第7話

 どうする?

 まさか退院して直ぐに来るなんて……。

 いや、そもそも男は本当に川北?

 川北あいつが今、何処で何をしてるか調べなきゃ。


 私はダークマッチングアプリを急いで開けた。

 ピザの配達員が川北なら、課金して返り討ちの抹殺方法を教えてもらうつもりだったが、アプリは私の期待を大きく裏切った。


『マッチング中は抹殺方法及び相手の行動をお知らせする事は出来ません。どうかスリリングな殺し合いをお楽しみ下さい』


「はあ?巫山戯んなッ!!殺し合いをさせる為のアプリでしょうがッ!?」


 クソ役立たずがッ!でも考えたらお互いがアプリに殺し方を聞いたら相打ちに成るだけだわ。むしろ私の行動の最新情報が向こうに流れないだけでもマシと考えたい。

 しかし先に向こうが私に『サムズダウンマーク』を入れたから、私がこの時間、家に一人で居る事やピザの宅配を頼んだ情報は知っていたはず。そう考えればピザ屋に化けて殺しに来てもおかしくはない。このピザ屋が川北の可能性は十分高いわ。もし一人で来たならば川北を殺すタイミングは今しか無い。けど家に入られたら不利だ。腕力では勝てないだろうし、アイツがどんな武器を持ってるかも分からない。不意を衝き、先手必勝で殺すしかない。


 私は掃き出し窓の方を見た。窓の外の庭は、そのまま玄関の方に繋がっている。今、玄関の戸口の前に立っている男の背後にこっそり回る事が可能だ。そして背後から刺す。それしか勝つ方法は無い。

 だが、もし人違いだったら?

 いや、その時はその時だ。

 大丈夫。十中八九、川北だ。

 グズグズしてたら川北やつが勘付く。


 私はキッチンから大きな包丁を二本を選んで掴むと、そのまま掃き出し窓から裸足で庭に出た。

 庭木の陰から玄関の方を覗くと、男はまだ戸口の方を向いたまま立っている、ピザケースを持っているが、あの中に武器を仕込んでいる可能性も高い。何とか気付かれずに始末しないと……。

 私は忍び足で近づく。だが――


「おかしいなー?出て来ないや……あっ!」


 男がこっちを振り向いた!

 クソッ!


 私は突進して右手に持っていた包丁で男の喉笛を切り裂いた。

 ピザケースが地面に落ち、トマトソースと鮮血が辺りを赤く染める。

 そのまま間髪を入れず踏み込み、左手に持っていた包丁で男の胸を突き刺す。刺さった包丁を右手で押し込み、更に体重を乗せた。私は返り血を全身に浴びる。

 男は喉を切られたことで声も出せないまま仰向けに倒れた。そして胸に包丁が深く刺さったまま暫くピクピクしてたが、やがて動かなく成る。


 ハハッ……やってしまった。

 けど後悔は無いわ。だいたい後悔してる暇がない。昼下りなので死体を早く片付けないと誰がやって来るか分からないからだ。とりあえず物置に隠して夜に香夜と山に捨てに行くか。それともいっそこのまま庭に埋めるべきか……。

 私は死体を運ぶ前に、一応顔を確かめようとマスクを外してみた。そして興奮で火照っていた私の顔は、一瞬で血の気が引く。


「ち、違う!川北じゃないッ!」


 詳細ページの写真と全く違う!別人だ!

 まずい!どうすれば……。


「動くな!!包丁を捨てろ!」


 振り向くと門扉の前で制服の警察官が拳銃を構えて立っている。

 馬鹿な……通報にしても早過ぎる。

 これじゃ言い訳も出来ない。終わった……。

 私は包丁を持っていた手を下げて観念した。


「何をしてる?早くその包丁を振りかざして向かって来い!」

「えっ?!そ、その声!まさか、あんたなの?」


 警察官は帽子のひさしを上げ、顔を覗かせた。知った顔だ。何回も私を指名した客。そして私を殺しに来た刺客だ。


「蓮矢……あんた、警察官だったの?」

「俺の詳細ページをちゃんと見てなかったのか?本当にマヌケな女だな」

「警官のくせに殺人用アプリを使ってたの?呆れたわ」

「だから裏社会に精通した者が使うアプリだと何回も言ったろ?警察内部にもあのアプリの存在を知っている人間は大勢居て、みんな黙認してるよ。なんせ犯罪者が勝手に殺し合ってくれるんだからな。それに登録されてる警察官も多い。特に上層部。だから世間に公表が出来ないのさ。あと政治家も多いしな」

