなり帰るってどういうこと? 急に理科室が寂しくなっちゃったじゃん。


 う……、聖来のバカ。なんか気まずいじゃん。


「ねえ、アケチは平気なの?」


 ちょっと聞きづらかったけれど、思い切って聞いてみた。


「何が?」


「……その、えっと……アケチさ、聖来の事好きでしょ?」


「好きだよ」


 たった一言だったけれど、その言葉は私の胸にズシンと重くのしかかってきた。


 まるでゾウが三頭くらい降ってきたみたいだ。私のこの小さな胸には三頭のゾウはキャパオーバーです。


「莉子だって、聖来と蓮の事好きだろ?」


 小さな胸の中で三頭のゾウが右往左往するもんだから、どうしたものかと格闘していたら、アケチが不思議なことを聞いてきた。


「大好きだよ」


 決まってるじゃん。


 素直に答える私に、アケチがニッコリほほ笑んだ。


「あの二人がようやくくっついて良かったな」


「え?」


「蓮に、水町は絶対に蓮の事が好きだから大丈夫って言っても、なかなか信用してくれなかったから参ったよ」


 は? ちょ、ちょっと待った。


「好きって……友だちとして?」


「他に何があるんだよ」


「だよね」


 なんだ、そっか。そうなんだ。アハハ……アハハハハハ……。


 小さな胸に住もうとしていた三頭のゾウさんは、一気に解放された模様です。


 何故ゾウが降ってきたかは不明だけど、とりあえず今はこの理科室での時間を穏やかに過ごせれば、いいかな。


 相変わらずアケチはじんくんの内臓をいじっている。


「ねえ、アケチ」


「何だ?」


「美味しいアイスクリーム食べに行かない?」


「莉子のおごりなら行ってやってもいいぞ」


 アケチがニヤリと笑った。


「家に美味しいアイスクリームがあるんだけど」


「それ、僕のだ」


 そう言うと、アケチは私の髪をクシャっと撫でた。


 私は探偵が好き。


 この探偵部が好き。


 聖来と蓮くんの事が好き。


 そして、頭をなでるアケチの手は、心地よくて安心する。

 私の中での探偵は、やっぱりスーパーヒーローだ。



                                了

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そのトリックには穴がある 和久井 葉生 @WakuiHao

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