第8話

 香夜に腕を押さえられている為、蓮矢は銃口をこちらに定められないでいる。だが香夜と蓮矢じゃ訓練の差がある。羽交い締めも直ぐに外されるだろう。一瞬で決めるしかない。

 私は包丁を左手に持ち替えながら全力で走り、間合いを詰めてから思いっきり踏み込んで跳躍した。


「やあああああぁぁぁぁぁ!」


 ダアァァァァーン!!――


 私の叫び声の後、耳を劈く銃声が響く。


「実弾だったわね」

「……外れたら空砲と一緒さ」


 私が持っている包丁は蓮矢の胸を貫いていた。

 一方、蓮矢が放った銃弾は地面を貫いている。

 だが蓮矢はまだ息が有り、銃口は私のこめかみを捉えていた。

 私は覚悟を決めたが、次の銃声が中々鳴らない。


「撃たないの?」

「あのアプリ……本当の目的は何だろう?」

「はあ?」

「俺はこんな事をする為に警察に成ったんじゃない……犯罪者とはいえ、あんたを殺す作戦シナリオの為に関係ない人間まで巻き込んじまった。罪悪感も感じ無いまま……」

「そうよね。人の事をよくクズだと責めれたもんだわ」

「あんたの言う通り、俺達は踊らされてたのかも知れない……目的達成の為の道具。俺達はシナリオの駒にされてたんだ。あのアプリを開いた時から……いや、あのアプリに登録された時から、開発者デベロッパーの最終目的の作戦シナリオに組み込まれてたんだ……」

「どういう事?あのアプリを作った目的は犯罪者同士の殺し合いじゃないの?作った奴があのアプリでやり遂げたかった事は、いったい何だって言うの?」

「全ての人間を登録し、この国の人間……いや、世界中の人間を巻き込んでの殺し合いかもな。人類滅亡だよ」

「…………」

「そんな犯罪を止めてこその警官なのに、何やってんだかな……なあ、実は俺……先輩から聞いて、あんたの事……ずっと憧れてたんだぜ……」

「そうなの?実際会ってどうだった?三十路のババアでも、けっこう可愛いでしょ?」

「ふっ……そうだな……出会いがこんな形じゃ無かったら……真剣に……すき……に成って……」

「私もよ……本気で旦那と別れて蓮矢あなたと一緒に――」


 蓮矢は少し笑みを浮かべると、そのまま力なく首と両腕をだらりと垂らし、香夜に羽交い締めにされたまま息を引き取った。それを確認した私は蓮矢の胸に刺さった包丁から手を離し、その場にへたり込んだ。


 どうしよう……。

 このまま自首する?

 たとえ二人の遺体を何処かに隠しても、私はダークマッチングアプリに登録されてる以上、誰かに狙われ続けるかも知れない。

 いや、狙われなくても高尾やこの配達員のように誰かの作戦シナリオの駒にされて殺されるかも。だったら刑務所の方が安全だわ。

 人類滅亡のヤバい事に巻き込まれてるなら、もう旦那からの慰謝料とか言ってる場合じゃないし……。


 いや、違う……。

 警察もこのアプリの存在を知っている。

 そしてアプリの存在を世間に隠している。

 アプリの存在を知ってる私を素直に自首させるだろうか?

 そして登録されてる人間は警察や政治家だけでは無いはずだ。裁判官、検事、弁護士、マスコミ……アプリの存在を隠したい人間は色んな職種に居るはず。私が捕まって全てを公表しようとするなら必ず私に『サムズダウンマーク』を入れるだろう。

 無理だ。

 私が生き残る方法は二つ。

 このまま人を殺し続けるか、ダークマッチングアプリそのものを破壊するしか方法はない。


 スマホにアプリからの知らせが入った。『山本蓮矢の登録を削除』という知らせだった。


 そうだ……私は蓮矢の為にも生き残らないと。そしてアプリに操られた人間の敵を討つ選択をしないと。でなければ死んだ人間達が浮ばれない。オカルトアプリと言っても何か破壊する方法が必ず有るはずだ。何とか仲間を探して人類滅亡を阻止する手段を探すのよ!


「ねえ、香夜!手伝って!アプリの大元を探して破壊を……香夜?」


 下がったはずの銃口が、再び私に向いていた。

 香夜が蓮矢の腕ごと銃を構えていたのだ。


「紗絵子はココで警官と相打ち。それで私の作戦シナリオは完了よ」


 そうか……そういう事か……考えたら香夜こいつがこのアプリを「自分の生活に害する人間を探し出せるアプリ」とか言って紹介してくれたんだった。ピザを頼んだのも香夜こいつだったし……。


「いつから作戦シナリオは始まってたの?」

「紗絵子を風俗店に誘った時からよ。先ずは『不貞行為』で紗絵子をダークマッチングアプリに登録させたかったの」

「そんな前から殺したかったのね」

「そうよ。私が明彦さんの事を好きなの知ってて結婚したり、いつも『自分はモテる』とか言って自慢話ばかりをしてた。アンタは友達ヅラして私をずっと見下していたのよ。アプリの作戦シナリオ通りにサレ妻されていい気味だったわ」

「香夜聞いて!もう、私に対する嫌がらせも十分済んだでしょ?私も許すから、これからダークマッチングアプリを破壊する方法を一緒に考えて!蓮矢が言ってたでしょ!このままじゃ私達だけじゃない、人類滅亡よ!作戦シナリオがどっかの核保有国の偉い人まで行ったら終わりよ。個人的な私怨に走ってる場合じゃないわ!」

「人類滅亡?そんなのどっかの科学者や政治家が、そのうち何とかしてくれるわ。私には関係ないもん。今のうちにアプリで気に食わない奴を抹殺しといた方が賢明。だいたい改心しようと紗絵子は紗絵子!アンタは人類なんか救えないクズよ!安心して死んで」


 なるほど……クズを先に登録しとく意味が分かったわ。クズは保身しか考えないもんね。確かに自分がもう死ぬんなら人類滅亡なんかどうでもいいかな。


「ねえ、香夜。最後にお願いが有るんだけど聞いてくれるかな?」

「なーに?」

「とっととお前も殺されろッ!!出来るだけ苦しんで死ねッ!!」


 私は右手の拳を突き出し、そのまま親指を立てて下に向けた。サムズダウンマークのように……。


 ダアァァァァーン!!――




『倉田紗絵子の登録を削除しました。次に貴方あなたを登録します』


[完]


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害し系ダークマッチングアプリ 押見五六三 @563

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