「なるほどね……この国はクズばかりなんだ」

「クズかどうかは生き残った方が決める事だ。因みにお前が殺した配達員そいつは空巣常習犯だ。ピザを配達しながら空巣の下調べもしている。一人暮らしの老人宅を狙うクズだから、殺しても別に問題ない相手だ。安心しな」

「これが蓮矢あんた作戦シナリオ?川北だと思わせた配達員を私に殺させるのが目的だったの?」

「そうさ。お前は性病に成った為、せっかく授かった子供を堕ろす事に成ってしまう。しかも風俗で働いている事が夫にバレそうなので、これからの人生に絶望する。あまりのショックで精神が錯乱し、思わず一般人を殺してしまうんだ。そして駆けつけた警官にまで刃物を向けて襲いかかったので、警官は已む無く発砲。それがアプリの作戦シナリオさ」

「何それ?!馬鹿みたいな作戦シナリオね!性病移したのあんたでしょ?ああ、その辺は警察おなかまが誤魔化してくれるのか」


 会話中に私のスマホの着信音が鳴った。


「ダークマッチングアプリからだろ?見ていいぜ」


 私は拳銃を向けられながらスマホを見た。

 アプリからのメッセージは『川北昇の登録を削除』という内容だった。


「えっ?川北が死んだの?!どういう事?」

「ココに向かってくる途中で事故ったみたいだ」

「……あんたが殺ったのね?」

「あいつは姉に暴力を振るってたからな。いつか消すつもりだった」

「それも筋書きに入ってた訳ね。ねえ!私がこのまま背中を向けて逃げたらどうする?背中に向けて発砲したらシナリオが狂うんじゃない?」

「そうだな。向かって来てもらわないと困るな。なあ、お前はこんな都市伝説を知ってるか?」

「都市伝説?」

「警官の持ってる拳銃の一発目は、暴発を防ぐ為に空砲に成ってるって噂さ」

「ああ、なんか聞いた事が有るわよ。呪われた殺人用アプリよりも信憑性が有るわね」

「試してみるか?一発目が空砲ならニ発目を撃つ前に俺を刺し殺せるかも知れないぜ」

「いいの?知ってると思うけど、私は学生の時に剣道で全国大会行った事があるのよ。一突きで確実にあんたを刺し殺せる自信が有るわよ」

「ああ、分かってるよ。警察学校の先輩が言ってた。当時は男でも勝てないぐらい強かったらしいな。油断してた相手とはいえ、そのデカい配達員を一瞬で殺せたから腕は鈍ってないみたいだし、包丁じゃなくて日本刀なら、この距離でも危なかっただろうな」

「へえー、私の事を覚えてくれてる人が居るんだ」


 剣道やってたから警察の知り合いは沢山居る。だから一発目から実弾なのは知ってんのよ。けど何とか躱して間合いに入るしかない。どうせ逃げ切れないんだから、殺るしかないわ。川北も死んだし、蓮矢こいつを殺せたら私の勝ちだ。配達員と蓮矢こいつを殺した人物をでっち上げる必要があるけど、それはダークマッチングアプリが有るから、まあ何とか成るでしょう。犯人に仕立て上げられるクズは、選り取り見取りなんだから。


「うおっ!誰だ、貴様!離せッ!」


 何か弾除けに成る物がないか横目で探している最中、急に蓮矢が叫んだ。

 いつの間にか誰かに羽交い締めにされてる。

 そうだ!忘れてた!既に来てて隠れてたのね!


「今よッ!紗絵子!」

「ありがとう!香夜ッ!」


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